怒れるリーダー!

 爆発音が止むなり、わざとらしく大きな溜め息をついたリーダー格のオリジナルレッドは、凝りをほぐすかのように首をゴリゴリと回しながら、コチュジャンレッドのそばへゆっくりと歩み寄った。


「あのさ、俺さっき言ったよな? タイミング合わせろって、なぁ? なんでちゃんとでき」


「あー、ちょっといいかな?」と面倒な展開になりそうなのを察したアニキが声を上げ、「ああいう決めゼリフってさ、もっとこう……『正義の炎で悪を焼き尽くす!』みたいな、意気込み的なことを言うもんなんじゃないの? おたくらの場合はさ、なんていうか、みんな自分の色に対する主張が強すぎるような……」と口を挟んだ。


「はぁ? なになに? ナニコレ、説教? 説教か? オイ、おっさ」


「やめろって」


 あたかも半グレの輩のような言葉遣いで突っかかるオリジナルレッドを、ディープレッドが背後から羽交はがい締めにして止めた。


「テメッ、放せコラッ!」とディープレッドの腕を振りほどいて振り返ったオリジナルレッドは、「てかオマエなぁ! ポーズ決めた時に腕当たってんだよ! わざとか⁉︎ あとなんだよ、あのセリフ!」と今度はディープレッドに怒りの矛先を向けた。


「なんだよって、なにが?」


「『なにが?』じゃねぇよッ! なにが『それはどうかな?』だ、コラッ! あれじゃまるで俺がニセモノみてぇじゃねぇかッ!」


 ディープレッドは「ニセモノって」と半笑いで呟き、「だって俺もレッドだし。しかも濃いじゃん。アンタより」と馬鹿にしたように言った。


「はぁ⁉︎ こんの……あッ! あーッ! そうだ、そうだよ! オマエの前口上、クッソ長ぇんだよ! リーダーの俺が『雷鳴轟く秋の雨』だけなのによぉ! 暖簾のれんがどうだとか、歌舞伎がこうだとか」


「ツバキつま夫木ぶきかぶき揚げ」


「イチイチ訂正しなくていいんだよッ! なんだそりゃ⁉︎ 意味わかんねぇわッ!」


「別に意味とかないし。ただ語呂がいいかなぁって。でもそれ言ったらアンタのもさ、雷鳴轟いてんだったら雨じゃなくて嵐じゃね?」


「るせぇッ! 雨のほうが語呂がいいし、言いやすいんだよッ!」


「アーッ! チンーチャ、シクロッ!(あーッ! マージうるせぇッ!)」


「チャイナは黙ってろッ!」


「ムォヤ? シッバ・ケセキッ!(なんだと? この犬畜生ッ!)」


 オリジナルレッドが周りに怒りを吐き散らしはじめたところ、突然ローズレッドが「みんなやめてッ! あたしのためにケンカしないでッ!」と見当違いな仲裁の声を上げた。


「勘違いすんな、このドブス! てかオマエはオマエでなんなんだよ、その色は⁉︎ ローズレッドとか言って明らかにピンクじゃねぇかッ!」


「はぁ⁉︎ あたしがブスゥ⁉︎ 近所の抱きたい女ナンバーワンのあたしが⁉︎ アンタ、いつもエロい目であたしの身体見てるクセに、自分が相手にされないからってテキトーなこと言わないでよッ!」


 ローズレッドは色に関してではなく、容姿をけなされたことへのいきどおりをあらわにした。


「はいはい、自過剰妄想おーつ! あとブスじゃなくてドブスな! てかなんだよ、近所の抱きたい女ナンバーワンって? スケールちっさ! しかもそれ、身体目的で顔関係ねぇだろうがッ!」


「な……このどう


 オリジナルレッドに掴みかかろうとしたローズレッドを、クリムゾンが「ちょ、優愛ゆあさん、やめなって」とキンキン声で制しつつ彼女の腕を掴んで止めた。


「触んなッ! この童貞クソナードッ! てか本名で呼ぶなし!」


 ローズレッドの剣幕に手を放したクリムゾンは「童……お、おお俺、別に俺は、その、どど童……童……じゃないし……」とあからさまな動揺を見せ、彼女から少し離れると、挙動不審という行動の手本のように落ち着きなく周囲をキョロキョロしはじめた。


「そういやオマエもだよ!」とまたもや声を張り上げたオリジナルレッドは、「なんだクリムゾンって? はぁ⁉︎ リーダーの俺より良い感じの名前とかありえねぇわ! 決めゼリフも能書きみてぇなこと言いやがって! Siri気取りか、あぁ⁉︎」とキョドる小柄な男に噛みついた。


「チンチャ・ミチョッソ(マジで狂ってるわ)」


 耳聡くコチュジャンレッドの言葉を聞きつけたオリジナルレッドは「うっせぇ、チャイナ! オマエはなに言ってんのか、ぜんっぜんわっかんねんだよ! それ何色だコラッ!」と彼を怒鳴りつけ、「てかコイツと色被ってんじゃねぇかッ!」と隣のディープレッドのタイツを強めに引っ張った。


「伸びるから放してくんない?」とディープレッドがオリジナルレッドの手を払いのける。


「タイツは伸びるもんなんだよッ!」


 醜状しゅうじょうを見かねたアニキが「まぁまぁまぁまぁ」とヒーローたちのあいだに割って入り、「全員レッドじゃないのはわかったから。それと、もう一つ訊きたいことがあるんだけど」と、オリジナルレッドを刺激しないようやんわりと言った。


