第17話王女8

 ______王女_____


 やはり、というべきでしょうか。予想どおり今日の会食は大人しく終わりませんでした。


 途中まで何事もなく進んでいた食事は、突如終わりを迎えました。

 背後にいたアランに腕を掴まれ、私の食事に毒が入っていたと言われた事で、会場は騒ぎに包まれ他のです。


 アランが言うには、どうやら私の食事だけではなく、このばにいた全員の食事に毒が盛られていたそうです。

 どういう事かと思って聞いてみると、どうも食事に使われているソースが毒で、それを一定量以上食べると効果が現れるのだとアランは言います。


 確かに思い出してみると、私の前に出された料理に使われていたソースは、他の者に出されたものよりも多かったようにも思えます。

 ですが、そんなものは誤差の範囲であり、特におかしいとは思いませんでした。


 けれど、方法はどうあれ他国からの使者である私が毒を盛られたとなれば、ヴィナート側は調査をしなければなりません。

 でなければ私達を属国として併合する際に、ヴィナートにとって不利な条件をつけられてしまいます。と言うよりも、絶対につけます。

 それをヴィナートが素直に受け入れるとは思えませんが、面倒なことになるのは明白です。


 ですので、真相解明に向けて調査をする事になったのですが……


「調べるのであれば、其方の方をお願いします」


 アランが動き出そうとした騎士達に向けてそう言いました。


「ほう。なぜだ?」


 ヴィナート王がアランに向かって楽しげな笑みを向けながら尋ねました。


「そちらの方は、食事の最中しきりに殿下の事を気にされていました。通常このような場に招待されたとはいえ、目上の方にそう頻繁に視線を送るでしょうか?」


 アランが毒を盛った者を選んだ理由を説明していますが、それでは些か理由としては弱いように感じられます。

 私と同じようにヴィナートの皇帝も感じたのか黙ったままですが、その表情は先ほどよりも少しだけ笑っているように思えます。おそらく、この皇帝にとっては、アランが正しくとも、正しくなくとも構わないのでしょう


「ふむ。だがそれだけで疑うには弱すぎるな」

「そ、そうだ! 私は毒を盛ってなどいない!」


 アランに疑いをかけられた貴族の男が、ヴィナート王の発言に追従するように叫びました。

 ですが──


「黙れ。今は私がこの者と話しているのだ」


 皇帝は静かに、ですが確実に怒っていると分かるような言葉が威圧と共に放たれました。


「それで、ほかに理由はないのか?」

「ございます。その方が食べていた料理の皿ですが、些か皿に残ったソースの量が多い様に感じます。事実、その方は食べる前にソースを落としてから食べていました。そのような事をするのは、予め毒が入っていると知っていたからだと思われます」

「なるほどな……。皿を持ってこい」


 運ばれてきた皿がヴィナート王の前に置かれましたが、私からも見ることができます。それを見てみると確かに残っているソースの量が多いように見えますね。好みの違いと言われてしまえばそれまでなような気もしますが。


「……ふむ。確かに他と比べても残っている量は多い、か」


 皇帝はそう呟くと、アランに疑われている貴族に視線を向け、加えてそのお皿をそちらへと指で押して動かしました。


「おい。貴様、これを食べよ」

「は……?」

「ソースだけで食べることができぬというのなら、パンでも肉でも用意してやろう」


 王が目配せすると、それだけで使用人が焼かれた肉とパンを持ってきました。


「さあ、食べてみせよ。そこに毒が入っていないのであれば食べても問題はない筈だ。まさか、断るなぞ、せんであろうな?」


 そう言われて仕舞えば、その者は食べるしかありません。今までのヴィナートのやり方から言って、断れば処刑でしょうから。


「どうした? 食わぬのか?」

「う、うぅ……」


 ですが、その者はパンを手に取ってもそれ以上手を動かすことができませんでした。

 どうやら、本当にアランの考えはあっていたようです。


「そうか。──連れてゆけ」

「「「はっ!」」」


 控えていた騎士に取り押さえられ、どこか──恐らくは牢屋に連れて行かれる毒を盛った貴族の男。


「ま、待って、待ってください! 私は! 違う、こんなことになる筈じゃなかった! 私はこの国の為にっ──」

「言い訳なぞいらぬ。貴様は我が名を穢したのだ。容易く死ねると思うな」


 自国のためにやったと言う貴族に、慈悲などかけらも映さない瞳を向ける皇帝。

 そんな瞳に睨まれた男はそれ以上は反論することもできずに連れて行かれてしまった。


「そういうわけだ、ミザリス王女。毒を盛った者は捕らえた。然るべき処分をした後、報告をしよう。今日は下がって休むと良い。いや、毒を飲んだのだからその前に医者が先であったか。至急手配させる」

