第13話 転校生はただの通りすがりのクライマー

「あっ! そんなことよりも」


智也は思い出したように教室の後ろのドアを気づかれぬよう、ゆっくりと開いた。

幸い担任の村岡むらおかは転校生を紹介しようとしているところで、智也の存在には気付いていない。音を立てて見つからぬよう、身を低くし、こっそりと隠れるように窓際1番後ろの自分の席にたどり着く。


「なんとかバレずに済んだな」


 前の席の佐々木が声をかける。


「よお重役出勤だな智也! 珍しく遅刻か?」

「昨日アレから眠っちまってな、さっき起きたばかりだ」


 そんなやりとりをしていると、


「……え~っ、というわけでもう4月も半ばなんだが、ここで転校生を紹介する! さぁ入ってきなさい」


 そんな一言ともにガラガラ……っと、前のドアが開いた。


「かなり背が低いな」「女か?」「中学生じゃねぇの?」「今流行りの男の娘?」「来ましタワー」などひそひそとクラスメイトの声が聞こえてくる。……何か腐男子混じってないかこのクラス?


 確かにソイツは制服を着てなかったら、女だと言われても違和感がまったくない。その男の娘は教壇の横に立つと、クラスみんなの視線を一点に浴びながらも臆することなく、こう言葉を口にする。


「初めまして! ボクは倉敷葵くらしきあおいと言います。時期外れの転入ですが、よろしくお願いします」


 とても気品に溢れ、そして優雅にお辞儀をした。


「それで席なんだが、1番右の窓際の朝霧の隣が開いてるからそこを使うように。朝霧……頼んだからな!」

「げっ!?」


 なんでオレが転校生の相手をしないといけないんだよ。ってか村岡の野郎オレが遅刻したことに気づいていやがったな。たぶん遅刻を見逃したのはその(転校生の面倒の)対価だろう。それにまた智也の隣は、退学生徒が出たばかりで空席だったのだ。


 葵は軽やかに歩き、智也の隣の席にたどり着くと、


初めまして・・・・・……よろしくね、朝霧君♪」


 初対面を厭に強調し、握手を求めるように右手を差し出してくる。


「あ、ああ……」


 智也も右手を出し、握手をする。


「お前……昨日駅前にいた奴だよな?」

「…………きっと人違いだと思うけど。だってボクはただの通りすがりのクライマーだしね♪」

「(か、完全に昨日の奴じゃねぇか。大体何なんだよ、通りすがりのクライマーって……それはオレに対する嫌味かよ!?)」


 智也は転校生である葵のことが気になって、その後の授業に集中できなかった。


昼休みになり、そのクライマーとやらに詳しく話を聞こうと、葵を昼メシに誘おうかと思ったら既にいなかった。


「(どこに行ったんだ? 転校したばっかだから、ロクに場所も知らないだろうに)」


 レストランやトイレを探すがいない。

 校舎の外に出てお目当ての葵を探すその途中、校舎裏側から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! 昨日はよくもフザけた真似してくれたな!」


 な~んか聞き覚えのある声が聞こえるんだが……。なんだろうね、このあまり関わりたくない雰囲気は。だが、そうも言ってられないので校舎裏を様子を伺うように覗き見ると、転校生でクラスメイトで隣の席で、お目当ての葵がそこにはいた。昨日と同じく不良達に囲まれていながら。よ~く見ると昨日絡んでいた不良達そのものだった。


「(ああ……そういやアイツらもここの生徒だったな。すっかり忘れていたわ)」


 そんな智也を尻目に不良と葵たちのやり取りは勝手に進む。


「あの、ボクは何もしてませんよ……ね?」


 葵は「まぁまぁ、落ち着こうよ」っと相手を宥めるように両手で静止するが、不良達にはかえって逆効果だった。


「てめえ! 俺達のことポリにチクッたろうが!」


 正確には騒ぎを聞きつけ警察官が来たのだが、そんなこと不良達には関係ないようだ。


「はぁ~ま~たこの展開なのかよ。……ちっ、しゃーねぇーな」


智也は特待生なので、特に学園では面倒事には巻き込まれたくないのだが、今の状況ではそうも言ってられなかった。昨日と同じく、智也は葵と不良との間に割り込んだのだ。

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