第24話王女10
_____王女_____
「今日の決闘、アランは大丈夫でしょうか……」
本日は昨日わたしの料理に毒が盛られていた事でヴィナートの貴族とアランの決闘がおこなわれます。
この闘いで勝った方が正しいという事になったのですが、全てアランに押し付けるような形になってしまいました。
あの場では仕方がなかったとは思います。ですが……
「ご安心ください、殿下。相手は武闘派の国の皇族とはいえ、実際に戦場に立つ騎士ではありません。あのアランならば負ける事はないでしょう」
私の身を整えている侍女がそう言いましたが、今回の決闘、そう簡単に終わるはずがありません。
「ですが、それは向こうも同じように考えているはずです。であれば、向こうから持ちかけてきたこの決闘、何か罠があってもおかしくはないのではないでしょうか……」
「護衛隊長である私がこのような事を申すのはどうかとも思いますが、アランは私たちの中で最強の騎士です。多少の罠があったところで、あいつはいつものように当然とばかりに勝利をするでしょう」
側で控えていた護衛隊長であるアーリーが、私の不安を消そうとしていますが、その言葉は正しいと理解しながらも、どうにも不安が拭えません。
ですが、根拠の無い不安で周りを心配させるわけにもいかないので、私は自身を納得させます。
「……そう……いえ、そうですね。アランならばきっと……」
「ええ、アランは勝ちます。ですから、殿下はそのような顔をなさらないでください。大事なのはアランが勝った後ではありませんか?」
そうです。アランが勝って決闘で物事が決まると言っても、それでおしまい、と言うわけにはいかないでしょう。まず間違いなくその後には交渉が待っているはずです。
そして、そこは私の戦場。ならば、今からでも気を引き締めなければなりません。
そう理解しているし、覚悟もしている。けれど……どうしても胸の奥から嫌な予感が消えないのです。
私の準備が終わったのを見計らったかのようにノックの音が響きました。
扉の前で控えていた侍女が確認し、それを私に伝えて私の判断を仰ぐのですが、この程度の距離であれば次侍女と外にいる者の会話は聞こえているので無駄としか思えません。
「ミザリス殿下。アランが入室許可を求めています」
「わかりました。許可します」
会話は聞こえていたので悩むこともなく許可を出します。
「おはようございます、ミザリス王女殿下」
「はい。おはようございます、アラン」
部屋に入ると、跪き臣下の礼をとり挨拶をしてくるアラン。
そんなアランに対して私は笑顔で返事をしますが、今日ある決闘のせいか、その声は幾分か硬くなってしまったように思えます。
……? 何だか、今日のアランはいつもと少しばかり違うような気がします。
具体的にどこがどう、とは言えないのですが……やはり、今日の件が原因であまり休めていないのでしょうか?
……いえ、アランに限ってそれはありませんね。あるとしたら、そう感じてしまった私の精神状態のせいでしょうか?
「アラン。今日は決闘ですが、準備は大丈夫ですか? 体調を崩していたり、寝不足だったりはしていませんか?」
アランに限ってそんなことはないと理解していますが、それでもつい聞いてしまいました。ですが仕方がありません。だって、心配なのですから。
「問題ありません。本日は、必ずや殿下に勝利を捧げましょう」
「では、アラン。今日は……よろしくお願いしますね」
「はっ!」
一瞬だけ、このままアランを戦わせてもいいものかと惑ってしまった。けど、今更後に引くことなどできはしない。
今の私にできるとしたら、それはアランが勝つのを信じ、勝った後に今回の件をこちらの利になるようにもっていくことです。
上手くいけば、今回の交流は我々にとって上出来と言えるものになります。そしてそれは、私の目的にとっても同じ事。
だから、信じてます。これが終われば、きっと全てがうまくいくと。
そうして私たちは告げられていた場所へと向かったのですが、たどり着いたそこにはまだ全員揃っているわけではありません。
どうやらいるのはアランの決闘相手であるフラント皇子とその側近達と思わしきもの達だけで、ヴィナート皇帝はまだ来ていないようですね。
「なっ!? き、きさっ! なん! ふざけるな!!」
本日の決闘の場所として伝えられた場所に着くと、決闘の相手であるはずのフラント皇子が、私の事を指差しながら突然そんな訳の分からない事を叫びました。
格下とは言っても、他国の王女である私に指を刺すだけでも無礼なことではありますが、それ以上に気になることがあります。それはあの者が言った「ふざけるな」という発言です。
ふざけるな。それは何に対しての言葉なのでしょうか? まさかこの場に来た事に対する言葉?
いいえ、そんなはずがありません。私たちが来る事は向こうも承知だったはずですから。
でも、だとすると一体何に……
「なぜっ! 何故お前が! くそっ! どうなっている!」
フラント皇子はなおも叫び続けますが、その言葉の意味は依然として理解できないままです。
それは私たちだけではなく、向こうにいるフラント皇子の側近達も同じようで、困惑の色が見て取れます。
「──何を騒いでいる」
そうこうしているうちにある意味でこの決闘の主催者ともいえる皇帝がやって来ました。
「へ、陛下……」
「……ほぅ?」
ですが、昨日この決闘を決めた皇帝までもが不思議そうにこちらを見ています。本当に、いったいどうしたというのでしょうか?
「おはようございます、皇帝陛下」
「うむ。……そちらも問題なさそうであるな」
皇帝はそう言いながらアランへと視線を向けました。もしかして、フラント皇子や他の者が騒いでいたのは、私を見てではなく、アランを見てだったのでしょうか?
だとしても『なぜ』と言う疑問は解消されないのですが……。
「突然フラント皇子が叫び出したのですが、どうされたのでしょうか?」
「……さて、な。私もたった今この場に着いたばかりだ。ミザリス王女には突然の事で不快な思いだったであろうが、この後にでも聞いてみよう」
謝罪すらない、誤魔化す気しか感じられない言葉。恐らく隠されている事は、今日これから行われる決闘についても関係しているのでしょう。
……ですが、今の私たちにそれを暴くような力はありません。
何かを隠している事が分かっているのに何もできない無力感が私の心に纏わり付く。
「……そうですか。何かわかったら教えていただけないでしょうか? もしこちらに不備がありあの者を不快にさせたのであれば、直したく思いますので」
「うむ、恐らくはこれから始まる決闘が不安で錯乱していただけだと思うが、何かわかった時は報せよう」
「ありがとうございます」
「なに、気にする事はない。今日は良き闘いが行われる事を願っている」
そうして私達は話を終えてそれぞれの席へと戻って行きました。
「アラン。恐らくは相手はすでに何かをしていたようです。毒や装備など、問題はありませんか?」
私は一度大きく深呼吸をしてから背後に控えていたアランへと振り向きます。
一見した様子では何かがあるようにま見えませんが、それは私だからかもしれません。元々武器や防具について詳しいわけでもないのですから、当然といえば当然です。
ですが、アランはなんの問題もないとばかりにいつものように無表情のまま敬礼をして答えました。
「はっ。問題ありません。既に確認は終えております」
「そう……ですが、このまま終わるとも思えません。十分に気をつけて下さい」
「はっ!」
アランは問題ないと言っていましたが、到底それで安心できるはずもありません。
もちろんアランのことは信用も信頼もしていますが、それでも相手はあのヴィナート。どんなところで何を仕掛けてくるのかわかったものではありません。
私は不安を胸に抱いたままアランが決闘場へと歩いていくのを見送るしか出来ませんでした。
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