第28話処刑人15

 

「…………分かり、ました」


 確かに戦力としては役に立たないかもしれないが、今の動きを見ている限りでは通常時と何ら変わらないように見える。

 であれば、あれほどの大怪我を負ったアランがそんななんでもないかのように現れたとしたら、襲おうとしている相手はどうあっても警戒するだろうし、アランに注目せざるを得ない。


 そうなれば相手の動きに綻びが出るかもしれないし、少なくとも自分が狙われるよりは安全が確保できる。


「……アラン」

「はっ」

「あなたには今夜の夜会の私の警護を任せます」

「はっ。警護の任、承りました」


 そう考えたミザリス王女は、口惜しげに表情歪めながらもアランへと自身の警護を任せることにし、アランはそんな王女からの言葉に僅かな間も置かずに騎士としての礼をしながら返事をした。


「それまでにはまだいくらか時間があります。あなたは自身の準備だけをして休んでいてください。必要なことは他の者に任せますので」


 そうしてすぐさま警護に移ろうと考えたアラン。

 今は帰ることとなったが、それは予定外だったために急いで準備をしている最中だ。こう言う予定外の行動をするときは必ずといって良いほど守りに穴ができてしまうので、自分も警護に加わろうと考えたのだ。


 だが、それは他ならぬ護衛対象であるミザリス王女自身から止められてしまった。

 そしてそれは王女自身だけではなく護衛騎士の隊長であるアーリーからもだった。


「アラン。お前に求めるのは警護よりも、お前が健在だとヴィナートに知らしめることだ。戦いのことを考えるなと言ってもお前は聞きはしないだろうが、それでも優先するべきはお前が怪我をしていると気づかれないことだ。そのことを考えて行動せよ」

「はっ」


 王女と隊長の二人から言われてしまえば仕方がない。アランは不承不承ながらも部屋へと戻ることにし、警護のための準備をすることにしたのだった。




 ミザリス王女率いるフルーフ王国の者達が夜会の会場へと入っていく。その中にまもちろんアランも入っており、既に会場にいた者達はアランの姿をみると驚きの声を上げていた。

 この場にはアラン達の決闘を見ていなかったものもいるはずなのだが、どうやら既にアランが王子を殺して代わりに大怪我を負ったというのは広まっているようだ。


 アランが会場を見回すと、急な夜会の知らせであったはずなのに会場の中にはこの国に来てから参加した他のパーティーと同じくらいの人数がいた。


 これまでアランは王女の護衛として都合何度か開かれたパーティーに参加したが、その時にはヴィナートの皇族全てが集まるのは稀であった。だが、今回に限っては〝なぜか〟全員が参加していた。


