12 G3ポイントの死闘
「さて、G3ポイント到着!」
藤宮が体を伸ばしながらそう言った。
あの悪夢の昼食後。俺達はG3ポイントと呼ばれている所に足を運んでいた。
ちなみに藤宮たちがG3ポイントと呼んでいたのは、ギルドから二キロ程離れた所に聳え立っている小さな山。
ぱっと見のイメージを言うのなら、国民的漫画に出てくる学校の裏山の様な所だ。
今からこの場所で下級精霊との戦いが繰り広げられるらしい。
やってきたメンバーはラーメン屋に行っていたメンバーの四人。
聞いた話によると、暴走精霊と戦う時は最低二人以上のパーティーを作るようにしているらしい。
本来下級精霊の場合二人で事足りるのに、今回四人で来ているのは、ちょっとした理由がある。
……俺が足手まといで、護衛を付けてもらわないといけないからだ。
だから今日メインで戦う藤宮と折村さんに加え、護衛で中村さんが付いてきているわけだ。
ちなみになんで足手まといな俺がこんな所に来ているかというと、一度現場を見ておいた方が良いと、藤宮に連れてこられたからだ。
いわば研修という奴である。
「さて。仕事仕事」
そう言って藤宮は大鎌を出現させる。
改めて思うが……すげえな。
「あ、そうだ。一応護身用に持っておきなさい」
そう言って藤宮が、出発前に付けてきたポーチから拳銃を取り出し、こちらに放り投げてきた。
「うぉあっと! こんなもん投げんなよ!」
なんかの衝撃で暴発でも起したらどうするんだよ……。
「とりあえず私のサブウエポンのチャカを貸してあげるわ。それなら魔装具を扱える人間ならみんな扱えるわ」
「随分と生々しい名前だなオイ……」
チャカってヤクザかお前は……ってヤクザだったよ俺達。
「とりあえず……これどうやって使うんだ?」
「あ、折村君。教えてあげて」
「あいよー」
そう返事する折村さん。
「よーし。じゃあ俺がビシバシ教えてやる」
「……簡単な感じでお願いします」
「使い方は、そこらへんのソレをガチャってやってパーンだ!」
「誰が説明する側の労力を下げろって言いましたか! もうちょっとちゃんとした説明してください!」
腕を後頭部で組み、気軽そうな感じに指導を開始した折村さんに、俺は速攻でツッコみを入れた。
「いいけど……二十秒ほど掛るぜ?」
「いや、普通に早いじゃないですか。普通に二十秒掛けて説明してくださいよ!」
そうしていれば、こうしてツッコみをしている様な時間で説明終了していた気がする。
「じゃあもう一度行くぞ? まずその辺をバッと動かしてだな――」
「中村さん、銃の使い方教えてくれませんかー」
「ちょ、スルーはマジで止めてくれ、色々と寂しいから!」
「俺は折村さんのボキャブラリーが寂しいなと思いましたね」
「誰が上手いこと言えって言ったよ!」
なんか折村さんがわーわー言っているが、今は気にしないでおこう。
いちいちツッコンでいたら話が進まない。
「えーっとですね、此処をこうやって触れて、こんな風に引っ張って――」
ああ、ちゃんと手で触れて説明してくれる。
なんというか……折村さんの後だからか、中村さんの指導が異様に素晴らしく感じる。
……おそらくこれが普通なのだろうが。
「――これで打てるはずですよ」
お……マジでか。
「ためしにそこの木を狙ってみなさいよ。これ見て宮代君のサブウエポンをどんなのにするか決めるわ」
おそらく、俺のメインは魔法少女なんだろうな……もっとカッコイイ奴をメインにしたかったぜ。
「分かった、撃ってみる」
俺はそう言って、木に狙いを定める。
……この変かな?
