第7話 アイツと同じギアが踏めない!?

 シャーッっと、自転車の車輪が高回転する。

 智也は車道を走りながら、養護施設にいた昔のことを昨日のように思い出していた。養護施設には朝子と沙代子以外にも智也と同じ境遇の子供たちが大勢いたが、真に心を許せる家族と呼べる存在は朝子と沙代子だけだった。朝子が亡くなるその日までは……。


 智也は気分を紛らわせるように、左ハンドルのフロントディレーラー(前変速機)を操作し、アウターホイール(外側の大きいギア)側に入れる。カチャっと音がし、ペダルが重く感じるが、まだまだ余裕がある。ロードバイクは変速機が普通の自転車とは異なる。


 左手にフロントディレーラー(前変速機)を操作するレバーがあり、外側の大きいのをアウターホイール、内側の小さいのをインナーホイールと呼びギアが2枚ある。また右手にはリヤトディレーラー(後変速機)を操作するレバーがあり、こちらはメーカーにもよるが9~11枚のギアがある。


また選手の得意な走りによってタイプが分かれる。登りが得意な『ヒルクライマー』、平地が得意な『スプリンター』、そしてどちらも得意な『オールラウンダー』などがある。


もし当てはめるのなら智也は、そのスプリンタータイプになるだろう。何故なら開けた平地なら何も考えず、何にも縛られず、なによりも自由に、そして誰よりも早く駆けることができる。そのときの爽快感が何物なにものにも変えがたい。


少し勾配がキツくなり始めた。フロントをアウター(大きいギア)からインナー(小さいギア)に変え、リヤはそのままで流す。智也は坂道はあまり早く走らない。なぜなら『風』になれないからあまり好きではないからだ。っとそのとき背後でカチャっと、ギアを変える音が聞こえてきた。


 いつの間にか、後ろにピタリと張り付かれていたようだ。

 相手も同じロードバイク、負けるわけにはいかない。智也はリヤを1段階重めにしスピードを出す。が、後ろのソイツは長い髪を風になびかせ、軽々と智也を抜き去ってしまった。


「(お、女だと!?)」


 その容姿は線が細く、か弱い女の子に見えた。


「(おいおいマジかよ……『ここ』をそんなに早く走れるのか? しかも女ごとき・・・・が?)」


 たぶん相手は坂が得意なヒルクライマータイプであろう。


普段の智也なら相手にしないが、女に抜かれたとあっちゃ智也のプライドが許さない。更にリヤホイールを1段重めにし追いかけようとするが、その女の子は智也が真後ろについてもまったく物怖ものおじせず、そのままのスピードをたもっていた。更に勾配がキツくなり、智也は堪らずリヤのギアを2段下げた。重すぎたのだ。


「(アイツと同じギアで踏めない……だと!?)」


 智也にとって少なからずショックだった。すると前でもカチャカチャっと、ギアを変える音がした。どうやらアイツもギアを2段ほど『下げた』らしい。

だが、その女はさらに早くスピードを増し、先ほどよりも早く坂を駆け抜けていた。


「(はっ? な、なんだよそりゃ……っておいおいマジかよアイツ!?)」


 智也は前を走るロードバイクのフロントディレーラーを見て、愕然がくぜんとした。彼女は『ギアを下げた』のではなく、アウターに入れ直して『シフトアップ』した音だったのだ。


 その間にも智也とその女の子との差はどんどん開いていった。智也は立ちこぎダンシングで対抗するが、前を行く女の子は依然座いぜんすわりこぎなのに、さらにリヤを1段シフトアップすると完全に智也を置き去りにする。


「……バケモンかよ」


 智也はそう吐き捨てると、ダンシングを止め座り漕ぎでペースを落とした。前を向くと既にその女の子の姿は見えなくなっていた。


「アイツ何者だぁ? ったく、世の中上には上がいるもんだな……」

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