 そしてそれに加えて、これまで参加したどのパーティーよりも多くの荒事を生業とするものがいた。

 皆王子を殺した『処刑人』を仕留める機会を狙っているのだろう。


「ほう。貴様、もう動けるようになったか」


 貴賓席にてミザリス王女らが待機していると、ヴィナート皇帝がアラン達の前に現れた。


 ミザリス王女はそれを見るなりすぐさま立ち上がり礼をすると、皇帝は小さく挙手をするように手のひらを見せることで応えた。


「陛下。この度は急な申し出にもかかわらず、このような盛大な宴を開いてくださったことを感謝いたします」

「よい。これはこちらから言い出したことでもある。それに、大変なのはこれからであろう?」


 一度認めたから手を出さないと発言したからだろうか、皇帝からは会場の雰囲気からは感じられないほどに穏やかで、どこか楽しそうなものだった。


 だが、その視線がアランへと向かうと途端にその表情が訝しげなものへと変わった。


「……貴様は本当に人間か?」

「陛下。それはどういう意味でしょうか?」

「なに、アレほどの怪我をこの短い間に動けるようにするなぞ、ただの人間とは言えぬのではないかと思っただけだ」


 アランの代わりにミザリス王女が問い返したが、皇帝は内心はどう思っているかわからないがそれまでの表情を消すとスッとアランから視線を逸らして答えた。


「それはいいとしてもだ。完全に治り切ったというわけでもなかろうに。もう少しおとなしくさせておいたほうが良いのではないか?」


 皇帝としては話を逸らすためだったのだろうが、ミザリス王女はことのほか反応した。


「……私とてアランには大人しくしていてほしいと思っております。ですが、もう動けると本人が止まらないのです」

「ほお? 大した忠義だな」


 夜会だからであろう、それほど大きく顔に出したわけではないが、それでも見えてわかるほどに悲しげな表情をした王女を見てクツクツと笑い出した。


 だがそんな皇帝の態度を見て、ミザリス王女の頭の中には先日より尋ねたかったことが再び浮かび上がっていた。


「ん? どうしたミザリス王女。何か言いたそうだな」

「……いえ、そういうわけでは……」


 隠していたつもりだったが、相手はやはり皇帝というべきか。すぐに見ていたことに気づかれてしまったようだ。


 ミザリス王女は誤魔化そうと否定したが、それは皇帝自身によって止められた。


「よい、わかっているとも。私の態度が違う事が気になっているのであろう?」

「それは……はい。失礼ながら今までと随分と違うように感じられます」

「それは当然であろう。今までは貴様らを認めていなかったのだからな」


 以前はフルーフの者達を下に見て、舐めたような態度をしていた。

 だが当然だ。いかに王族同士とはいっても、お互いの国には差がありすぎる。そんな状態で王族同士などといっても対等なはずがない。精々が王と貴族——それも貴族の中でも下級の身分である男爵かそこらの関係が良いところだろう。


 ようは交渉相手として不足しすぎていた。

 それでも今回のフルーフの提案を受けて自国に招いたのは、単にアランの存在があったからだ。

 ミザリス王女の予想した通り、アランを引き入れたいと思ったからこそ招いた。


 だが、それ以外はどうでもいい木端だと思っていた。


「だが、今は違う。ここは知っての通り『力の国』だ。故に、先日も言ったが力で勝ち取ったその騎士は気に入っている。そしてその騎士に主人として認められている王女もまた同じだ。私は気に入ったものを潰すような事はせぬ。それではつまらんからな」


 しかしそれがアランの決闘を境に、今では騎士達に対する態度や視線は変わっていないものの、ミザリス王女とアランに対する態度だけは明らかに変わっていた。


「だが、そちらの騎士が見限ったときは。そのときは一切容赦せぬ。精々飼い犬に噛まれることのないようにすると良い」


 アランという気に入った存在がとその主がいるからこそ今回は十年の不戦という約束を交わしたが、アランがいないのであれば皇帝のフルーフへの評価は元の木端というものへと戻るだけだった。


「私が殿下を見限ることなどありえません」

「ほお? ならばこの王女が国を裏切ったとしたらどうする? お前は騎士だろう? 国と王女、どちらに着くのだ?」


 本来騎士というものは国に仕えるものだ。アーリー達他の騎士だってミザリス王女に仕えているが、それは国からの命で『王族の守護』をしているにすぎない。


 よほど気に入った者に出会えればその者を主人として忠誠を誓うが、だからといって国のことを完全に切り捨てるわけでもない。


「殿下がなにを為そうと、どこへ行こうと我が身は殿下のために」


 それなのに、アランは国などどうでもいいのだと言ってのけた。


「ククッ。これほどはっきりと面と向かって言われるとは、やはり面白い。さらにお前が気に入ったな」


 アランの答えを聞いてアーリーは驚いたような表情でアランを見つめるが、皇帝はそんなアランの答えさえも面白そうに笑っている。


「——さて、そろそろ頃合いか」


 皇帝は徐にそう言って立ち上がると数歩ほど前へと歩き出し、手すりからメインとなっているホールを見下ろした。


「聴け!」


 そして、貴族のパーティーではあり得ないような大声を出して皇帝が叫ぶと、階下でざわざわと雑談していた貴族達はピタリと話すのをやめて頭上にいる皇帝へと頭を下げた。


 その様子を見届けた皇帝はそれが当然とばかりに何の反応も示すことなく話を続ける。


「先立ってのミザリス王女と我が愚息フラントの賭け、聞き及んでいる者もいよう。その賭けにミザリス王女の騎士が勝ち、我々はその賭けを受け入れることとなった。その内容は、向こう十年間我々からフルーフに攻め込まないというものだ」


 皇帝のその言葉を聞いた瞬間に悔しげな気配がヴィナートの者達からミザリス王女と、それからアランへと向かった。


「これを不服に思うものもいよう。だが力を讃える我らだからこそ、力で勝ち取られた賭けはその願いを叶えなければならん」


 だが、貴族や兵たちのそんな気持ちを皇帝も気付いているのだろう。それを宥めるように言葉を続けたると、後ろにいたミザリス王女へと振り返った。

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