第64話 渡辺と謎のウンコ軍団

 電撃駅前を歩き抜いて、昨日、馬鹿な顔して通り過ぎた住宅街へと再び入って行く渡辺達。

 シゲさんから貰った宝物『糞ジジィ共、この辺のゴミを拾っとけ、しかもタダでな!』と赤い字で書かれた『ゴミ拾いマップ』によれば、シゲさんは電撃町一帯が担当地域になっていた。マップの裏には「死ね!」と何故か大きい字で書かれている。渡辺ですら「こっちの責任者もかなり問題なんじゃないのか?」と疑う一枚であった。一体、老人に何の恨みがあるのだろうか?


「渡辺、いたか?」


 蓬田に聞かれ、渡辺は「扇風機」と言って、首を振った。否定にユーモア。


「そもそも、犬一匹も見なかったぜ」


と竜二。


「爺さんは、あぁ言ってたけど。今回の敵は謎のウンコ軍団なのかもしれねぇぜ」


 謎のウンコ軍団だと……渡辺と家長は、竜二の何気ない言葉に生唾を飲んだ。なんだその軍団……めっちゃ戦いてぇじゃん。

 渡辺と家長は「謎のウンコ軍団」と言う言葉によだれが出た。そう言う奴と切磋琢磨して行きたい。

 今日の竜二はどうした? めちゃくちゃ冴えてるぞ! と渡辺は度肝を抜かれた。いつもこうでいておくれ。


 住宅街の真ん中辺りまで来てもワルモンらしい犬とはすれ違わなかった。


「爺さんから貰った地図だとこの辺りが多いんだけどな」


 蓬田が持っている地図を覗いた。地図には街中のアチコチに×マークがあり、紙の下側にシゲさんの字で「× → ウンコ」と書かれていた。地図の上にシゲさんオリジナルのウンコが落ちている場所が記す工夫なのだ。


 渡辺は「× → ウンコ」と書いてあるところが気に入った。ウンコマップのそこを指差して、家長に「ウンコだって」と言って見せた。家長も「本当だ、ウンコだ」と言って笑った。


何か幸せな気持ちになる二人であった。


「今日は小さな幸せを集める日なのかもな」と渡辺は思った。


 また地図を見た。「× → ウンコ」と書いてあった。「ウンコだって」とまた家長に見せた。「ほんとだ、ウンコだ」と家長はまた言って笑った。


 またなんか幸せな気持ちになる二人だった。


 そんな渡辺達の横を、チワワを連れたオバサンが横切っていった。馬鹿なくらいに厚化粧をして似合わないブランドの服を着ている。見るからに性格が歪んでそうなババァだった。「こう言う奴に限って、怪しい政治家を当選させてしまうからタチが悪い」と渡辺、横を通り過ぎて行っただけのオバさんを一方的に日本の政治の戦犯に吊し上げた。


「渡辺」


 蓬田の声に、渡辺はハッとオバサンを見た。いかんいかん。今は、ワルモンだ。

しかし、オバサンの連れたチワワを見ても、渡辺はワルの気配を感じなかった。そもそもあんなに可愛いチワワがこんなに大量の×マークが書かれるほど、ウンコをするとは思えない。

それに、チワワのウンコならハートマークだ。表記が違う。だってカワイイんだもん。


「やはり、今回の敵は謎のウンコ軍団ではないか?」


 渡辺は真顔で家長に聞いた。


「間違いないな、今回の敵は謎のウンコ軍団だ」


 家長も真顔で頷いた。なぜか目を二重にしていた。二人はこの名を気に入った。渡辺はもう、謎のウンコ軍団の舌になっていた。


 謎のウンコ軍団にしても、敵を見つけなくては話しにならない。とにかく犯人を捜せと、四人はマップを頼りに街中を歩き回った。すると。


「おぉ! 家長さんじゃないですかぁ!」


 道の向こうから、聞き覚えのある嫌な声がした。良く見ると覆面をしたジャージ姿の変態が向こうから歩いてくる。げっ!


「玉男さん! あぁ、昨日はどうも」


 家長は玉男を見ると、近所付き合いの様な愛想のいい声で挨拶した。普段、幼稚園では見せないお父さんの顔であった。


「また、山芋ですか?」


 玉男が家長に尋ねる。意味を知っていると嫌な会話である。


「それが、ちょっと上司にバレてしまって、暫くは控える様に言われてしまいましてねぇ」

「え! いやぁ、大変ですねぇ。幼稚園の上司ですか?」


 と言った玉男が渡辺達の方を向いた。渡辺、蓬田、竜二の三人は咄嗟に顔を逸らした。


「こちらは、家長さんのお連れですか?」

「えぇ、職場の仲間です」


 玉男はまだ気付いていない様だった。


「どうも初めまして、家長さんと仲良くさせていただいてます。玉男と言います」


 知ってるよと三人は心で思い、顔を逸らせながらお辞儀した。


「あれ? こっちを見てくれませんね?」

「渡辺。こちら昨日、一緒に山芋をこなしていた玉男さんだ」


名前を出すなっ!


