向けられた銃口

霜月秋旻

向けられた銃口

 私の尻は今、とても危険な状態にある。そう。私の尻は、背後から狙われているのだ。




 私は私の愛する小学三年生の娘・マナミと妻を連れて、夏祭りに来ている。わたあめやババヘラアイス、金魚すくい、射的など、いろんな店が並んでいた。最初は三人で行動していたのだが、人ごみにまぎれてしまい、私ひとり、妻子とはぐれてしまった。しばらくしてから、ようやく私は妻子と合流できたのだが、そのときマナミはあるものを持っていた。




「マナミ、どうしたんだいそれは?」


「ママに買ってもらったの」




 マナミが手に持っていたのは、黒いエアガンだった。おもちゃ売り場で妻が買い与えたものらしい。男の子ならともかく、なぜ妻はマナミにそんなものを買い与えたのだろうか。




「パパ、金魚すくいやりたい!」




 マナミの要望に答え、私は金魚すくいの店番の者に百円を渡した。しかしマナミは残念ながら、金魚をすくえなかった。




「パパ、もう一回!」




 何事も挑戦させることは、教育上いいことだ。私は喜んでもう百円差し出した。しかしまたしても金魚はすくえなかった。それから五回ぐらい挑戦させたが、いずれもだめだった。




「パパ、お願いもう一回!」




「マナミ、そろそろ諦めなさ…痛っ!」




 私は目を疑った。なんとマナミは、さっき妻に買ってもらったエアガンの銃口を私に向けているのだ。しかも一発、私の太ももを撃った。激痛が走った。




「あなた、いいじゃないの!やらせてあげなさいよ可哀想に」




 そういう妻は、一銭も出す気はまるでないらしい。私は、娘に銃口を向けられている恐怖と妻の説得に、もう一度百円を出した。




 それから四十回ぐらいはやっただろうか。ようやく金魚を一匹すくえたところで、金魚すくいを終えた。




「パパ!射的やりたい!」




 もうやってるようなものじゃないか!と言いたい。マナミはエアガンの銃口を私の尻に向けながら、満面の笑みでもう一度言った。




「パパ、射的!」




 それから射的五十発にアイスやわたあめ、焼き鳥、チョコバナナ…。こないだパチンコで勝った一万円は、すでに財布から旅立った。マナミの要求をのまないと、エアガンから発射されるビービー弾が、私の尻を容赦なく襲うからだ。ただでさえ痔だというのに。しかも妻の分の食べ物まで買わされる始末。どうして祭りには、エアガンなんて恐ろしい玩具が売っているのだろうか。危ないだろうあれは!




 その祭りの日以降、私はマナミの要求をなんでものみ続けてきた。いつも満面の笑みで私の尻に銃口を向けてくるマナミが、日に日に恐ろしくなってきた。それを利用して、私の給料日になると、妻はマナミを利用して、私の給料を五千円だけ残して、残りを奪っていった。




 日々の苦痛に耐えかね、私は強引にマナミからエアガンを取り上げた。わんわん泣き叫ぶマナミをみると、胸が痛む。しかしそうしないと、尻が痛むことになる。




 しかし取り上げたエアガンには、弾が入っていなかった。というより、祭りの次の日から既に、弾など入っていなかったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

向けられた銃口 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