第42話王女19

 

 それから三日後。


「魔物、ですか」

「はい。そのことについて話がしたいと陛下がお呼びです」


 私は部屋でいつも通りの生活をしていたのですが、なぜかそんなふうに呼び出されました。


 どう言うわけでしょう? そのような事に関しては、私に話すようなことではないはずなのですが……。


 これが二人いる兄たちに対してだったらわかります。あの二人はそれなりに国政にも関わっていますから。


 それに、魔物がどうしたと言う話はここ最近では聞いたことがありませんでした。それなのにどうして突然?


 ……色々と不明な点はありますが、なんにしても呼ばれたのならば行かないわけにはまいりません。あまりあの二人の兄にあるのは気乗りしませんが、それでも行くしかないでしょう。


「よく来た。座りなさい」


 そうして私は呼び出された会議室へと向かったのですが、そこにはすでに二人の兄がいましたが、どう言うわけか護衛の騎士も側仕えも誰もいません。

 この部屋に入る前に私も側近とはなれることになったのですが、いるのは王族であるお父様と兄二人の三人だけ。


 そして私が部屋の中に入ると部屋の中にいた全員の視線が一斉にこちらに向きました。

 けれど二人の兄のうち、片方は私に興味などないとばかりにすぐに視線を逸らし、もう一人は不愉快げに眉を寄せたあと視線を逸らしました。


 私がそんな二人のことを気にすることなく空いていた席の一つに腰を下ろすと、お父様が話し始めました。


「さて、お前達を呼んだ理由だが、西の森で魔物の活性化が確認された。すでに数体が壁の外まで現れたらしいが、どうにも集団で移動しているようだ。このままではこの街にまで来ることになるだろう」


 魔物の活性化とは、なんらかの原因で魔物が普段とは違う行動をとって住処から大幅に移動することです。それはよくあることではありません。人間だって住処を変えるとなったら移動するだけでも危険が伴うのですから当たり前ですね。それは魔物でも同じです。


 ですが、その普段なら怒らないことが今回は起きたとのことです。


 けれど、疑問がありますね。なぜこうも急に起きたのでしょう? 普通なら前もって予兆くらいはわかるものなのですが……。

 魔物の活性だけでも異常と言えますが、それに加えて更なる異常が重なった?


「父上。敵がどこなのかは不明ですが、先日の襲撃の狙いはこれではありませんか?」


 そう考えていると、兄の一人——第一王子が手を上げながらそう言いました。


「これとは、魔物の行動か?」

「はい。今回の魔物の行動は明らかな異常。自然な物ではないと考えられます。であれば、誰かが人為的に魔物を誘導し、この街に向けて動かしたと考えるべきではないでしょうか?」

「なるほど。昨夜の襲撃は我々の目を外に向けさせないためですか、兄上?」

「ああ。あわよくば我々王族や戦力を削るつもりだったかもしれないが、一番は陽動の意味合いが強いのではないかと考える」

「ふむ、確かにな。可能性としては十分にある」


 ……確かに、言っていること自体は間違いではないと思えます。

 ですが、先日の襲撃が突発的なものでしかないのだと知っている私からすれば、その考えは間違っていると言えます。


 ですが、ここ最近の異常といったら先日の件くらいしかないのも事実です。


「にしても、魔物の大群が襲ってくるとなると、五年前の再現か?」


 何を考えたのか、ふと二番目の兄がそう呟きました。

 五年前。その言葉を聞いた瞬間私の心臓が音をたてて跳ねたような気がしました。そこが全ての終わりで、始まりだったのですから、そうなるのも当然でしょう。


 今思い出してもあの日、あの瞬間の光景を鮮明に思い出すことができます。

 日が落ち、灯りだけが照らす部屋の中で地面に倒れたアランと、アランを運んできたもう一人のアラン。

 そしてそのあと、私は——


「だが、魔物の群れがここに向けて誘導されているとして、その方法はなんだ? それが分かれば、その誘導している何かを処理することで魔物をやり過ごすことができる可能性があるのだが……」


