ちがう、そうじゃない。

ArY

病んだ


晴れは嫌いだった、私は雨に恋している。


その考えはずっと頭に張りついて剥がれなかった。

もともと感情には山もなく谷もない人間だ。ものを食べても幸せとは感じないし、同年代のようにあれが欲しい、これがかわいいと思うことに理解が出来ない。ましてや人を好きになることなど論外でしかない。親愛、友愛、恋愛でも同じことだ。


なのに晴れの日は違う。私の思う晴れとは雲一つない日のことで、その日は衝動が沸き起こってしまう。人の体臭や機械に使われる金属の匂い。そんな世界の匂いが鼻についてしょうがない。人がする行動も気に障る。


身体能力は桁違いに上がり、自分でも人間ではないのではないかと思うときがある。全治三ヶ月くらいの骨折が三週間で治ったと言えば人から疑われるが、本当だ。


反面雨は心が落ち着く。この私が人に配慮しながら過ごし、まれだが動物をかわいいと思う心が生まれる。しかし晴れの日とは違い体はずっと息苦しい。

なぜこんな体質なのか理解できない。懇切丁寧に説明されても理解をするつもりもないが。


だがその考えは覆された。記憶には残ってはいないが、体がそう言っているのだからそういうことなのだろう。晴れと雨は対でいなければいけない。


今日も晴天だ、雨はまだ来ない。


~~~~~~~~


目の前には山がそびえ立っていた。ぬるい風を密集した木々でろ過し、冷えた風を私たちにぶつける。

山の葉はどす黒い緑色をしている。どす黒いなど植物に使う言葉ではないが的確だ。


我ながら意地が悪い。コオロギが鳴くほどの夜更けに、呼び出すような人は友達ではないだろう。私も彼女たちを友達と思ったことはない。


夏だから肝試しをしよう、いつも一緒にいる所を見る二人組の同級生に言われた。間の悪いことに、その時の私はとても機嫌が悪かった、晴天だ。

必然的に八つ当たりをすることになるじゃないか。昼休みに行ってくる方が悪いと言い訳をしたい。


私は肝試しにぴったりな山があると言い、二人をそそのかすことにした。ひどく不気味な山だ。嘘かほんとか知らないが妖怪が出るらしい。


ちょうどいい、呼ぶだけ呼んでばっくれよう。醜い考えが当然のように出てきた。全部晴れのせいにしてしまおう。

二人いるんだし帰ってこれる、大事にはならないだろうという思いがあったから、二人と肝試しを決行した。



後ろをチラチラ確認しながら、前には私を配置して万全の守りに入っている二人を見る。さすがにばっくれようとした考えに罪悪感を感じる。

夜は雨と同じくらい落ち着く。つまり私は醜い感情が消え冷静になったのだ。


「怖いなら帰る? 肝試しはまた違う場所ですればいいし」


上っ面だけの言葉で二人を気遣う。森に入ったときから私の服にしがみついて離れなくなった。服が伸びるからやめて欲しい。


「大丈夫よ、このくらい怖くないし。マキは震えてるけどね」


二人が足を止め、私はつんのめる。マキは相方に売られ、怒ったように私の服を握りしめた。セールで買った服だと思いだし、何か言うこともないから前を向く。


「何言ってんのよ、震えてないし怖くもないって。メル、早く行こうよ」


とうとう腕を握りしめてきた。隠しているだろう恐怖を飛ばすように大声を上げ、私の背を押しながら出発した。

山は光合成という概念を捨てたように生い茂っていた。太陽を遮断して生きている様はまるで命があるようだ。


いつ来てもこの森はよどんでいる。肩になにか乗っているかのような重さと息苦しさに満ちているのだ。閉所恐怖症だったら一歩踏み出すことを躊躇するほどにここは狭く感じる。

小学校低学年まではよく来ていた。だから私は恐怖を感じない。なにか理由があった訳ではないがどこよりも心がざわつかなかった。


二人は意外と元気に、恐怖を擦り付け合いながら進んでいる。なれてきたのかおかしくなったのか歌い始めてすらいる。

アイドルグループの十五曲目を歌い終わったとき、マキの足が止まった。


「ねぇ、なんか甘い匂いしない?」


キョロキョロしながら匂いの発生場所を探している。ミカと私は鼻を鳴らしながら当たりを嗅いだ。


「確かに、なぜか気づかなかったけど結構匂うわね」


匂いの元は道から外れたところからしていた。無性に匂いの元を確かめたくなる。


「ちょっと見てくるわ」


獣道と呼ばれる方へ行こうとしたら、二人は慌てて着いてきた。いっそう体が震えているのになぜ着いてくるのだろう。


「あ、こっちから匂いがするよ」


意外と冷静なマキが指し示した方は、木が目隠しをするように壁を作っていた。鼻がいいのだろうか、一番先に匂いに気づく。


危機感を感じず穴をのぞき込んだアリスはこんな気持ちだったのだろうか。

私を先頭に獣道からも外れて壁に近づく。鋭い風が喉を通り手足に循環する。この肺に刺さるような空気は知っている、冬だ。今は夏のはず。


「これは、羽?」


霜で白くなっていた木の壁で手を切りながらも、一心不乱にかき分けた。私たちはとりつかれたように走ったが、焦りで一瞬が永遠にも感じられた。


最後の木をどける。むせかえるほどに甘い匂いを漂わせた黒い羽が雪原を彩っていた。

焦りが嘘のように心が落ち着く。


「でかいけどカラスの羽よね、子供一人分くらいあるじゃない」


私の肩まである羽から目が離せない。砂漠で遭難した時のサボテンのように、これは私の渇きを満たすものだと冷静に本能が言っている。


カラスの羽などゴミと残飯の匂いしかしない。しかし甘いりんごのような匂いを漂わせた、異形の羽はこの限りではなかった。


「メル、ここおかしいよ。もう帰ろう」


マキは寒さか悪寒か分からないが、紫に色づいた口から震えた声を出した。

ミカに至っては、特に何もない雪を現実逃避するように見つめている。だがちゃっかり入り口近くまで後ずさりをしているが。


冷静になって考えるとそれが正解だったのだろう。その時は羽に触ることしか考えてなかった私には、ほど遠い考えだった。

無意識に体は動き、吸い込まれるように指先の表皮で羽をなでる。


死ぬまで触っていたいほどの心地よさを感じた瞬間、落ちていた無数の羽が轟音を立て、一気に空へ舞い上がった。

目が潰れそうなほどの風と、切り裂く音。葉がこすれ、共鳴する音が鳴り響く。私はすべての中心にいた。

風を受け、歓迎する紙吹雪のように右へ左へ舞い、雪の光を反射した羽は黒が透けていた。


「きれい……」


その言葉は世界の静止ボタンだった。風は消え、森は息を止め、落ちる雪すら動かない。空に漂っていた羽は宙で動きをやめた。

羽の一枚一枚の芯が見える。雪の一粒一粒の結晶が見える。風に揺れたときに止まった葉の葉脈すら見える。全能感とはこうして生まれるのか。


この世で生きているのは私だけではないだろうか、バカな思考が頭に浮かぶ。


そんな宇宙のように音のない世界を金切り声が切り裂いた。この光景に恐怖を覚えていたらしい二人は、悲鳴を上げ転がる勢いで出口をくぐった。


すべてが動き始める。私はその逃げっぷりを見て、夢から覚めたように意識が体に戻ってきた。


「どうなってるのよ、ここ。怖がって帰っちゃったじゃない」


「怖がらせるつもりはなかったのだけれど」


つぶやいた独り言に透き通った返事が返ってきた。

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