第41話王女18
「殿下。国王陛下がお越しになられました」
ですが、術を施している途中で扉が叩かれました。
「っ! 急がないと……」
お父様がきたというのは、正直いって想定外です。だってそうでしょう? 私が言えた義理ではありませんが、王族が……それもその中でも最も重要である王が襲撃が起こる可能性のある状態でこんなところに来るなんて、思うはずがありません。
しかしそんなふうに呼びかけられましたが、また術は終わっていません。
このままこの部屋にこもっていることなどできないでしょうけれど、それでも数秒だけだったとしても稼いで術をまとめ上げなければなりません。こんな状態のアランを連れていれば、術が崩れるかもしれませんし、何がしかの異常が出るかもしれませんから。
そうなってしまえば今までの苦労も犠牲も、全てが水の泡へと消えてしまいます。
私は慌ててアランの中で蠢いている死者の魂をまとめ上げ、縛り付けていきました。
「ミザリス。安心せよ、敵ではない、私だ。ここを開けなさい」
私が答えないことに痺れを切らしたのか、お父様が直接声をかけてきました。これは、もう時間稼ぎなどできませんね。これ以上黙っていれば流石に怪しすぎます。
「多少強引ですが、今はとにかく集めることだけを考えて……」
完璧とは言えませんが、ひとまず必要な最低限の状態にすることにはできました。あとで落ち着いて調整する必要はあるでしょうけれど、今はこれで出ていくしかありません。
「申し訳ありません。祈りの途中でしたので対応が遅れてしまいました」
アランを伴って部屋の外に出ていくと、そこには扉の外から声をかけられたように本当にお父様が自身の護衛を引き連れていました。
「いや、お前のおかげで死霊共の被害をなくすことができているのだ。褒めこそすれど、咎めることなどない」
そう言ったお父様の視線は、私のことを頭の先から足の先までしっかりと向けられました。そこに不快感などはなかったので、おそらくは衣服の確認——つまりは私達が〝いたしていないか〟の確認でしょう。
私としてはアランとそんな関係になれるのでしたらそれはとてもいい事だと思います。けれど、今のアランにそんなことを望むことはできませんし、今の状況的にもそんなことをしている余裕などありません。
「ありがとうございます」
「そちらの騎士は随分と殺気立っているな」
お父様はそう言いながらも今度はアランへと視線を向けましたが、その言葉は訝しげ、と言うよりも警戒を含んだ者でした。私もつられてアランを見ると、そこには不穏な気配——アランの中に詰め込んである『死』が漏れ出ていました。
まずい。
集めるのを優先しすぎたせいで、普通の人にも感じ取れるほどに漏れてるみたいですね。強引に詰め込んだから仕方がないのでしょうけれど……
幸いアランに何が起きているのかを知らないものからしてみれば殺気立っているだけのように見えるようですがそれでも放って置くことはできません。
「とはいえ、この状況であれば仕方がないか」
どう誤魔化すかと考えながら口を開こうとしたところでお父様は納得したような言葉を口にしました。ですのでそれにのる事にしましょう。
「はい。護衛騎士の隊長が殺されたとあって、先ほどから落ち着かないようです」
まだアーリーが死んだと言うのは確定した情報ではありません。ですが、それでも私はアランから聞きましたので死んだのだと確信を持って言えます。
それに、この状況で来ないと言うことは周りもアーリーは死んだものとして考えているでしょう。もしかしたらアーリーが裏切り者かもしれないと考えているものもいるかもしれませんが、それはどちらでもいい事です。
「ところで、場内の様子はどうなっているのでしょうか?」
「今のところは落ち着いておる。ただ、正直なところ賊が何をしたいのか、今も潜んでおるのか何もわからん」
それは……そうでしょうね。私もアランから聞くまではなぜこんな事になったのか分かりませんでしたし、アランだって元々しっかりと計画しての行動ではなく、アーリーの件を誤魔化すための行き当たりばったりなものなのですから。
「……ヴィナートでしょうか。以前のことに関して何か行動を起こした可能性もあるのではありませんか?」
私はアランが原因だということは理解していますが、目を逸らすにはちょうどいい相手なので利用させてもらいましょう。
「いや、おそらくは違う。絶対にとは言い切れんがな」
ですがお父様は私の言葉に首を振って否定されました。まあ、流石にそう簡単に判断したりはしませんか。
「そうですか……それで、このあとはどうされるおつもりでしょうか? 私は移動した方がよろしいですか?」
「そうだな。一旦王族全員で玉座の間へと集まる。あそこが一番対応しやすいのでな。それから各自の護衛数名を残し、他は城の捜索を行う。それによって何も見つからないのであれば、安心できるとは言い難いが通常の体制へ戻ることとする」
危険がないとは言えませんがそうするしかないのでしょう。賊が見つからないからといっていつまでも警戒体制となっていれば各々の業務に支障がでてきますから。