 私があの時のことを思い出している間にも話は進んでいきます。


 いけない。今はそんなことを思い出している時ではないのです。

 そして頭を切り替えるために、他の者には気づかれないように一度だけ深呼吸をしました。


「生き物を移動させるのであれば、追い立てるか誘うかだな。洗脳という手段もあるが、魔物の大群全てに洗脳を施すのは不可能であろう」


 魔法によって他の生物を操ることはできます。ですが、それは何十と同時にできるものではありません。できたとしても十も操れれば偉業として褒め称えることができる程で、一般的に操れる数は精々三もいけば素晴らしいと称賛することができるでしょう。

 ですので、群全体を操ったと言うのは考えづらいです。


「群れの長だけを洗脳した可能性もあるのではありませんか?」

「確かに、その可能性もあるな。だが、ただでさえ数の少ない洗脳を使える魔法師を大群を動かすことができるほど用意できるか?」


 群れの長だけを操ったとしても、一体の長がまとめている群れは百にも満たないでしょう。

 ですのでこうして集まるくらい警戒しなければならない規模を操れるかと言うと疑問です。


 それに加え、他の魔物をまとめることができる長のような力をもった存在は何体も操ることができるはずがありません。

 それ故に、大群を用意するにはそれに比例するだけの洗脳を使える魔法師を用意しなければならないのです。


 ですが、ただでさえ希少な洗脳を使える魔法師を総何人も用意できるのかというと、難しいでしょう。


「……魔物達が動いたのが西の森ということを考えれば、二つほど国を挟んだ先に魔法師を優遇し、育てている魔法師の国がありますが……」

「ならばその目的はなんだ? 何を求めて手を貸す?」

「……」


 お父様の言葉に二番目の兄が答えに詰まりました。


「現状、その国が我々に対して何かをするとは考えづらいのではないかと思うのだが、どうだ?」


 意見を求めるお父様の言葉に私達三人は頷き、それによって魔物が操られたと言う考えは、今回の魔物の活性の原因である可能性から消えました。


「であれば、追い立てるような何か、もしくは街に誘いこむような何かがある、とお考えですか?」

「うむ。そして、私の見立てでは誘い込む何かがあるのではないか、と考えている」


 魔物を誘う。その言葉を聞いて私の中で何かがうっすらと浮かび上がってきました。

 ですがその考えははっきりとはわからず、掴もうとしてもしっかりと形になる前にするりと抜けていきます。


「その理由をお聞きしても?」

「五年前に魔物の大群がこの街に向かって移動してきたが、その際は強力なドラゴンが周辺を荒らし回った結果餌を求めてのことだった。だが、今回はそのような何かなど報告を受けておらん。魔物の移動が始まった現状であってもなんの異変、異常の報せがないとなれば、そんな追い立てるような原因となるような何かはいないのではないか?」


 確かに、そんな追い立てるような強力な何かがいればこんな今に至るまで何もわからなかったと言うのは考えづらいですね。


 ならば、街中に魔物を誘うものがあると——っ!?