「いえ、それには及びません。既に薬は飲みましたので」


 アランが用意した薬を飲んだので、ひとまずは大丈夫でしょう。大丈夫でないのであれば、彼がおとなしくしているとは思えませんから。

 一応部屋に戻り次第治癒師の診断を受けますが、私の体質を考えれば微量であれば……いえ、おそらくは致死量を飲んでも死ぬことはなかったはずです。


「そうか。優秀な従者を持っているようだな」


 皇帝がアランに視線を向けながらそう言いますが、その言葉だけは先ほどの鋭い怒気のこもった言葉とは違って、純粋に褒めているように感じました。


「ええ、自慢の騎士です」

「ふっ。それは羨ましい限りだ」

「ありがとうございます。それでは、私はこれで下がらせていただきます」


 そうして今回の会食は終了となり、私は与えられた自室へと戻って行きました。


「殿下! お体に異変は!?」


 足早に部屋に戻り扉を閉めた瞬間、護衛隊長であるアーリーがすぐにそう言って私の両肩を掴み真剣な表情で顔を覗き込んできました。


 普段の彼女ならしないような行動ですが、それだけ私のことを心配してくれているのだと思うと嬉しくなります。

 だからといって、皆が心配してくれている今の状況でその嬉しさを表に出して笑う事は出来ませんが。


「大丈夫よ。今のところ変化はないし、アランからもらった薬も飲んだから」


 そう。私はアランからもらった薬をすでに飲んでいる。ならば体調を崩す事はあっても、倒れたり死んだりする事はありません。


「アラン。改めてありがとうございます。あなたのおかげで助かりました」

「はっ。勿体なきお言葉です」


 アランはピシッと綺麗な姿勢で敬礼をし、私の言葉に返事をしました。


 ですが、薬を飲んだとはいえアランは騎士であって専門家ではありません。

 なので専属の医師の診察を受けようと思ったところで、アーリーがアランに近寄り問いかけました。


「アラン。ここを出る前の会議では襲撃があると予想していた筈だ。お前は殿下が毒をもられることが分かっていたのか?」


 言われてみれば確かにそうです。鎧の着用の禁止も武器のみの形携帯可も、会食に参加した他の貴族の騎士、もしくはそれに準ずる何者かが襲うためのものだと思っていました。


 そんなことをすれば大事になりますが、それでも武装の制限ということもあって、気にしないわけにはいきませんでした。

 今になって考えれば、それも作戦だったのでしょうね。私たちから毒というものに意識を向けさせないために。


 毒にも警戒してはいましたが、他の貴族達を見ている限りではおかしな事はなかったので警戒が薄れてしまっていました。それは他の者も同じだった事でしょう。


 ──アラン以外は。


「はっ。いえ。毒を盛られる事が分かっていたわけではありません。ですが、可能性の一つとして考えていました。ですので、食事の毒への対策もしておきました」

「……待て。〝も〟、という事は他にも何かしていたのか?」

「はっ。毒の他には襲撃、暗殺、事故。毒も食事だけではなく、空気中の散布、殿下のお触りになる部分への塗布。考えられる可能性全てに対処出来るように準備はしておりました」


 アランは次々とただ坦々と話していますが、それがどれほど大変な事なのかは私にも分かります。


 何かがあるかもしれないと片時も気を抜かずに周囲を警戒し続けて、毒を飲んでしまった後も襲撃があるかもしれないと隙を作る事なく行動し続ける。

 護衛として当たり前といえば当たり前なのですが、それをできるかどうかは別物です。

 一瞬も気を抜かずに常に警戒し続けるなど、例え数時間だったとしても難しいでしょう。少なくとも私には出来ません。


 そこで私はハッとある事に気がつきました。


「そういえば、アラン。あなたは解毒薬を飲んだのかしら?」


 アランは私に薬を渡しましたが、アラン自身が薬を飲んでいるところは見ていないような気がします。


「はい。予め口の中に仕込んでおきましたので問題ありません」

「随分と用意がいいですね」


 嫌味などではなく、私はアランの周到さに純粋に驚きました。そこまで行くと最早ヴィナートとグルなのではないかと疑ってしまうほどですが、アランに於いては絶対にあり得ません。それはアランのことを信じているとかではなく単なる事実です。


「どのような状況でも対処するのが護衛ですので」


 アランはその事を誇るでもなくただの事実として口にしています。疲れなどかけらも感じさせずに。


「とはいえ、そうは言っても多少なりとも影響は残るものでしょう。本日はもうやる事もありませんので、ゆっくりと休みなさい。皆もお疲れ様でした」


 私がそう言って話を終わらせると、最低限の側近だけを残して皆部屋を出て行きました。


「殿下もお疲れのはずです。もうお休みください」

「ええ。分かっています」


 側仕えに促されて私はドレスを脱いでいきます。そして湯あみをして化粧やもしかしたらついているかもしれない毒を落としてから着替え、ベッドに入りました。


 もしこれが友好を結ぶことを嫌って戦争を起こすことを狙って行なわれたのであれば、これで終わるはずがない。だって、これでは戦争を起こす事はできないし、属国とするにもヴィナートに有利な条件をつけることができないから。


 だから、明日からまた何かしらが起こることになるでしょう。

 その何かに対処するためにも体調は万全でなければなりません。


 ですので今日はもう寝ましょう。明日からも続く、終わることのない地獄に備えて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る