「かしこまりました。それでは私は祈りの仕上げを終わらせ、部屋の片付けをしたのちに向かいます」
「いや、まとまって移動した方が良かろう。仕上げはどの程度で終わる?」
できる事ならばもう一度アランに術を施したかったのですが、これではアランを部屋に連れて行くことは許してもらえないでしょう。
下手に何か言ってお父様も部屋の中に入るとなったら作業などできませんから、アランは部屋の中に入れるわけにはいきません。
けれど、アランの中に溜め込むこと自体はできているのですから、あとの成形は離れていてもなんとかなるでしょう。
「三分もあれば十分かと思います」
「ならば済ませるといい」
「はい。ああ、アラン。あなたはここでお父様を守ってください」
「はっ」
そうして私は祈りの間の中に戻っていき、急いでアランの中に溜まっていた『死』をまとめ上げ、押さえ込みました。これでもうアランから威圧感を感じる事はないでしょう。
「お待たせいたしました」
「うむ、ではいくとしよう」
その後は何事もなく——まあ賊などいるはずもないのですから当然ですが、特にこれと言ったことが起こることもなく通常の状態へと戻って終わりました。
「正式な事例は後日となりますが、クレア。あなたが次の隊長となっていただけませんか?」
部屋に戻った私は自身の護衛騎士達の前でそう伝えました。
護衛隊長など私の一存だけでそう簡単に決められる者ではありません。
ですが、今はアーリーが死んでしまい隊長がいない状態です。しかもまだ城を襲ったと言う事になっている賊が見つかっていない状況。
そんな時に隊長が不在と言うのは流石にまずいので、おそらく私がそういえばすぐにでも任命することはできるでしょう。
「私が、ですか? ……よ、よろしいのでしょうか?」
「ええ。あなたが貴族の中でもそれほど身分が高くないことを気にしているのは言っています」
クレアはアランよりも階級の低い騎士爵の家のもの。本来護衛騎士とするには家柄が不足しているのです。
そのために、家の助けになるために私の護衛騎士として励んできました。
先ほどは突然であり仮の任命でもあったために喜んだのでしょうけれど、いざ状況が落ち着いてみると自分なんかが本当に良いのかと思い始めたのだと思います。
けれど、もうすぐ終わるのですから、アーリーのように何か起こされては困るのです。
王女の護衛騎士隊長となれば、その地位を手放さないために多少の疑問があったとしても無視してくれる事はずです。任命すれば私の不興を買わないように真面目に働いてくれる事でしょう。
「ですが、そんなことは関係ありません。家柄では、何かあった際に私を賊から守ってはくれませんもの。才能があって、それにかまけることなく努力をし、誠実に職務に努めるあなたであれば、十分に私の護衛隊長に相応しいと判断します」
「わ、私よりもアランの方が……」
「確かに腕はアランの方が上でしょう。ですが、アランは人を率いるのに向いていません」
剣の技量だけでいったらアランが私の護衛の中で……いえ、この国で一番の強者です。
ですが、今のアランでは誰かを率いることはできません。元々そう言うことが向いている性格でもありませんでしたし。
「私は、あなたにこそ隊長になってほしいと思ったのですが……受けていただけませんか?」
私がそういってクレアに手を伸ばすと、クレアは感極まったように体を震わせてから真っ直ぐに私の顔を見据えて跪きました。
「——ありがたきお言葉。浅学非才の身でありますゆえに至らぬ点はございましょうが、殿下からの信頼に応えるべく、身命を賭して任務を全うしたく存じます」
クレアのような身分のものがこれほどまでに取り立ててもらったのであればこの態度も理解できますし、これならば私の考え通りしっかりと働いてくれるでしょう。ですが……
「ダメです」
「へっ?」
クレアは自身の宣誓が否定されたことで呆然としたように間の抜けた声を漏らしました。
ですが、それではダメなのです。
「これは皆に言っていることですし、あなたにも言ったことがありますが、命はかけなくていいです。死んだら、そこで終わりです。だから、死なず、生き残って任務を果たしてください」
正直なところ、私はアラン以外が死んだところでどうでもいいと思っています。私にとって大事なものはアランしかいませんから。
ですがそれでも、私は私の騎士に死んでほしくないと思っていもいるのです。
それは罪悪感や誰かが死ぬことで感じる不快感のためなんかではない——とは完全には言えないかもしれませんが、それでも理由の大半はアランの主人としてみっともない姿を見せたくないから、と言うのが大きいでしょう。
アランが元に戻った時に、アランから尊敬の眼差しを向けられるのに相応しい主人でいるために、できる限り誰も死んでほしくなかった。
それが死んでほしくない理由です。
「はっ!」
私がそう言ったことでクレアは更に感激するかのように表情を輝かせました。
……私は、そんな忠誠など向けられるような者ではないというのに。
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