第27話処刑人14

 _____アラン_____



 ここはどこだろうか、と目を覚ましたアランは考える。そして視線だけで周囲の状況を確認していく。


 目を覚ましたがいきなり体を動かして辺りを見回すのではなく、まずは視線だけで周囲の確認をするというのがアランらしいと言える。


 うっすらと光がさす部屋の中。動かした視界の中には、テーブルや椅子などが置かれているが、そのどれもが豪奢ではないが間違っても安っぽいだとか質素だとか言えないようなものだった。

 それに加えて今アランが横になっているベッドもあるとなれば、一般家庭で揃え切れるものではないのは明らかだ。間違ってもアランの自室などではない。


「ここは……」


 見覚えがある部屋だ。だがそれも当然である。なにせここ最近はこの部屋を使っていたのだから。

 つまりこの部屋は、ヴィナート側が用意したミザリス王女一行に与えられた部屋。そのうちの一つでアランに与えられた部屋だ。


「ああ起きたか、アラン」


 アランの声が聞こえたのだろう。同室の同僚である騎士がそう声をかけながらアランに近寄ってきた。


 今回ミザリス王女に同行した騎士の中には『処刑人』と称されるアランのことを気味悪がったり忌避する者が多いが、同室となったこの者はアランが『こうなる前』からの知り合いであり、今でもアランのことを気にかけていた。今回この者がアランの同室となったのも、この同僚が言い出したことだった。


 そんな同僚が近づいてきたことを確認したアランは体を動かし立ち上がろうとするが、思った通りに体を動かすことができずにアランは顔をしかめてしまう。


「まあまて、無理に動くな。いくら魔法で治療したって言っても、かなりの怪我だったんだぞ。まだ大人しくしておけ」


 事実、生きていることが不思議なくらいにアランは大怪我を追っていた。今は王女付きの治癒魔法使いが治したので怪我はなくなっているが、それはあくまでも表面的なものであり、体の内側は完全に治ったわけではない。

 それに、表面の傷とて無理をして動けば再び開いてしまう程度にしか治っていないのだ。


 故に、それを知っている同僚の騎士はアランの肩を押さえて起きないようにベッドに倒した。


 アランは自身の肩を押さえる同僚の手へと視線を向けたが、それも一瞬のことで、すぐにその視線を同僚本人へと戻した。


「決闘は、どうなった……?」


 アランが気になっているのはそれだ。確かに決闘相手である王子の首を切り落としたと思うが、それでもほとんど意識がない状態だったのではっきりとは覚えていないのだ。

 だからこそその事を同僚へと尋ねたのだが、アランがそう尋ねた途端にその同僚は顔を顰めてしまった。


「……ああ。お前の勝ちだよ」

「そうか」

「それに伴って日程の変更がある。明日の朝にはこの城を出る」

「わかった」


 アランはその言葉に素直に頷いだが、そのことを告げた本人である同僚は少し戸惑ったようにアランに尋ねる。


「……理由は聞かないのか?」

「聞いたところで何かが変わるわけでもない。必要であれば隊長からいずれ説明される筈だ」

「まあ、それはそうなんだが……はぁ。みんな言ってるけど、お前だいぶ変わったな。そりゃ、あんなことがあったんだから変わるのも分からないではねえけどさ……」


 同僚はそう呟いたのちにため息を吐き出し頭を振ると、アランに背を向けて扉へと歩いていった。


「まあいい。俺はお前が起きたことを隊長に知らせにいくが、お前は無理せず寝てろよ」


 同僚は背中越しにアランへそう告げると、軽く手を振ってから扉の外へと消えていき、扉はパタンと静かに閉じられた。




「アラン!? 何故こちらに……もう起きても平気なのですか!?」


 アランは同僚が告げたようにあの後眠りについたが、その眠りも深いものではなく、その日の正午を過ぎる頃には自然と目が覚めていた。

 そして目が覚めたアランは、再び同僚に寝ていろと押さえられたが、自身の体に問題がないことを理解していたアランは今度はその言葉を聞くことなく着替えてミザリス王女の元へときたのだった。


 だが、まさか来るとは思ってもいなかったアランの姿に、ミザリス王女は驚きを隠せないでいる。何せ治癒魔法使い達から聞いた情報では、後二日はまともに動けないような状態だったのだから。

 それにその二日で動けるようになるというのだって、『動くことはできる』、という程度のものでしかないはずだった。


 ミザリス王女としてはアランの怪我は医師たちの想定していたものよりもはるかに早く治るだろうと知っていたが、それでも全治数ヶ月という怪我を負って翌日にはまともに動けるようになるとは思っていなかった。


 だというのに、アランは目の前で鎧を着て跪いている。ミザリス王女からしてみれば、それは確かに訳のわからない状況だろう。


「はっ。既に動けるようになりましたので、任務へと戻ります」


 もう動けるようになったのだからすぐにでも警護の任務に就くというアラン。


 アランが決闘によってヴィナートの王子を殺したせいで逃げるように帰国することとなり、今はその準備で大忙しとなっている。


 本来はもう少し滞在しているはずだった予定が突然こんなことになったのはアランの生だといえなくもない。


 だが、それでもアランが決闘に勝ったおかげで、少なくともミザリス王女の最大の目的である停戦を結ぶという目的は果たすことができた。ミザリス王女としてはそれで十分だったのだ。


 停戦など、もとより叶わないだろう。だから何かしらの弱みでも握れれば……。ミザリス王女本人としてはそんな考えだっただろうし、それは今回のことを決めたフルーフの上層部も同じだった。最初からろくに外に出してこなかった王女に停戦や同盟など結べるはずもない。そう考えていた。

 だがミザリス王女達のそんな考えに反して、アランが時間制限付きとは言え停戦の申し入れを成功させた。


 それ故に、アランが休んでいたところで誰も文句など言わないだろう。文句がある者もいるだろうが、ミザリス王女がそれを許さないはずだ。


 だがいくらミザリス王女自身が休んでいて良いと言ったとしても、それでもアランは王女を守るために動く。

 それがアランの動く理由だから。


 だが、そんなアランの意思を知ってか知らずか、ミザリス王女がその言葉を認めることはなかった。


「……いえ、それは認めません。すでに聞いたと思いますが、明日にはここを発ちます。それまで休息をとってください」

「ですが……」

「ダメです」


 アランにはしては珍しく、ごくわずかながらとはいえ不満げに表情を歪めてミザリス王女を見ているがそれでもミザリス王女の意見は変わらない。

 が、そこでアランを助けるかのように横槍が入った。


「殿下、よろしいのではないですか?」

「アーリー?」

「今宵の夜会の警護、アランも参加させてはいかがでしょう? 護衛の戦力としては数えられないでしょうが、いるだけでもヴィナートへの牽制になります」

「ですが……」

「お任せください」


 ミザリス王女が迷い、否定的な言葉を口にしようとしたが、その言葉を完全に口にする前にアランによって遮られてしまった。

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