(仮)
浮左志知
愚かな人
「すごいすごい!これって、とってもすごい偶然だね!」
「あぁ、うん。そうだね」
とりあえずは合わせたものの、内心で僕は焦っていた。誰にも会いたくないから、という理由での旅行だったのに、どうしてこの女に会わなければならないんだ。
「いつ以来?確か高校卒業してから初めてだよね!?」
「そうかもね」
確かにそうだ。
だが、本当は一回会ったことがある。厳密には卒業直前の、二月の入試終了後のことだ。全くの偶然で、彼女が働くファーストフードショップに行ってしまったことがあるのだ。あの時は気づかれなかったし、既に忘れられたのかと安心してしまっていた。そしてそのまま卒業したのだ。
「ねぇねぇ一人旅? ……それとも恋人さんと旅行?」
「……前者だよ」
この女は……!僕が聞かれたくないと思ってることを的確に聞いてきやがって!
いっそ話してしまおうか。恋人にフラれて、でも用意していたサプライズプレゼントを無駄にしたくなくて、みみっちく温泉に浸かりに来たんだと。
いや駄目だ。一時の気の迷いに全てを任せて後悔しなかったことがあっただろうか、あるわけない。
「前者て……。ぷっ、相変わらずだねぇ」
「そうかい」
何が面白かったのかは知らないが、彼女は楽しそうな笑みを浮かべた。
嫌だ、そんな笑顔は見たくない。止めてくれ。そんなかわいい顔で、笑わないでくれ。いなくなってしまったあの人のことがちらついて、どうにもやるせない気持ちになってくる。
「でもそっか、一人か」
「あぁ一人だよ。それで君になにか不都合でも?」
僕がそう言うと、
「いや、それはむしろ好都合というかなんというか……」
彼女は口の中だけで何かを呟いた。
上手く聞き取れなかったが、どうせ僕の悪口を言っているに違いない。くそっ、ここに居るとどんどん気分が悪くなる。腹が立って仕方ない。
その苛立ちが自分に対するものだというのだから、更に情けない。
「じゃあ、僕はこれで」
逃げよう。ずっとこのままここに居ると、僕は自分が大嫌いになってしまう。今でも既に嫌いだけど。
「あ、待ってよ!君に話があるの!」
「悪い。急いでるんだ」
それにこのままここにいても、良いことなんて何もない。あんな想いをするのはもうたくさんだ。
僕は言うが早いか、踵を返して駆け出した。
「待ってってばぁ!」
遠くから小さな声が聞こえるが、無視だ。これ以上彼女の前でまともな精神状態を保てる自信がない。
結局、僕は本来の目的だった観光を諦めて闇雲に逃げた。
φ
残念なことに、僕の方向感覚は相当鈍いらしい。今日初めて知った。
「ここはどこだ」
我ながらすさまじい方向音痴だと思う。この辺りは地元のように、道が碁盤の目状になっていないせいもある。あると思いたい。あるといいなぁ。
そんな現実逃避は無意味だとばかりに、思い出されるのは彼女のことだ。
僕が高校に入学した時、最初に喋ったのは彼女だった。
『君が隣?』
挨拶もなく、唐突にそう話しかけられたのだ。
あの時から僕は彼女が苦手だ。人の話は聞かないし、そのくせ自分の意見ばかり貫こうとするし、何より見目が麗しい。
可愛い女の子は苦手だ。それを自覚してる女の子はもっと苦手だし、それを自覚してない女の子はそれよりも更に苦手だ。
あいつらは狡い。意識的にも無意識的にも"狡さ"を持っている。僕がどれだけそんな奴らに苦労させられたか。
「やっほー」
そう、こんな風に可愛い声で、
「ってうわあ!」
「ちょっとぉ、人の顔見て驚くなんて失礼だよ?」
腰に手を当てて、怒ったような表情で目の前に立っていたのは、紛れも無く彼女だった。走ってきたのか、肩で息をしているようだ。
「え、なん、で」
「なんでって、さっき言ったでしょ」
彼女は僕を真っ直ぐに指さして、
「き・み・に、話があるんだよ。わたしはね。結構捜したんだよ?まぁだからこれは必然だよねっ」
と言ってにへら、と笑った。可愛い。
って違う違う!そんなことを考えている場合じゃない。
「ぼ、僕には急用が」
「大丈夫、待っててあげるから」
だめだ。言い訳だと見抜かれている。嘘だと、見抜かれている。
これだ。この感じが嫌いだったんだ。
お前の悪事はお見通しだ、なんて言われた小悪党のような気分だ。なんでもわかっているような、そんな顔をしやがって。
そんな表情に、一瞬でも心を奪われてしまう。
「……話ってなんだ」
僕がため息交じりにそう言うと、
「話してもいいの?」
と、彼女は嬉々としてそう聞き返してきた。
「なんだって聞いてるんだよ。はやく話してくれ」
「ちゃんと聞いてくれなきゃやだよ?」
「いいから話せって!」
僕が痺れを切らしてそう叫ぶと、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて、可憐な唇を僕の耳に近づけた。
「今から私と、デートしない?」
(仮) 浮左志知 @TakeharaKaduki
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