13 魔法少女――降臨
思考開始から三分ほど経った頃。
もう時間が殆ど無いこの状況で必死に考えていた俺の脳裏に、ある提案が浮かび上がる。
「……魔法少女」
浮かんだ単語をそのまま口にした。
「そうだよ……俺が魔法少女って奴になれば何とかなるんじゃないのか?」
気は乗らないが、これ位しか思いつく事が無い。
だが藤宮は俺の考えを一蹴する。
「……無理よ」
無理……なんでだ?
魔法少女がどれほどの強さを持っているのかは知らないけど、態々魔法少女になるための人間をギルドに勧誘する位だから、相当強いはずだ。
そんな力を持ってしても、あの暴走精霊はどうにもならないのか?
だが俺の考察は大きく外れていたようだった。
「まだ……アップデートが終わって無い」
「アップデート?」
「そう。宮代君が前に使った時に爆発したでしょ? その不具合を修正するために、今急ピッチでアップデートを進めているの」
「アップデートって、まるで機械みたいな言い方をするな」
「魔装具は魔法具と科学の組み合わせで出来上がる代物だから。だから修正するのにもパッチを当てて、終わるまでしばらく待たなきゃいけない」
パソコンのプログラムと似たような物だな。
「で、そのアップデートってのは後何分掛るんだ?」
俺がそう聞くと、藤宮は深刻そうな顔で、
「一応あの爆発が起きてから、ミホちゃんが直にアップデートを始めてくれたんだけど……あと五分は掛るわ」
と、俺達に告げる。
あと五分って……このステルスって奴の水準を保っていられるのが後一分半ほどだから、大体三分以上程時間が足りないじゃないか。
「だからこの方法は使えない。別の方法を考えないと――」
「いや、それで行けばいいんじゃねーの?」
いつもとは違い弱々しい声で言った藤宮にそう返したのは折村さんだ。
「行くって……それができたらこんなに頭を悩ませて無いわよ!」
「じゃあもう休めよ。打開策は俺が考えた」
打開策が……見つかったのか?
「宮代が魔法少女になる為には時間が足りない。じゃあ稼げばいい」
「稼げばいいって……そんなのどうやって……」
「何うろたえてんだよ藤宮。時間稼ぎって言ったらこれしかねーだろ」
そう言って思考中に地面に倒してあった、ウインドイータを取る。
「折村さん……それってつまり……」
俺が恐る恐る聞くと、折村さんは笑って答える。
「俺がアイツを引きつけて時間を稼ぎ、宮代が魔法少女になって倒す。どうだ、完璧だろ?」
完璧も何も……無謀じゃないのかソレ。
上級精霊が相手でも一人では結構辛いって話なのに、今回の相手は一ランク上の特級精霊だ。
「ちょっと待って。仮にこの作戦を実行に移すとして、どうして折村君が一人で戦う事になってるのよ。私も行くわ」
「そうですよ! 私だって戦います!」
藤宮と中村さんが反論するが、折村さんは首を横に振る。
「俺が一人で戦う」
「なんでよ折村君。あの暴走精霊が一人でどうにかなる様な相手じゃない事位分かるでしょ!」
藤宮がそう訴えかけると、折村さんは薄っすらと笑って答える。
「ああ、分かってる。でも考えてみろよ藤宮。渚ちゃんはいざという時に宮代を守る結界を張る要因として必要だろ? それにお前……そろそろ限界っぽいだろ?」
そう言われて藤宮の顔が強張る。
限界……例の疲労とか睡魔って奴か。
「図星か? ま、伊達に一年間もお前の元で戦ってねーってことだよ。この位分かるさ」
折村さんがニッコリと笑う。
「もう入って一年もたったんだ。危険な役割の一つや二つ。任せてみろって」
そう言って槍を構える折村さん。
「ステルスが高水準を保っていられる時間。後どのくらいある?」
そう尋ねる折村さんに、藤宮は言い争う事を諦めた様子で、
「……あと三十秒程だわ」
「もうすぐって事か。まあ五分もあったから風は大分貯めてあるし、全力は出せる」
そうか……こうしている間にも風を貯めていたのか。
「あ、そうだ宮代」
折村さんが首を傾けて俺に告げる。
「絶対助けに来いよ。それまでは俺がなんとかしとくからよ!」
ああ……そうだ。
あなたの言う通りですよ、折村さん。
折村さんは……残念な人なんかじゃ無い。すげえカッコいい、俺の先輩だ。
「任せてください! 絶対に何とかしてやりますよ!」
心の底からそんな言葉が飛び出して来た。
俺が何とかしないといけないんだ……絶対やってやるさ。
「じゃ、行ってくるわ。後、頼むぜ!」
そう言って地面を蹴り、残り数秒効力が残っているステルスの範囲内から飛び立った。
折村さんは最高速で黒竜の頭上を飛び、注意を引きつける。
折村さんに注意が向いた黒竜は、折村さん目掛けて腕を振るう。
それを間一髪で交わすが、見ていて心臓に悪い。
俺達は折村さんに目を向けながら、再び結界を張って近くの茂みに身を隠した。
隠れるのは殆ど無駄に近いかも知れないが、それでも本当に何もない目立つ場所に突っ立っているよりはマジだ。
