セトル・ゴッド・ノウズ 3
ドルド・ルイジ・ピシティアーノは、ハティア・レース場で自分のために作られた特別室にいた。
秘書は下がらせ、ドルドの他に人はいない。豪勢なソファーに、ぽつんと取り残されているようで、ドルドは自分が滑稽なもののように思えた。
何が滑稽なものか。ドルドは思い直す。ドラゴンレース協会の半数以上が、ドルドに従うだけの駒だ。ここまで到達するのに、多くの年月を要した。多くの犠牲もあった。そんな自分が、滑稽でいいはずがない。
顔をしかめるドルドの耳を、ノックの音が打った。誰も訪れないはずの扉からである。
秘書を呼ぼうとして、下がらせたのを思い出した。仕方なく、ドルドは立ち上がり来訪者を出迎える。
それは、予期せぬ人だった。
「……ばあさん」
ドルドは老女を呼んだ。
輝かしい紫のドレスを身に纏い、社交界の貴婦人がごとく華やかな彼女は、ふんわりと微笑んで会釈する。
「たまには、一緒にレースを観ない? 今日は神竜賞だもの」
ドルドが答えを言う間もなく、マリーは巨体を押し切って入室する。問いかけられたようで、実は答えが一つしかなかったらしい。
ドルドは溜め息を吐いた。この老女には、敵わない。
二人、それぞれにソファーへ腰を下ろし、豪勢な部屋に似付かわしい大きく立派なスクリーンを眺めた。
「ドルドちゃん。アタシ、怒っているのよ」
唐突に、マリーが呟いた。彼女の表情は穏やかで、口調は柔らかい。怒っているようには見受けられないだろう。
しかし、ドルドには、彼女から発せられる怒気が感じられる。一年や二年の付き合いでない、もっと長い時間を共に過ごしたのだ。彼女の感情は手に取るように分かる。
何が、とは言えなかった。彼女が示しているものは、汚れたドルド自体であったのだから。
「アナタ、なにをしようとしているの?」
マリーは優しい口調で、怒りを投げつけてくる。
なにを、だなんて。
そんなものは、ドルド自身が知りたかった。
スクリーンに映像が映し出される。同世代の中から選ばれし竜たちが、勝負のときを待っている。
神竜賞の開始時刻が迫っていた。
漆黒の竜へ、レース場のカメラが向く。その背に乗るのは、帰ってきた天才。
この間の事故で満身創痍だろうに、なぜ、命を懸けてまで出場したのだ。
「ジュピターでは、勝てんだろうに。生まれ持ったものは覆しようがない」
ドルドは吐き捨てるように言った。思うよりも苛立ちが含まれていたことに、自身が動揺する。
一体、なぜ、これほどまでに胸が騒ぐのか。漆黒の竜を見る度、身体の内で煮えたぎるものが広がっていく。
「それは、アナタがライダーになれなかったように?」
老女が問うた。彼女の糾弾するような眼差しが、より一層、ドルドの胸中を掻き乱す。
「……そんな昔のことは、忘れた」
ドルドは呟いた。嘘だと騒ぎ立てる心中を無視して、スクリーンを睨みつけた。
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