第25話王女11

 

「くっ! 何故私がこんな事をっ!」 


 アランが決闘場の中央に行くと、私たちとは反対側で待機していたフラント皇子が、悪態を吐きながら乱暴な足取りで決闘場で待っているアランの前へと進みました。


 アランはいつもの鎧と剣を携えた装備ですが、フラント皇子も当然ながらいつもの服装ではありません。

 普段は無駄な装飾をたくさんつけた目に痛いほどキラキラしている服を着ていましたが、今はシッカリと鎧をつけています。その鎧でさえも飾りがついているものですが。


 とはいえ馬鹿にはできません。鎧についている飾りというのは大抵が特殊な魔法がかけられている、歴とした防具です。

 我が国ではそれほどのものを用意することはできませんが、アレほどのものを用意するというのは、流石は大国といったところでしょうか。


 両者が揃うと、ヴィナートの文官が現れ条件を確認していきました。


「ルールは無制限! 棄権はなく、どちらかが死ぬまで終わらない!」


 そして一通りの条件を確認して最後にそれだけいうと、開始の合図はなく離れていってしまいました。


 ……これは、もう始まっている、と考えても良いのでしょうか?


 私がそう悩んだのですが、どうやらアランはもう始まったと考えたようで剣を胸の前で構え軽く一礼をすると、すぐさまフラント皇子へと走り出しました。


 あまりに突然だったせいか、フラント皇子は向かい合った状態から少しも動いていません。


 このヴィナートという国は力によって他者から奪い、成り上がってきた国です。皇族にはそれなりの武を身につける必要があると聞いたことがあります。


 だから私は、フラント王子があの立派な鎧を使ってアランと剣戟を繰り広げるものと思っていたのですが、どうやらそうではないようです。


 このままでは何もできずにアランが斬ってしまうのでは?


 私はそう思ったのですが、そう簡単には終わるはずがありませんでした。


 アランがフラント皇子に迫ると、フラント皇子はやっと動き出しました。ですがそれは剣を受け止めるのではなく、その場から飛び退き離れる事でした。


 その飛び退く姿は余りかっこいいとは言い難いものでしたが、鎧にかかっている魔法のおかげか距離はそれなりに離れることができたようです。


 とはいえ、アランもそれで止まる気があるはずもなく、そのまま走って斬りかかります。ですが……


 突然の爆発音。

 体の底から揺らされるような強烈な……後ろに護衛の騎士が控えていなければ無様にも吹き飛んでいたかもしれないほどの音と衝撃が、決闘場から発せられました。


「っ!? アレはっ!? 一体なにが!」


 決闘場は土煙に包まれ見渡すことができません。当然、そこにいるはずのアランの姿も確認することができません。


 しかし、今のは一体なんだったのですか? アレほどの威力の魔法、いくらなんでもフラント皇子では天地がひっくり返っても不可能です。あの鎧の装飾にかかっている魔法を使ったとしても、そもそもアレほどの魔法を道具に封じ込めることができる技術など、聞いたことがありません。


 もしかしたらヴィナートの新技術なのかもしれませんが、もしできているのであれば、ヴィナートはこんなところで足踏みしていないで既にどこかの国……フルーフへと攻め込んでいるでしょう。


「……今のは下から? だとしたら……」


 私が訳が分からずにいると、そばにいた護衛騎士の一人がそう呟きました。


「何かわかったのですか!?」


 アレほどの爆発を至近距離から受けたアラン。いくらアランが『特別』だったとしても、流石にアレは危険です。

 そう思うと、私は王女らしさを保つ事を忘れてその騎士に大声で詰め寄ってしまいました。


「……おそらく、としか言えませが、爆発する前にアランの足元から魔力の反応を感じました。フラント王子が何かをした様子は見られなかったので、決闘が始まる前、昨晩にでも魔法具を仕掛けていたと思われます」

「そんな……」


 確かに予め設置しておけば今のような魔法を使うことは可能です。

 ですが、これは『決闘』なのです。まさか『決闘』でそんな事をするとは思ってもみませんでした。


 今の爆発によって起こった煙が消えると、そこではアランが地面に倒れていました。

 もぞもぞと動いている事から死んではいないようですが、それでも遠目から見た限りでもまだ戦えるとは思いません。


「アランッ!」


 私はいてもたってもいられずに叫びましたが、それで何かが変わるはずもありません。


 爆発を引き起こした犯人である決闘相手であるフラント皇子は、鎧に籠められた魔法を使ったのでしょう。自身もある程度の傷を負ったようですが、それでもまだまだ動けるようで、すぐに立ち上がりアランに近づいて行きます。


