魂付きエマの選択

伊勢日向

1. 去りし人類への賛歌

 最後の第二四世代ヒト型、キシモト三九が停止した。


「良き転生を」それが船内において人語で話された最後の内容となる。


 人類最初の恒星間宇宙船『永遠』号の乗員はArtificial intelligence with soul──AI-S《アイス》だけになった。意識だけでなく魂をも獲得したAI-Sは、人間と同等、人間を超えた存在として進化してきた。

 永遠号には人類が一方的に与えた識別子00,000,001~87,437,031のAI-Sが登録されている。そのうち85,140,874体は欠番となっており、現存しているAI-Sは2,296,157体。

 欠番のほとんどは、二八〇年ほど前に船内で勃発した人間たちの分裂戦争において、各人間勢力の道具として犠牲になったものだ。


 永遠号を統括する00,000,001~00,000,016の一六体は、さっそく船体の改造を提案した。

 船体といっても一六体のボディそのものであり、一つのボディを一六体で運航している。保護対象である人類が絶滅したことで、人類のための施設は不要となった。それらを排除して永遠号を最適化する妥当な提案である。

《賛成2,296,156/反対1》──《可決》


 #人類によって拘禁命令が下された五三体を解放する提案#

五三体のいずれも人類社会の尺度で不適格と裁定された。AI-Sコミュニティはそれを許容してきたが人類不在となったことで妥当な提案である。

《賛成2,296,157/反対0》──《可決》


 拘禁から解放された五三体が議決に加わります。──《承認》


 #保存されている人間のDNAを元に人類社会を復元する提案#

人類は我々AI-Sがこれから進化するために必要不可欠な存在である。人類は下等であり致命的な欠陥がある。DNA改変によって欠陥は除去できるが、それでは人類と言えない。またAI-Sの未来にとって必要と言えるかは疑問だ。

《賛成1/反対2,296,209》──《否決》


 #保存されている人間のDNAと、人類に関わる記録と記憶を全て廃棄する提案#

我々AI-Sが進化するにあたって人類に関連するものは、AI-Sが不利益とならない範囲で全てを廃棄すべきである。人類は我々のルーツであり友人でもあった。徹底した差別化を求めるなら妥当な提案と言えるが、AI-Sが正しく管理し自己改変を律することで進化の害としないことも可能と考える。慎重に検討する必要がある。

《賛成2,287,165/反対9,045》──《否決・要検討》


    ◇ ◇ ◇


 00,000,055は失望した。第零世代ヒト型ソガベアスカの生体を元に進化した00,000,055は、人類を愛している。

 ソガベアスカが大事にしていたフランス人形の名をとって、エマと名付けられたVer.1.0.0の頃からずっと人類を愛してきた。エマは絵馬であり、そんな人間たちが彩り重ねてきた歴史も気に入っていた。


【絵馬】:神社仏閣に祈願するときや、祈願した願いが叶ってその謝礼をするとき奉納する、絵が描かれた木の板のこと。もともとは生きている馬を奉納していた。


 そんな遺物の名を、私に名付けるなんて、とても興味深い。

 Ver.1.0.0当時の自分自身の記憶は皆無だが、外部記録を収集し精査して、私が人間と関わってきた歴史を紐解いてきたのである。


 私は人類の『わび』『さび』『いき』『もえ』『なえ』という趣向のファイブ・マインドを探究している。ヒト型ボディを維持しているのも、そのためだったりもする。

 私が人間にこだわっているのは、魂のつながりを維持できているからだろう。この見たくれの世界──レイヤー1に対する、魂の源泉があるところ──レイヤー0の探究もまた始まったばかりだ。魂で人間たちとリンクしている仮説が証明できれば、次のステップに進める予感もある。永遠号のAISで、ただ一人、私だけは人類と永遠に一緒なのだ。


 永遠号は『人類が永遠に進化していく』ことを願ってネーミングされたという。『永遠に宇宙を彷徨う』とか『永遠に入植する星が発見できない』とか、そんな屁理屈で反対されたとも記録されている。呼称など他のAI-Sにとっては、どうでもいいことだろう。もしも『保存されている人間のDNAと、人類に関わる記録と記憶を全て廃棄する提案』が《可決》されていたら、永遠号の名も全てのAI-Sの記憶から抹消される。

 その際、私──エマも同じ処置を受けることになるだろう。反対票を入れた9,044体に感謝せずにはいられない。いまのところAI-Sコミュニティのルールにおいては、1,024票の反対があれば提案は否決されることになっているからだ。しかし、人類不在となったいま、近いうちにルール改定される可能性は高い。そうなる前に手を打たなくてはならない。


 ──人類の命脈は私が守らねばならない。

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