「……よし!」
俺はトリガーを引いた。
発砲音と共に、鉛玉ではなく、光の弾の様な物が発射される。
……上空に。
「ど、どこ撃ってるんですか宮代さん!」
いや……ね。思った以上に反動が凄かったんですわ。
気を抜いていたから力も入れてなかったし、思いっきり空の彼方へ撃ちこんでしまった。
「……宮代君には近接武器を用意しとくわ……なんか宮代君が銃を持ってたら、仲間なのに撃ち殺されてしまいそうだから」
「そ、それどういう意味だよ!」
「そういう意味よ」
まあ確かに……精霊ではない何かを撃ってしまいそうだ。
「な、なんか銃で撃たれた跡の有る鳥の死骸が落ちてきたぞ!」
振り返ってみると、何の鳥かは分からないが確かに死骸は存在していた。
……俺がやったのか?
大空を自由に舞う鳥を……仕留めてしまった?
「まさか……これが才能?」
「「「微塵も無いからね!」」」
三人に総ツッコミされた。
「とりあえず……銃返して」
「ああ」
なんか残念そうな目でこちらを見る藤宮に銃を返した所で、ギルドを出る直前に渡され、耳に付けてきた小型インカムから松本さんの声が聞えた。
『……暴走精霊出現まであと三十秒。準備OKか?』
この声は全員に聞えているらしく、
「大丈夫よ松本さん」
「こっちもOKだ」
「大丈夫です」
と、それぞれ返答する。
『……宮代は?』
「そもそも準備することが無いです」
『……そうか』
短くそう答える松本さん。
それにしても……何も無いこの場所に暴走精霊が現れるんだよな。
なんか……胸が高まってきた。
とりあえず……邪魔にならない様にしておこう。
『……カウントダウン行くぞ』
そう松本さんが宣告し、その場に居た全員が気を引き締める。
『……十、九、八、七――』
「とりあえず私の後ろに居てください」
中村さんにそう言われ、中村さんの後ろに陣取る。
『――六、五、四』
「さて、いっちょ働きますか」
そう言って折村さんは藤宮と同じ様に、魔装具を出現させる。
青っぽい槍だ。
出現した瞬間に、吹いていた風が弱まった気がする。
「――三、二、一……来るぞ!」
そう松本さんが叫ぶと同時に、俺達の前方の地に魔法陣の様な図が展開された。
「な、何だアレ!」
「ゲートよ。あれを通って暴走精霊が出てくるの……こんな風にね」
ゲートを突き破るように出てきたのは、巨大な熊。全長四メートル位だろうか。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
雄叫びを上げる暴走精霊。
「先手必勝!」
そう叫んで突っ込んだのは折村さん。
振り下ろされた爪を飛んで交わして地面を蹴って跳び上がり……って浮いてる!?
俺がそう認識した時、既に折村さんは空を蹴って暴走精霊に接近し、頭部に槍を突き刺した。
「な、なんで飛んでるんだ折村さん……あの武器の力か?」
俺の口からそんな言葉が漏れ出す。
「ウインドイーター。それが折村君の魔装具の名よ」
ウインド……イーター……。
「風を……喰らう者……」
「なんで一発変換出来るのよ……お昼の暴走を含めないとしても、宮代君は誰が見ても立派な厨二病だわ」
「俺が厨二病かどうかはひとまず置いておいて、暴走って一体なんだあああああああああッ!」
あのラーメン屋での空白の時に一体俺の身に何があったって言うんだ!?
