第十一話 ナイトメア・ダウト

ナイトメア・ダウト 1

 の光を受けて輝く黄金色こがねいろの肢体が、森の上空を飛び抜けた。


 易々と先頭を行かせまいと、他の竜が追いかけている。背に乗るライダーたちが必死になって手を動かしていた。


 グレンは背後へ気を配りながら、前を見据みすえ続けていた。


 森の領域を抜ければ、最大の難所である狭い洞窟だ。後方を警戒しながらも、速度を調整して飛行せねば大惨事を招いてしまう。


 手綱を引いて、スピードを落とせとゴルトへ指示を出す。ゴルトはハミ部分を強く噛み、首を伸ばし、逆にグレンの手を引っ張った。嫌だ、と、言っているのだ。


 ゴルトは荒々しく息を吐いた。利口な彼にしては、珍しい態度だ。夢舞台へ挑んでいる高揚感か、強者として戦いを受けて立つ誇りか、今日は気合いの入り方が普段と違う。


「心配するな。まだ、レースは序盤だ。洞窟を無事に抜けることだけ考えろ」


 グレンは相棒に言い聞かせ、手綱を強く引いた。ゴルトは不満そうにうなりながら、不承不承ふしょうぶしょう、減速した。


 森の切れ目が見え、ごつごつとした斜面の断崖絶壁が立ちはだかる。その中央に、ぽっかりと空いた穴があった。


 穴の奥は暗黒が埋め尽くしており、視認することはできない。未知の領域を眼前にしているという恐怖が、踏み込めば身を破滅させてしまうかもしれない、と、グレンの心を鷲掴みにする。


 いにしえの時代、そこは神聖なる場所として崇められていた。無事に洞窟を通り抜けることができれば、その者は勇者として認められた。現代、洞窟は神竜しんりゅうと成り得るか試すだけに在る。


 自分たちに、その資格はあるのか。そんなことは分からない。


 純粋に、そうなりたいという意志がある。何者にも負けぬ、譲らぬ思いがある。


「行くぞ、ゴルト!」


 グレンは手綱を引いた。黄金色の竜は洞窟の暗闇へ飛び込んでいく。


 洞窟の構造は、完璧に覚えている。どの方向へ曲がり、どこで減速し、どこで加速すればいいのか、何度も頭の中で試している。何も問題はない。


 グレンとゴルトは、ただ、暗黒の中を飛び続けた。長く、長い、永遠にも感じる時間を、飛び続けたのだ。真っ直ぐ。


 グレンは、はたと気づく。暗闇で距離感が掴みにくいとはいえ、洞窟は狭い。当然、壁がある。ずっと、真っ直ぐ飛んでいられるはずがない。


「おい、ゴルト」


 共に飛行する相棒へ声をかける。


 黄金色の竜は、青い瞳に厳烈げんれつなる怒りを宿していた。この世の全てを敵と思うような、憎悪にも似た青い炎が燃え盛っているようだった。グレンの記憶にない、相棒の横顔だった。


「ゴルト! おい、ゴルト!」


 不安に駆られるまま、相棒を呼び続ける。黄金色の竜は顔を向ける素振りなく、前を睨み続けている。


 このまま飛んでいて、いいのか。本当に洞窟を抜けられるのか。そもそも、ここは洞窟なのか。そうでないとしたら、一体、どこを飛んでいるというのか。


 グレンの精神が怯えに侵食されていく。叫びながら、無我夢中で手綱を引っ張った。


 ゴルトは応じない。グレンを意に介さず、それしか役割を持たぬ機械のように飛び続けるだけ。


 突然、グレンの視界の端に影が映り込んだ。全体像は見えない。大きさも、よく分からない。ぼやりとした輪郭の影だった。


 影が黄金色の肢体へ衝突する。その凄まじさに竜の体が折れ曲がる。ゴルトは瞳を燃え上がらせ、憤り、えた。


 グレンは相棒を鎮めようと手綱を引く。しかし、ゴルトの怒りは止まず、もがいているうちグレンの体勢が崩れた。


 急回転する世界。最後、視界に映ったのは。


 他人を嘲笑あざわらう、底知れない妬みを伴った、敵意の瞳だった。

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