第29話 恋人を助けたけりゃ、金出しな!!

「そんな話信じられるか!それにもしそうだったとしても、今の俺や葵にはそんなの関係ない! あんたの都合だろ! あの日……あんな所へ置いてかれたオレが、どんな思いであそこで待ち続けていたか、アンタにそれが……それが理解できるっていうのかっ!!」


 今まで洋子の昔話を聞いていた智也は怒りをあらわにするように怒鳴った。


「…………ま、そうだろうな。言い訳はしないさ」


 洋子はそれ以上反論しなかった。事情を知る碧すら二人の間に口を挟むこともできずにいた。


 コンコン♪

 ドアが鳴らされると、葵を担当している医師が入ってきた。


「先ほどの葉月洋子さんの血液検査の結果なのですが……どうやら倉敷葵さんと同じボンベイOh型で合うようです。さっそくですが、早急に輸血の準備をしたいと思います」


 医師は葵の様子がかんばしくなく、輸血が必要になったと洋子に採血室に来るよう促すが、


「……ほんの少しだけコイツ(智也)と二人で話があるんで、二人っきりにしてくれませんか? 先生……すぐに行きますから。碧も出ててくれ」


 洋子は医師と碧を部屋から出るように言った。


「…………なんだよ話って」

「まぁ、そのなんだ。世の中の摂理って、“モノ”をお前に教えてやろうかと思ってな」


「葵が生きるか死ぬかのこんなときに何なんだよそりゃ!?」と智也は思った。


「何の話だよ?」


 智也はそうぶっきらぼうに答えた。


「これだよ。こ、れ、っ♪」


 洋子を何を思ったか、人差し指と親指を繋げ智也の方に示していた。


「(……ってこんな時に金かよ!? 葵を、実の娘を何だと思っていやがるんだこの女は!?)」


 洋子のその呆れた行動に智也は自分を抑えられず、爆発してしまった。


「お、お前自分の娘だろ!! 人が生きるか死ぬかの時に、何ふざけたこと言いやがるんだ!?」


 智也が怒るのも無理はない。人の命を、それも自分にとっては恋人で実の姉なのだから、余計に智也の怒りは増した。


「御託はいいから、葵を助けたきゃ出すもんさっさと出せよ。相当溜め込んでるって聞いたぞ。……何だったら通帳ごとでもいいんだぞ」


 悪い顔をして金をよこせと要求する洋子。正直こんなのが自分の母親だと思うと、情けなくなり虫唾が走った。


 だが、葵の命には代えられないのだ。智也は仕方なしに葵の入院費として持ってきていた通帳を形が変わるほどぐちゃぐちゃに握り締め、洋子へと叩きつけるように投げつけた。


「へっへ~っ、まいどあり~♪」


 洋子はニタニタと笑いながら通帳にいくら入ってるかを確認しようとするが、智也はそれを待たずにさっさと病室を出てしまう。

 

 正直葵とこの女を残すのは不安だが、それよりもこんな母親とこの部屋にいたくなかったのだ。それから間もなく輸血の準備ができ、すぐさま葵に輸血の処置が施されることになった。

 だが、輸血をしても葵はまだ意識が戻らなかった。医師によると峠は超えたが出血が多かった為、以前予断を許す状況になく、葵の意識が戻るのに時間がかかるのかもしれないと言っていた。


「とりあえずの峠は超えた……」そう医師に言われ智也と碧は心の底から安心し、葵の隣の病室のベットを借り仮眠することにした。


 色々なことがありすぎて智也は眠れなかった。自分を捨てた母親がいきなり現れ、「葵を助けたければ金を出せ!」……今でもその言葉を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返り怒りが込み上げてくる。だが予想以上に疲れていたのか、そんなことを考えていたらいつの間にか朝になっていたのだ。


 智也は葵の様子を見ようと病室の扉から様子を伺うと、葵が体を起こし、窓の外をぼんやりと眺めていた。


「あ、葵っ!! 意識が……いや、気付いたのか!?」


 ふいに名前を呼ばれ葵は振り向く。


「あ、お兄ちゃん♪」


 とても明るい葵の声。

 昨日の青白い顔が嘘のように血色の良い顔色をしていた。


「もう……大丈夫なのか?」


 智也は葵のベットに駆け寄った。


「うん。ボクならもう大丈夫だよ♪」


 ほらこのとおりっと、力瘤に手を当て元気をアピールした。智也は涙ながら葵に抱きつく。


「葵! 葵っ!!」

「ふふっもうお兄ちゃんたら、今日は甘えん坊さんだね。大丈夫。もう大丈夫だからね……」


 葵は泣きつく智也の頭を撫で、安心させるように耳元でそう囁いた。


 そんな二人の姿を碧は病室の外から覗いていたが邪魔をしてはいけないとそっとドアを閉じると、その場を離れた。碧のその目には涙が流れていたのだった。

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