ビコーズ・ラブ・ユー 2

 漆黒の竜が、猛々しく立ち上がった。乗っていたライダーが振り落とされ、地面へ背中を強かに打つ。


「く、またかよ!」


 コクは竜を見上げ、悔しさを前面に出した。自身の不甲斐なさを嘆いてか、拳で地面を殴る。


「コクさん……」


 ジュナは胸あたりの服を掴んだ。彼の奮闘を、長時間、見守っていた。何度、振り落とされたのか、回数を覚えるのはやめた。


 ジュナは、ジュピターに乗れるライダーを探していた。幸い、コクに神竜賞しんりゅうしょうで乗る予定はなかったから、ジュナはすぐ彼へ連絡し、依頼した。コクは快く引き受け、ジュピターの調教で乗るために駆けつけてくれたのだった。


 けれど、ジュピターは、それを拒んだ。コクが何度も試みようとも全力で振り落とし、手綱さえ握らせなかった。


 どさり。地面へ人が落ちる音。ジュピターは、一向に乗せようとしない。


「ジュピター! どうしてなの! グレンは、乗れないのよ!」


 焦りから、ジュナは漆黒の竜へ詰め寄った。ジュピターは動じず、静かに佇んでいる。


 彼の双眸そうぼうはジュナを通り過ぎ、ある方角を見つめていた。それを追って、ジュナは声を上げて泣いてしまいたくなった。


 ジュピターは、グレンのいる方角を見つめていた。相棒は、そこにいる、と。そいつだけが相棒だ、と。漆黒の竜は、精悍な顔つきで語っていた。


「ジュピター、ダメなの。あなたに乗って神竜賞しんりゅうしょうへ出たら、グレンは今度こそ死んじゃうかもしれないの。グレンが死んでも、いいの? もう会えなくなっても、いいの?」


 ジュナは、漆黒の竜へ縋りつく。一瞬だけ、竜の顔が歪んだ。


 けれどジュピターは、グレンのいる方角を見つめ続けている。


「ジュナちゃん。オレもライダーだからよ、竜の気持ちは少しわかるぜ。ジュピターは、グレンじゃねーとダメなんだ。協力してやりてーけど、竜が拒むんじゃあ、な」


 コクが落胆した様子で近寄り、ジュピターの首筋を撫でた。


 漆黒の竜は大人しくしている。彼が人を嫌いで拒んでいるのでなく、確固たる意志で拒んでいる証明だった。


「なぁ、ジュナちゃん。グレンを乗せてやってくれないか」


 ジュピターの背に手を置いて、コクは真剣な面持ちで言う。


「今回、グレンのは単なる接触で片付けられちまったが、事故を二回も起こしたライダーは危険だって何人かのオーナーが抗議しているらしい。ライダー資格を剥奪しろ、って声もある。それが、ドルド・ルイジ・ピシティアーノの差し金なら、容赦はないはずだ。グレンはドラゴンレース界を追放されるかもしれない」


 コクの指摘に、ジュナは怖さで震えた。


 なんのつもりか、バルカイトは真実を話した。だが、それは本来なら、ありえないこと。権力を使い隠蔽工作をしてきたのが、無意味になってしまうからだ。


 考えられる理由は、一つ。隠す必要がなくなったから。グレンを追放し、口を噤ませてしまえば、誰にも語ることのできない事実が闇に葬られるだけなのだ。


「でも、今なら、神竜賞しんりゅうしょうに出られる。ジュピターは人気があるし、それに乗れるのがグレンだけなら、国民の後押しで協会も認めざるを得ない。もし、勝てれば、国民はグレンの味方だ。そうなったら、やめさせたくても、やめさせられない」


 漆黒の竜が、グワア、と鳴いた。コクの言葉に頷いているようだった。


 グレンを守ろうと乗るのを拒めば、彼の身体からだは無事だろう。しかし、ドラゴンライダーとしての彼は死ぬ。


 乗るのを許しても、どうだろう。彼の身体はレースに耐えきれず、やはり死ぬのではないか。


 人間としての死か、ドラゴンライダーとしての死か。彼の前には、死に神しか存在しない。


「少し、考えさせてください」


 ジュナは俯いて言った。何を選択すべきか、死に神に翻弄されて彷徨さまよっていた。

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