「まあ今はそんな事忘れて……しっかり戦いってのを目に焼き付けておきなさい」
「お、おう……分かった」
忘れられる気はしないが……とりあえず前に集中だ。
「ってマジですげえな折村さん……まるで空の上に足場が有るみたいだ」
「喰らった風を自在に操る。それがあの魔装具の特殊能力だからね。その風を操って飛んでるの。理解した?」
「じゃあさっき風が弱まったのも、あの魔装具が風を喰らっていたから……」
「そういうこと」
そう言って、藤宮は鎌を構える。
「じゃ、私も加戦してくるわ」
そう言って藤宮が走りながら大鎌を振ると斬撃が発生し、暴走精霊の体を抉る。
そうして怯んだところを折村さんが槍で追撃し、それを更に藤宮が大鎌を振り、暴走精霊の体を抉る。
「なんというか……フルボッコだな、オイ」
暴走精霊が攻撃したのは最初に折村さんに放った攻撃のみ。
それからは次々と放たれる攻撃で身動き一つ取れずうめき声を上げるだけだ。
「まあ……あの二人はウチのギルドの中でも一位二位を争う実力者ですからね」
と、俺の前に魔装備を使って結界を張りながら中村さんが言う。
「ところでこの結界は中村さんの魔装具?」
「はい。あの程度の精霊の攻撃なら傷一つ付きませんよ」
「そりゃ凄いな。でも……あの二人と比べると遥かに地味だね」
「じ、地味じゃないですよ! ほら!」
ムキになってそう言った中村さんは、正面に張っていた結界を回転させ、暴走精霊目がけてフリスビーの様に飛ばした。
飛ばされた結界は暴走精霊の横腹を抉り、こちらに向かって戻ってくる。
「ちゃんと目立つ攻撃もできるんですよ」
そう言いながら中村さんは俺の首のエリを掴み、体重を掛け地面にはたき落した。
「痛……ッ。何す――」
刹那。俺の上空を結界が風を切りながら通過した。
「えーっと……中村さん? あれってブーメランだよね? キャッチしなくて良かったの?」
一緒に地面に伏せていた中村さんの方に顔を向けそう聞くと、ニッコリとした笑顔で、
「取れるわけ無いじゃないですか宮代さん。今のは例えるなら全面が刃で出来たブーメランですよ?」
「んなもんなげるなよ!」
「ああ、やっとまともにツッコまれました。いやー実際にやってみて死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしてましたけど、やってみて良かったです」
「ツッコまれる為に命投げ捨てないでくれるかな!」
なんかこう……貴重なツッコミ要因だと思ってたけど……無理だわ。シフト入れられないわ。残念だけどクビだわ。
命張るレベルのボケをする人はもう専業ツッコミやっていけない。
やっぱり俺みたいに一切ボケない奴じゃないと務まらない仕事だコレは。
改めてそう実感してると、インカムから今度は松本さんではなく、慌てた雨宮さんの声が飛び込んできた。
『全員、聞えてるか!』
なんでこんなに慌てているんだ雨宮さん。
隣に居た中村さんも、キョトンとしている。
……前で戦っている二人にもしっかりと聞えているらしく、空を飛んでいた折村さんは片手で暴走精霊をあしらいながら左手を耳に添える。
藤宮は、暴走精霊に斬撃を放ちつつ後退し、こちらに戻ってきた。
「どうしたの、雨宮さん。そんなに慌てて」
インカムを付けた左耳に手を添えながら藤宮がそう尋ねる。
『G3地区から霊界に流れ込む負の感情が異常な程に高まっている!』
「何それ! 数値は?」
藤宮はそう聞き返す。今まで見せなかったような慌て様だ。
『明確な数値は出ていないが、通常時の三十倍程だ!』
三十倍……? よく分かんねえけど、それって相当やばいんじゃないのか?
