江戸川の歴史と伝説

「龍神さまのたたりじゃ!」


 相次ぐ不可解なできごとに、こんなことを言い出すひとがあらわれた。


 僕が子供の頃よく遊んだ江戸川の河川敷に近いところに善養寺という寺がある。そこには、


【天明3年浅間山噴火横死者供養碑】


 というものがあった。


 天明3年(1783年)、長野と群馬の境にある浅間山が大噴火をした。この時に出た大量の噴出物が川を一時的にせき止め、それが決壊して大洪水を引き起こし、1600人以上が亡くなり、多数の牛や馬の死骸とともに、利根川に流れ込み、さらに何百キロも下流の江戸川にまで流され、この地にたどり着いたのである。


 当時の小岩村のひとたちは、これを無念に思い、善養寺に無縁仏の墓を作り供養したと伝えられる。


 荒唐無稽な話だが、その時、群馬から龍神がいっしょに流れ着いたという話があるのだ。子供の頃に祖父から聞かされた伝説にもあった話のようだったが、もう亡くなっているから確認のしようもない。


 その龍神が、眠りを覚まされたことに怒って、橋を消し去ったという噂である。神様の棲む川の上を早朝から深夜まで電車がガタンゴトンと通る騒音や、24時間走るトラックの騒音が、目を覚まさせてしまったと。


 そのため、新たに橋を架けても騒音問題は解決にならず、フェリーにしても動力がうるさいのではないかという邪推がなされた。


 道路橋や鉄道橋はずっと以前からあったのに、なぜ今ごろになってという疑問はあるが、これだけ不可解なことが続くと、ひそかにそのような存在を信じるひとも出てきたのであった。

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