 山芋の動詞は「こなす」なのかと、思った。


「渡辺……はて、そんな名前の変態を聞いた事があった気が……」

「え? 渡辺、もしかして玉男さんと知り合いか?」


 渡辺は「扇風機」と言わずに首を振った。


「あら、知らないそうですな。この渡辺もなかなかどうして、好きものなんですよ」

「そうですか。いやぁ、私の知っている渡辺は、人間のクズみたいな奴ですから、家長さんとお知り合いの筈がありませんからねぇ」


「誰が、クズだ!」と渡辺は思った。

ふと竜二を見ると拳がブルブル震え、顔を見ると口から血が出ていた。「俺が馬鹿にされて、怒りを必死で耐えているのかぁ」と、渡辺はなんだかシミジミしてしまった。がんばれ、竜二!


「しかし、先ほど、家長さんの携帯に電話したんですが」

「おかしいですね。掛かって来てませんよ」

「変ですねぇ、昨日、確かに携帯を交換した筈なのに」


 家長と玉男は、お互いの昨日取り換えた携帯を見せ合っている。馬鹿と馬鹿の相談は見ていて面白かった。


「おや、いけない。そろそろ山芋の時間です。いやぁ、玉男さんのお時間を煩わしてしまって」

「残念ですが、今日は私だけで山芋を楽しみましょうかねぇ。早く上司のお冠が取れると良いですねぇ」

「全くですなぁ」


 馬鹿と馬鹿はそう言って笑い合った。


「あぁ、それで家長さん。甚平を着た渡辺と言う男を見たら気を付けてください。アイツもこの辺で変態をしているカスな野郎ですから」

「それは怖いですね。我々の縄張りを荒らされてはたまったものじゃ無い」

「全くです、私など、ソイツに最近付きまとわれていい迷惑ですよ」


 その一言に渡辺の怒りが頂点に達した。が、


「誰が付きまとっただって、こらぁぁ!」


 渡辺の横にいた人の方が先に限界が来て、玉男に掴みかかった!


「りゅ、りゅ、竜二さん!」


 玉男はギョッとした顔で言った。


「おい、覆面野郎。この前、シメてやったのに、まだ足りねぇのか?」

「め、め、滅相もございません!」


 と竜二はまたしても玉男の口にリーゼントを突っ込んで「ふごごご」とお仕置きをした。


 渡辺は玉男が竜二を見て怯えているのが不思議だった。「どうしたの?」と蓬田に尋ねると「色々あったんだよ」とだけ返って来た。「ふーん」と思う渡辺であった。

 竜二の指示で、秋のアスファルトが人肌に温まるまで渡辺に土下座をする事になった玉男。渡辺も悪い気はしなかった。


 ドーン!


 渡辺はアスファルトを触り、己の脇の下と暖かさを比べた。


「まだ、温もりが足りん!」


 渡辺は弟子の味に厳しい親方のように、玉男の土下座をひっくり返した。


「もっと、心を込めて土下座せんか!」

「お、お許しを!」


 と、ここで蓬田が入って「俺らも急いでるだろ」と言うことで、玉男を解放することにした。


「渡辺さん、失礼します」

「とっとと死ねよ。世の中のために」

「はい、ありがとうございます!」


 玉男は一礼して、小声で何か捨て台詞を吐き、その場を去って行った。渡辺には何て言ったかは解らなかった。


「テメェ、今、『ゴミが!』って言っただろ!」


 竜二には聞こえていた。


「そ、そ、そんな事、言っておりません!」


 渡辺に関しては地獄耳の竜二は、ボソッと言った言葉すら聞きとっていた。

その後、竜二は「あんなカスと付き合って、お前、渡辺と山芋とどっちが大事だぜ!」と家長の胸ぐらを掴んで怒鳴った。


 ほぅ。


渡辺もこの質問には少し興味を持ち、親友の家長の返答を待った。


 俺かな? 山芋かな? やっぱ俺かな?


「や、山芋……」


 ガーン! 家長のまさかの答えに、親友だと思っていた渡辺はショックを受けた。いつも家長に裏切られている男であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る