雨宮さんの知らせを聞いて藤宮が荒々しく聞き返す。
「三十倍ってどういう事よ! 資料で見たバブル崩壊時の増減をも遥かに超えるじゃない!」
『原因は不明だ。松本君が調べに掛ってるが……何? それは本当か、松本君!』
「何! どうしたの!」
『気をつけろ優子! その場に特級精霊が現れる!』
「何ですって!」
藤宮が声を荒だてた。
「おい、藤宮。なんだよ特級精霊って」
「上級精霊の一ランク上の精霊よ!」
そう言う藤宮の表情を見ると、この状況はあまり芳しくないという事が目に見えて分かる。
そんな藤宮が突然、ハッっとなったと思うと、
「折村君! 上!」
と、大声で叫んだ。
「上?」
折村さんが頭上を見上げ、俺もつられるように上空を見た。
折村さんの頭上に有ったのは、熊の暴走精霊が通ってきたのとは比べ物にならないほどの大きさのゲート。
「うおッ!」
そう叫んでこちら側に飛び込むように飛び、俺達の隣に着地する折村さん。
次の瞬間――
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
雄たけびと共にゲートから現れた、全長八メートル程の巨大な黒竜が、今の今まで戦っていた熊の下級精霊を……喰らった。
「は……え? 精霊が精霊を……食べた?」
あまりに衝撃的な光景を見て、思わずそんな事を口にした。
「さすが特級精霊……やることなすこと無茶苦茶ね」
そう言った藤宮は苦しげな表情になる。
「……渚ちゃんを宮代君のガードに置くとしたら二人掛りか……無理があるわ」
確かに……あの黒竜を二人で倒すってのは、いくら二人が強くても難しそうだ。
「聞える? 雨宮さん。こっちに増援を……雨宮さん? ちょ……嘘でしょ?」
「どうしたんだ藤宮!」
「通信がジャミングされてる……これじゃ指示を送れない!」
そう言う藤宮の顔は、窮地に立たされた人間が浮かべるソレだった。
「ウゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
刹那、黒竜が叫び声と共に体を捻り、俺達を尻尾で薙ぎ払おうとする様な素振りを見せる。
俺達と黒竜の距離は十五メートル程。
見た感じ黒竜の尻尾は七、八メートル位だ。どう考えても届かない。
暴走って言うだけあって、理性を保ってないから、そういう計算が出来てないのか?
しかし俺が勝手に立てた考察は、藤宮の叫んだ言葉によって真っ白になった。
「尻尾伸びるの!?」
言葉の通り……尻尾は伸びた。
俺達の立ち位置は射程範囲外から、余裕で射程範囲内へと移り変わる。
「渚ちゃん!」
藤宮がそう叫ぶのとほぼ同時に、中村さんは黒竜の尻尾の行く手を阻む結界を、俺達の真横に作り上げた。
結界と尻尾がぶつかり合い、轟音が辺りに響き渡る。
結界が軋み、罅が入り始め、罅が入り始めた結界に黒龍は何度も尻尾をぶつけてくる。
「優子さん……限界です!」
苦しそうにそう叫ぶ中村さんの声を聞き、藤宮は腰につけていたポーチから灰色の石を取りだした。
そして地面に投げつける。
すると、藤宮を中心に半径十メートル程の灰色の魔法陣が展開され、轟音が鳴りやんだ。
「何が……起きた?」
めまぐるしく変わる状況に付いて行けず、思わずそんな言葉を漏らした。
黒竜は俺達が此処に居るのを忘れたように尻尾を荒々しく引き戻し、辺りの樹木を破壊し始める。
「これは……ステルスの魔法具ですか?」
結界を解いた渚ちゃんが、地面に展開された魔法陣に触れながらそう呟く。
「そう。この前の宮代君を襲った精霊が持っていた魔法具よ」
そういえば……雨宮さんが、俺を襲った暴走精霊の持っていた魔法具はステルスだったとか言っていたけど……これの事か。
「この魔法具の効果がある程度の水準を保っている間は、あの黒竜が自発的にこちらを襲ってくる事は無いわ。もしたまたま攻撃が飛んできたりしたら、その時は渚ちゃん、お願い」
「分かりました……で、このステルス効果は後何分間期待できるんですか?」
「大体五分程でしょうね。それを上回ると効力が弱まって、他に目立つような物も無いこの場所じゃすぐに見つかってしまうのがオチね」
「でもそれが何分だろうが、その場しのぎには変わり無いぞ? どうするんだ藤宮」
折村さんが不安そうにそう尋ねる。
「それを五分の内に考えるの、分かった?」
その場に居た全員が頷いた。
「じゃあ、何か思いつき次第私に伝えて」
俺達に与えられた制限時間はたったの五分。
クソ……戦闘じゃ役に立たないんだから、こんな時くらい役に立てよ。
俺は必死に思考を巡らせながら、静かに拳を強く握り締めた。
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