マギカルト

文里荒城

プロローグ

 ただ、好きになってほしかっただけだった。笑顔になってほしいだけだった。


「父さん、母さん、アキト!」


 合格通知の手紙を握り締めて、部屋を飛び出した。信じられない気持ちで、満面の笑顔を浮かべながら、家族の揃うリビングへ飛び込んだ。


「僕合格したよ! アキトは――」


 嬉しいという気持ちばかりが先走って、それ以外何も考えていなかった。もし少しでも冷静であれば、口に出す前に気づいていただろう。


 項垂れたような弟と。

 そんな弟の両脇に立つ、父と母。


 その姿が意味するものに。


「あ……」


 遅ればせながら状況を呑み込んで、それ以上何も言えなくなった。


 両親は「おめでとう」と言ってくれたが、どこか困ったような顔をしていた。それは、自分の報告を喜ぶ気持ちがありつつも、気を遣っている――その感情がありありと分かる様子だった。


 シン、とリビングには沈黙が下りた。


 不意に。


「なんで……」


 震えた声が、静寂を破る。


「なんでお前だけが合格するんだよ!」


 絞り出したような声は、次第に怒気を含んで大きくなる。両親が止める間もなく、彼はキッと睨みつけてきた。

 冷たい瞳。それでいて、怒りに燃えている。


 吊り上がった眼を真正面から向けられて、ひゅっ、と思わず息を呑んだ。


「ッ……泥棒のくせに!」


 違う。

 そう言いたかった。


「――――」


 けれど、どこか泣きそうにも聞こえる声に、何も、言い返せなかった。


 ただ、僕は―――。


 握り込んだ手の中で、手紙は潰れて、小さく固くなっていた。

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