 考えていると、ふと一つの考えが頭の中に浮かび上がりました。


「それに加え、移動するにしても動きが緩やかすぎる気がするのだ。お前達は、後ろから襲いかかって魔物から逃げる際に家財などの心配をして足を止めるか?」

「そんな状況で逃げなければならないとなったのであれば、なりふり構わずにひたすらに走りますね」

「確かに、追い立てられているのであれば、もっと一斉に動き出してもおかしくはない、か」


 街中に、魔物。それはもしかして……。


 可能性としては十分にある。と言うよりも、気づいてしまえばそれ以外には考えられない。


 ですがそれだと今回の魔物騒ぎは……私が原因だという事になります。正確には、『私達』でしょうか。


 しかしなぜ今になって、と考えましたが、おそらくは先日のアランから『死』が溢れていたせいでしょう。

 あれによって離れた場所にいた魔物達がこちらのことを気づき、近寄ってきた——と言うのが今回の件の真相だと思います。


「故に魔物を引き寄せる何かがあると考えるのだが、どうだ?」

「おそらくはその考えで正しいのではないかと思います」

「ただ、それだとどんなものがそうなのかって話になってくるな」

「うむ。……ミザリス。お前はどう思う?」

「——え?」


 突然話しかけられ、私は自分の考えが気づかれたのではないかと思い一瞬反応が遅れてしまいました。

 それでも表面上はなんの反応も出すことがなかったのですから、上出来と言えるでしょう。


「お前は死霊系統にかぎっているとはいえ、魔物を抑えていることができるのだ。であれば、魔物がどのようにして何に集まるのかがわかるのではないか?」


 どうやら私の考えに気がついたのではなく、それを聞くために呼びかけてきたようです。


 ですが、そもそもお父様は最初からその考えに気が付いていたのでしょう。ですから私をこのような場に呼んだ。


 しかし……どうしたものでしょうか。魔物がアランや私に対して集まっている、という私の考えを口にするわけにはいきません。そんなことをしたらよくて追放。最悪の場合は処刑です。


 生きている分追放ならマシかもしれませんが、そんなことをされてしまえば私の願いは叶わなくなってしまいます。なのでどちらにしても、今バレるわけにはいきませんし、自分からバラすなどもってのほかです。


 今回は前もって考えたわけではありませんから即興で納得させるしかありませんが……できるで——いえ、やるしかないのです。


 適当な嘘をついたところで、あらかじめある程度考えて私たちを呼んだわけですから、お父様を騙すことはできないでしょう。

 なので、ある程度は納得できるように話しても平気なことだけを話し、真実はふせたままにして納得させるしかありません。


 そうして覚悟を決めた私は口を開きました。


「……魔物が集まるのだとしたら、それは人の負の感情ではないかと思います」

「負の感情?」

「はい。死霊系の魔物は人が死ぬ際に放たれる怨念とも呼べるものを糧に生まれますが、普通の魔物は生き物から放たれる嫉妬や恐怖といった負の感情を糧とします。それ故に魔物は残虐な行動を取ることがあるのではないかと考えております」


 これは明確にそうであると言われているわけではありませんが、一定の理解を得られている説です。

 そしておそらくそれは正しいのだと私自身も思っています。何せそれを利用して目的を果たそうとしているわけですから。


「負の感情……それはどうあっても消すことはできぬな」

「ですが、確かに嫉妬や暴力といった負の感情を生み出すようなことを全て消すことなどできませんが、街では大きな何かが起きたという話は聞いておりません」

「だが小さなものは溜まる。それが積もった結果、ということなのだろう」


 一番目の兄とお父様の話を聞いて私は頷くと続きを話していきます。


「きっかけとしては昨夜の件ではないかと。ちょうど昨夜多くの者が亡くなり、今でも負の感情が城に渦巻いているはずです。今まで溜まっていた負の感情が爆発したのではないでしょうか?」

「ならば、陽動以外にもそれが狙いだったのやも知れないな」


 今言ったことは嘘なのですが、少なくとも兄二人は信じたようです。お父様は……どうでしょうか? 何も言わないところを見ると納得したような気もしますが、まだまだ気を抜かない方がいいでしょうね。


「しかし、それだと大きな街ほど魔物の大群に襲われやすくなるということにならないか? だが、最近どこかが襲われたといったような話は聞かないぞ?」

「我が国は五年前も魔物の大群に襲われ、また今回もとなると、あまりにも他と違いすぎないだろうか?」

「本来であれば祭りなどで負の感情を発散させて溜まるのを防ぐのではないでしょうか? ですがここ最近はヴィナートを警戒して大々的に何かをする余裕などありませんでした。幾らかは祭りも行いましたが、減ったことは事実です」


 これもおそらくですが、祭りというものがそう言った役割を持っている可能性は十分にあると思います。


「それに、五年前のものはドラゴンの出現によって起きた物ですので、今回のものとは原因が違います。もしかしたら、そのドラゴンの件で負の感情が余計に溜まったのかもしれませんね。あの時は多くのものが亡くなりましたから、それを悔やんだり逆恨みをすることだってあったはずですから」