「とりあえず……此処からなら戦況を確認出来るわね」
「なんとか見えますね」
「ああ」
正直折村さんが甚振られている様にしか見えないのであまり眺めたくは無い。
「ホント頼むから……変な怪我しないでよ……」
藤宮の声が震え、顔は俯いていた。
「おい、どうしたんだよ。いつもの調子は何処に行ったんだ」
俺がそう聞くと、藤宮は軽く目を擦る。
「どうしたって……怖いに決まってるじゃない。本当なら私も戦わなくちゃいけないのに……折村君に一人でああやって無茶な戦いをさせている。私……最低なリーダーだ」
なんだ……ここまで怯えた様子の藤宮を見るのは初めてだ。
それにしても怖い理由が仲間の事か。
折村さんが言っていた事、本当だったな。
「最低じゃねーよ」
俺が藤宮の方を向いてそう言うと、藤宮はハッとした様に顔を上げる。
「仲間の危機をそう捉えられるんなら、お前は立派なリーダーだよ。こっちの世界に入って二日目の俺でもそれは言える。っていうか自分も大怪我してんのに、その時点で仲間でも何でもない知り合ったばかりのクラスメイトを、逃げずに助けようとする奴が最悪な訳ねーだろ」
お前が最低だとしたら、様々な組織の様々なリーダーの殆どが最悪にカテゴリされる。
「それ……誰から聞いたの?」
「折村さん」
「……大体そんな感じだと思ったわ。人が秘密にしてた事を勝手に喋ってんだから、後でちょっと怒っとかないと。だからさ――」
藤宮が俺の手を掴んだ。
「――絶対あの馬鹿助けなさいよ。分かった?」
「ああ、任せとけ。絶対助ける」
俺がそう言い返した次の瞬間だった。
「な、何ですかあれ!」
中村さんがそう言って、俺達は慌てて黒竜に視線を戻した。
黒竜の口からどす黒い煙が溢れるように出てきた。
まさか……目くらまし?
「これじゃ全く状況が掴めないわね……隠れている身だから魔装具も扱えないし……」
苦しそうな形相で藤宮がそう言う。
「っていうか……さっきまで聞えていた様な音とかも聞えなくなってるぞ」
「あの黒煙、視界を奪うだけではなくて、音を遮断する効果もあるんでしょうか?」
「暴走精霊のすることだからね……何があってもおかしくないわ」
藤宮が悔しそうに呟く。
隠れている俺達にできる事は何もない。
俺達は黒煙に包まれた折村さんが無事な事をただただ祈っていた。
「あと三十秒!」
藤宮がそわそわしながらそう言った。
無理も無い。俺達には折村さんがどうなっているかを確認する事も出来ない。
不安になるのも当たり前だ。
でも……もうすぐ俺が出られる。
俺がこの状況を何とかする……なんとかするんだ。
「宮代君、これ」
藤宮に魔法少女の魔装具を手渡される。
「私が合図したら、前に教えた通りに使って変身して」
「これを使ったら……アイツに勝てるのか?」
俺は藤宮にそう聞いた。
あそこまでの強さを見せつけられると、はたしてその魔法少女とやらで勝てるのかどうか少々疑問だった。
「確証は持てない……でもその魔装具はウチのギルドが保有している魔装具の中では最高の代物だわ。あまりに強すぎて、魔装具の方から使用者を選んでしまう程にね」
藤宮にそう言われて受け取った魔装具を見つめる。
俺は……使えるんだよな。この最高の魔装具を。
俺は魔装具を握りしめた。
「宮代君、後十秒よ」
「おう!」
藤宮にそう言われて気合いを入れる。
やるんだ。俺があの精霊を……倒すんだ!
「カウントダウン行くわよ! 三、二、一。お願い、宮代君!」
「おう!」
俺は言われた通りに魔装具を起動した。
あの時と同じように、俺の体を光が包んでいく。
でもあの時とは違う事もある……もう爆発はしない。
ミホちゃんが頑張って直してくれたからだろう。
ホント……なんでギルドなんかに居るのかは知らないけど、凄いよミホちゃんは。
そして俺を包んでいた光が弾けるように消えた。
「み、宮代さん……ですよね?」
中村さんが困惑の表情を作る。
「良かった……ちゃんと成功したみたい」
藤宮がそう息を付く。
「ま、マジかよ……」
自分の体を見て思わずそんな声が漏れた。
胸元が大きく膨らんでいる。そして服装もウチの学校の女子制服へと変わっている。
「これが……俺?」
声も男の声から女の子の声に変わっていて、変身する前の面影なんて微塵にも感じられない。
ある程度予想はしていたけど、此処まで凄い物だったとは……あまりの完成度に恥ずかしいとかいう感想のまえに、逆に感心してしまう……って、いやいやいや、やっぱ恥ずかしいぞこれ!
「って、恥ずかしがってる場合じゃねえよな」
俺は恐らく顔を赤くしながらそう呟き、一歩前に出る。
「じゃ、ちょっと折村さん助けてくる」
俺がそう言うと藤宮は薄っすらと笑みを浮かべ、
「お願い、宮代君!」
「おう!」
俺は地面を蹴り、黒煙の中に突入した。
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