汚れたジェラシー

みなづきあまね

汚れたジェラシー

師走、という言葉が似合う嫌な年末の忙しさが、オフィスに漂っている。とっくに定時を過ぎたが、誰も退勤する気配はなく、暖房と人の熱気で、眩暈がしそうだ。


そんな私も例に漏れず、パソコンとプリンターを往復し、いくらやっても終わらない仕事を続けていた。


さすがに小腹が空き、数分前に頂き物のお菓子を食べ、コーヒーをすすりながら作業をしている。


先ほどから、彼がすぐ近くで同僚の隣に座り、作業をしていた。いつもは席の関係で正面からばかり眺めているが、私に背を向けている今、広い背中や鍛えられた太腿が目に入り、些か集中出来なかった。


とりあえずやらなくてはいけないことを終わらしたく、エクセルを開いたが、誰かが開いているようだ。思い当たる先輩が斜め方向にいたため、座ったまま声を掛けた。


読みはあたり、先輩は今別件で使わないということだから、閉じてくれたが、応答しなかったようで、フリーズしたらしい。


「ああ!なんか固まった!うわああ、なになに、もう!」


忙しさに追い打ちのフリーズで、混乱した先輩は、奇声を発した。それを側で聞いていた彼は、やれやれというそぶりをしつつ、


「はいはい、何?」


と、先輩の元へ駆けつけた。自他共に認めるデジタルボーイで、何か機械について困ると、みんな彼を頼っている。よく同じ仕事をしていて、年齢も近い先輩とは比較的仲が良いらしく、彼は先輩の後ろから画面を覗くと、横からいくつかキーを押して、作業に戻った。


私はそれを離れたところから、じっと見ていた。私とも割と長話をしたり、仕事も一緒にすることがあるが、あんな柔らかい話し方や、颯爽と現れて手助けはしてくれない。マグカップを持つ指に、力が入った。


「フリーズ溶けたよ!」


と、先輩からゴーサインが出てお礼を言い、私は改めてエクセルを開き、作業を始めた。


それからも彼と先輩のやりとりが耳から目から入ってきて、私は時々手を止め、ちらっと盗み見していた。


彼が話すその先に私がいたい、と自然と思っていた。あの笑顔を独り占めしたかった。私には絶対あんな風に接してはくれない。客観視しているわけではないから、実際は分からないけど、本能がそう言っていた。


彼は帰り支度を始め、数分後に退勤した。毎日彼がいなくなると、仕事に意欲がなくなる一方、少し気が抜けて、緊張がほぐれる。見栄を張って、いい自分を見せようとするからだ。


彼がいなくなった空間で、私は改めて思った。なにをいい歳してみっともない嫉妬をしてるんだろう、と。彼が誰を好きでも自由で、もし彼が先輩や他の女性を選んでも、それに異を唱えられない。


だって、私にはスタートラインにさえ、立つ資格がないからだ。これは普通の嫉妬ではない。汚れている嫉妬だ。


私は結婚しているから。


許せない、叶わない、そしてきっと選ばれない。

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