「なんだよ」


「うん、その……決めゼリフや決めポーズなんかもさ、みんな頑張って考えたんだろうし、ヒーローとしての自覚みたいなもんも感じるんだけどさ、なんだろ……今一つこだわりに欠けてるというか……」


「はぁ⁉︎ なにが言いてぇんだ、アンタ? もっとハッキリ言ったらどうよ、おっさん!」


「おっさ……じゃあ訊くけど、なんで全身タイツなんだ? 映画キックアスの少年だってコスチュームを」


「タイツじゃねぇッ!」


 またもやオリジナルレッドが急に声を張り上げ、アニキは一瞬だけ鼻白んだ表情を浮かべたものの、すぐに気を取り直し「え、でもさっき自分でタイツって」と言葉少なめに指摘した。


「言ってねぇし! 言いがかりつけてんじゃねぇぞ、おっさん! アルツかッ!」


「だから俺まだ二十八……」


「二十八っていったらアラサーだろ? おっさんじゃねぇかッ!」


 心なしか気落ちしたように悲しげな表情を浮かべたアニキは、しばらく俯き加減で唇を噛んでいたが、やがて顔を上げると「あと、もう一点どうしても気になってることがあってさ」と何気ない様子で無理に明るい声を出した。


「なに?」


「その……そこの彼、きっと韓国人だぞ」


 アニキがコチュジャンレッドを指差して言うと、彼は「マジャ!(その通り!)」と嬉しそうに言って指を差し返した。釣られてコチュジャンレッドへと視線を移したオリジナルレッドは、無言で彼を見つめてから再びアニキへと視線を戻し「なにが?」と眉間にシワを寄せた。


「いや、だからさ……キミ、そこの彼のこと中国人だのチャイナだのって言ってただろ? そうじゃなくて、彼が話してるのは韓国語だから、おそらく中国人じゃなくて韓国人なんだよ。もちろん、韓国語が喋れる中国人だってい」


「あっそ」


「あっそ、って……なぁ、キミはチームのリーダーなんだろ? だったら仲間のことを理解しておくのはリーダーとして重要なことだぞ? ずっと見てたけど、特にその韓国人の彼、嫌々やらされてる感がハンパなく伝わってきて気の毒なくらいだったよ。それに他のメンバーに対しても、上から目線で押さえつけるような言い方ばかりして……いいか、チームをまとめて引っ張っていくってのは」


「まぁた説教かよッ! うっざ! 説教マジ、クッソうざッ! てか、おっさんのそれも、上から目線の押さえつけで完全にブーメランじゃねぇの? 自分のことは棚上げかよ? ったく、これだから老害の相手はメンドクセェんだよなぁ」


「老害……俺まだ二十八なん」


「これは俺らチームの問題でさ、アンタには一切関係ねぇ話だろ? それともなにか? 俺が間違ってんのか、あぁ⁉︎」


「いや……間違ってるってわけじゃ……」


「だったら黙ってろよ! 部外者が口出しすんじゃねぇッ! そもそも、いい歳こいて泥棒なんてやってるおっさんが、他人に説教できる立場かっつーの!」


 すかさずディープレッドが「それな」と合いの手を入れた。


 言い負かされると同時に心を折られたアニキは、涙ぐんだ表情で唇を噛むと、そのまま力なく項垂うなだれて黙り込んでしまった。


「アーニキィ……大丈夫でぃーすかぁ?」


 ガリガリの弟分が心配そうに声をかけるも、外界からの刺激をすべてシャットアウトすることで、わずかに残された心の均衡を保とうとでもしているのか、アニキは誰とも目を合わせようとはせず、ただ唇をわなわなと震わせているだけだった。


「ところで、俺らって結局なにしに来たんだっけ?」


 気まずい空気が流れるなか、唐突に沈黙を破ったディープレッドが誰にともなく問いかけると、たまたま目が合ったベンタブラックが「……さぁ?」と首を傾げた。


「レッドが怒鳴り散らすから忘れたわー」


 ディープレッドがぼやくなり、オリジナルレッドが「はぁ? 人のせいにすんじゃねぇよ! てかオマエだってレッドだろうがッ!」と半ばキレ気味に言い返した。


「ローズレッドもいるだろ? 俺、レッドとしか言ってないけど」


「あ……テメッ、汚ねぇぞ!」


「ともかく!」とクリムゾンが大声を出し、言い争いに発展しそうな二人の会話を「思い出せないってことは、たいしたことじゃないんですよ。きっと」と、ともすれば逆効果にもなりかねないかんに障る高い声で遮った。


「んまぁ、そうかもなぁ。考えたところで思い出せそうにもないしなぁ」とディープレッドが間延びした声で応じた。


「じゃあ、もう帰ろうぜ。いつまでもこんなところに突っ立ってても時間の無駄だわ。てか、叫びまくったせいで腹も減ったし」とオリジナルレッドが投げやりな調子で言うと、クリムゾンが「あ! それなら、ラーメンでも食ってきません?」とさも名案を思いついたとばかりに提案した。


「ジョンネー!(いいねぇ!)」


「あたし喉渇いたぁ」


 互いの力関係すらも微妙で曖昧な姿を見せつけたヒーローたちは、特にこれといった悪事も働いていない空き巣に入る前の男性を精神的に追い詰めただけで、「家系にしようぜー」などと呑気のんきな言葉を交わしながら、和気あいあいといった様子で住宅街の路地裏へとその姿を消したのであった。

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