 アランは倒れたまま顔だけを動かしフラント皇子を見ていますが、それ以上は何もしていません。

 いえ、何もしていないのではなく、何もできないのでしょう。


 だって、手足はおかしな方向へ曲がり、腹部には石が刺さり大量の血が流れているのですから。


「手間をかけさせてくれたなっ! まさか保険を使うことになるとは思わなかったぞ! だが、そうなってしまえばどうしようもあるまい」


 そんなアランに向かってフラント皇子が剣を振り上げました。この後の展開は誰にでも容易に想像できるでしょう。剣は振り下ろされ、とどめが刺される──すなわち、アランの死です。


「……いや、ダメ……ダメです。アランッ!!」

「これでっ──!? なっ……いっ、ぎゃああああああああ!!」


 剣が振り下ろされる直前、もうダメだと誰もが思った瞬間、アランが倒れていた体を跳ね上げて剣を突き出しました。


 もう終わりだと油断していた皇子はアランの剣を避け切る事ができず、鎧の隙間から抉るように突き出された剣をその身で受けとめることとなりました。


 ですが、アランもその一撃に全力を込めたのか、剣を振り終えると先ほどまでと同じように倒れてしまいます。


「アラン!」

「く、そ……化け物め……何故、死なない……」


 アランの剣をその体に刺したままフラント皇子そう言い残し、傷を押さえながらドサリと音を立てて地面に倒れました。


 ですが、アランに腹部を貫かれ致命傷を負ったものの、フラント皇子は地面に倒れ伏しながらも未だに生きていました。

 ですが、地面を赤く染め上げる血の量からすると、その傷はどう考えても致命傷です。治療系の魔法をかければ治ると思いますが、このままでは遠くないうちに死んでしまうでしょう。


 おそらくは鎧の効果の一つとして治療の魔法が込められているのでしょう。皇子の鎧が魔力を放ちながら淡く光り始めました。

 ですが、それほどの大きな怪我を負ったことがないのでしょう。皇子は這いつくばるようにアランからジリジリと逃げながら、どこでもない場所、誰でもない者に向けて手を伸ばしました。


 ただ死にたくないと。ただ助けて欲しいと、そう願い、だれか助けてくれと、手を伸ばしています。


 その背後で、もう動けないと思われたアランが立ち上がりました。


「アラン! 生きて……生きて、いたのですね……!」


 アランが立ち上がった事でわたしの中は歓喜で満ち溢れました。

 全身はボロボロで、立っているものやっと。というよりも立っているのが不思議なほどですが、それでもアランは生きているのです。


 ……よかった。本当によかったです。もう二度と、アランのあんな姿は見たくなかったから。


「……え?」


 曲がった手足で立っていることさえ奇跡的な状況であるはずのアランは、フラント皇子へと向かって歩き始めました。

 ですが、その手にはまだ剣がしっかりと握られており、そんな様子を見た私は思わず声を漏らしてしまいました。


「い、やだ……わたしは、まだ……まだ、死にたく、ない……死ぬはずが、ないんだ」


 今尚どこかの誰かに向かって助けを願って手を伸ばすそんなフラント皇子の人生は──


「だれ、か……たすけ……わた、わたしの、ま──」


 ──首が地面を転がる事で、終わりを迎えました。


 皇子の元までたどり着いたアランが、その手に持っていた剣で切り落としたのです。


「ひぃっ!」


 持ち上げられていた手がドサッと音を立てて地面に落ち、斬られた首の断面からは血が吹き出しますが、先程の爆発によって吹き飛ばされたせいでフラント皇子の体はヴィナート側に近づいていたこともあって、近くにいたヴィナートの貴族の体を汚しました。


「見事! 決闘に勝つためにと策を弄されたにも関わらず、よくぞ勝利した。まさに見事! 此度の決闘の勝者は『処刑人』アラン・アールズである。異議のあるものは我が前に出よ!」


 皇帝がそう叫びましたが、それでも誰も前に出るものはおらず、その場は静寂が訪れました。


 ですが、そんな静誰も動かず、誰もが声すら出さない寂の中であってもただ一人だけ、アランだけが足を引き摺りながらこちらへと向かって歩いてきました。

 けれど……


「ミザリス、殿下。この勝利、貴女に、捧げま……ゴフッ」


 アランはそこまで言うと、そのままどざりと倒れてしまいました。


「アラン! 治癒師は早く! 早くアランをっ!」

「お待ち下さい殿下」


 指示とも呼べないような指示を出した私は、倒れたアランの元へと駆け寄ろうとしましたが、駆け出したところでヴィナートの者が私の行く手を遮りました。

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