 一応説明は終わりましたし、私たちではなく自然的なことなのだという誘導もできました。

 今のところはだませている、と信じたいところですね。


「——話は理解した。それが正しいとは限らぬが、現状では対処する方法がないということだな」


 私が僅かに緊張しながら待っていると、お父様は徐にそう口を開きました。


「ではどうされるおつもりですか?」

「どうするも何も、軍を動かして抗うしかなかろう。念のため追い立てている者、操っている者を探させるが、おそらくは無駄になるであろうな」


 そして言い終えると、今度は一番目の兄と二番目の兄へと視線を向けます。


「お前達は軍にすぐさま行動に移るよう指示を出せ。それから市井にも布告を」

「はっ!」

「ミザリス。お前の騎士である『英雄』に期待しているぞ」


 二番目の兄は私に向かってそう言うと、それ以降は足を止めることなく部屋を出て行きました。


「一人の騎士に過度な期待する物ではなかろうに」


 お父様はそんな兄の言葉に苦笑していますが、すぐに真剣な表情へと戻り私へと視線を向けてきました。


「だが、あやつの言葉も間違ってはいない。

「それではお父様。私もこれで失礼いたします」


 私には特に何もないようですし、迎撃に関して何かできるわけでもありません。

 それに、今はもう一度アランと私の様子を調べて何かあった時のために対策を取らなければなりません。


「——一つ、聞いておきたいことがある」


 ですが、そう考えて席を立ち、扉に向かって数歩歩いたところでお父様から声が聞こえました。


「え?」

「負の感情が溜まり、それが原因となって此度の魔物の騒動となったといったな」

「……はい」

「それはお前の中にあるという祈りの残骸が原因ではないのか? 死者の恨み——怨念というものは負の感情であろう?」

「そ、れは……」


 まさか、気づかれた? いえ、〝まさか〟ではなく実際に気づいたのでしょう。


 ……まずい。これはこの上なくまずい。思いがけない言葉を聞いて返答が止まってしまったのもまずい。今のは知らないふりをするべきだった。そして言われてみれば、と言うような反応をしなければならなかった。これでは私が騒ぎの犯人だと自白するようなものでしかない。


 どうすれば……。


「私はこれでも王だ。父親としては娘を見てこなかったのだから失格かもしれんが、『娘の隠し事』は見抜けずとも、『人の嘘』を見抜くのは得意なのだ」


 これは、覚悟を決めるしかないのでしょうか?


「……もし、私がそれに対して「はい」といったのなら、どうされますか?」


 それはつまり、私が原因だと認めると言うこと。まだ明確に認めたわけではありませんが、これで肯定したもどうぜんです。

 ですが、これで構わないのです。これで今回の魔物の騒動は私が原因だと言う事にできるのですから。


 私が原因だとなった場合、私は捕まるでしょうけれどアランは無事なはずです。

 そして私が捕まったとしても、王女である以上はすぐには罰されないでしょう。何かあるとしても、魔物騒動が終わってからになるはずです。


 ならば、その間になんとかすれば、まだ願いを叶える目はあるはずです。

 だから私は、あえて自分が原因なのだと仄めかすように言いました。


「お前が頷いたら、か。……ふ。なに、聞いてみただけだ。気にするな」


 お父様は突然そんなことを言いましたが、言葉通り聞いてみただけと言うことはないでしょう。

 ですが、私の言葉で自分の考えが正しいのかを理解したお父様は、そう言うことで今の会話を冗談の類にする事にしたのだと思います。


「それに、お前はそんなことは言わぬよ。私がそう言ってほしくないと願っているからな」


 それは暗にもしそうであっても言うなと言っているのか、それとも本当にそうであってはほしくないと願っての言葉なのか……。

 それはどちらかわかりませんが、どちらであったとしても、今更私のやってきたことや私たちの状態が変わるわけではありません。


「私も、そうでなければいいと思っていますよ」


 それは本当です。私だって、魔物を呼び寄せたのが私たちのせいであるとは思いたくはありません。叶うなら、私たち以外の要因で集まってきたのであればいい。そう思っています。


「……下がれ。お前の騎士に伝えておけ」


 お父様は机に肘をついた手で額を抑えながらそう言って私に退室を促しました。どうやら、私を捉える気はないようですね。

 気づいていてなお捕まえようとしないのは、おそらく親だから、なのでしょう。


 私の答えを聞かずにいてくださってありがとうございます。

 ですがお父様。確かに娘の隠し事を見抜くことはできませんでしたね。もし原因が私ではなくアランにあるのだと見抜くことができていれば、あなたは迷うことなくアランを殺していたでしょうに。


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