2 強制勧誘

「は……え?」


 一億……なんの話だ?


「えーっと、藤宮。一億って……?」


 全く状況が読めていない俺に、藤宮は冷たく言い放つ。


「決まってるじゃない。言ったでしょ、あの魔法具は貴重だって。大体日本円換算で一億位の価値があるわ」


「つまり俺にそれを返済しろと」


「そういうこと」


 笑ってそう言う藤宮。

 ぼ、暴君だ! 暴君だよこの人! 見直したって言ったの撤回な!


「ちょ、ちょっと待てよ! 俺高校生だぞ! んなもん返せるわけ――」


「そこでギルドへの加入よ」


 こちらに指を指す藤宮。


「暴走精霊と戦うなんて普通じゃない仕事。報酬も普通じゃないって事は予想出来るでしょ?」


「つまり……俺に一億分働けって言いたいのか……?」


「あら、飲み込みが早いじゃない」


 む、無茶苦茶だ……親父クラスの無茶苦茶な人だ……。


「さ、どうする?」


 と、薄っすらと笑みを浮かべながら手を差し伸べる藤宮。


「選びなさい、宮代椎名。この手を取れば、あなたを仲間として向かえ入れるわ」


「返済しないって選択肢はないのか?」


「私はそこまでお人好しじゃない。アンタが選べるのは二つに一つ。さあ、どうするの?」


 俺はそれを聞いてため息をつく。

 自力で一億なんて返せる訳が無い……だったら俺に選択の余地なんてねーじゃねえかよ。

 俺は少しだけ間を開けてからゆっくりと手を伸ばして藤宮の手を取り、


「あー畜生! 分かったよ! 入ってやるよ、そのギルドって奴に!」


 やけくそ気味にそう叫んだ。

 もう入るしかないのだから仕方がない。

 ホント、なんなんだこの状況は……。


「よし! 良く言ったわ宮代君! これでアンタはギルドナンバー1948に任命よ」


「ナンバー1948って……そんなに人数いんのかよ」


「いえ、いないわ。番号は私の思いつきで与えてる」


「いいのかよ、そんな適当で」


 それ学校で出席番号1番の次が42番になるみたいなもんだぞ……。


「いいのよ。このギルドのリーダーは私だもん」


 無い胸を張ってドヤ顔でそう言う藤宮。

 コイツがリーダー……大丈夫なのかこの組織。

 俺が心の中でそんな事を呟くと、膝に掛っていた重量感が無くなった。

 少女が起きたんだ。


「おはよ……優子おねえちゃん……」


 眠そうに目を擦る少女。

 ここに居るって事は……この子もギルドのメンバーだったりするのかな?


「藤宮。この子は?」


 俺が尋ねると、藤宮は少女の肩に手を置き、


「この子はミホちゃん。ウチのギルドのメカニックよ」


 と、一瞬聞き間違えたんじゃないかと疑う様な紹介をする。


「え? この子がメカニック?」


「そう。主に魔法具を素材にして、魔装具って呼ばれる武器とかを作ったりしてるわ。例えばこういうのを」


 そう言って藤宮は掌を目の前に付きだす。

 すると、藤宮の掌に光が集まり、やがてその手にあの時の大鎌が形成された。


「ど、どうなってやがるんだ!」


「そういう能力が武器に付いているとしか説明しようがないわ」


 そ、そうなのか……なんというかすげえアバウトだな。

 まあ今の状況を考えると、何が起きてもおかしくないんだけどな。


「で、これを……この子が?」


 藤宮は頷く。


「それ……マジで言ってんのか?」


「ええ、マジよ。この子天才なのよね」


 天才ってレベルじゃないと思うんだが。


「えへへ……褒められるのは嬉しいです」


 無邪気に笑うミホちゃん。

 っていうか子供なのにメカニックとか、そういった類の事以前に、なんでこの子はギルドなんて危なっかしい所に身を置いているんだろう。

 俺がその事を藤宮に尋ねようか迷っていると、藤宮が腕時計で時間を確認して立ち上がる。


「じゃ、行こうか宮代君」


「え? 行くってどこに?」


「定例会よ。アンタは初参加なんだから、自己紹介でも考えておきなさい」


「あ、ああ」


 俺はベッドから下りて立ち上がる。

 定例会っていうのはおそらく会議の様なものだろう。

 で、自己紹介しろってか……急だなぁ……。

 と、ここで俺の脳裏に一つの疑問が過る。


「っていうか藤宮。俺の服装こんな血だらけだけど、このままでいいのか?」


 一件チェーンソーを振りまわす通り魔に襲われたって感じだ。全然大丈夫じゃない。

 もしこんな奴が街歩いていたら通報レベルである。俺だって通報する。

 藤宮も全然大丈夫じゃないと判断したのか、ベッドの隣にある棚から、俺が通う高校の男子制服を取り出す。


「これ着なさい。ちなみにこれも魔装具の一種だから」


「え、これも?」


 魔装具っていうと、ミホちゃんが作っている魔法具を素材にして作ってる奴だよな。

 どっからどう見ても普通の制服なんだが……これにそんなマジカルパワーが付与してんのか?


「ちなみにどんな効果があるんだコレ」


 俺はそれがちょっと気になって尋ねてみた。


「着ながら歩いていると、数歩ごとに爆発を起こすわ」


「完全にマイナスアイテムじゃねえか!」


 いらん方向にマジカルだった!

 数歩ごとに地雷踏むみたいなもんだろコレ!


「何をそんなにキレてんのよ。これさえあれば近寄ってきた敵を簡単に消し飛ばせるじゃない!」


「俺も一緒にな!」


 こ、こんな危険な物を作ってんのかミホちゃんは……。

 俺はそっと視線をミホちゃんに向ける。


「ち、違うよ! ミホが作ったのそんな危ない服じゃないよ!」


 必死に釈明するミホちゃん。

 なんか俺がいじめてる気分になったぞオイ……。


「あ、もしかして本気にしてたの? まったく、軽いジョーク位見破りなさいよ」


「お前が言うと本当にしか聞えねえんだよ!」


「え、私信用されてるの?」


「してねえよ! 信用を得る様な行い何一つしてねえだろお前!」


 ……警戒はしているんだがな。


「で、本当の所、一体どんな魔装具なんだ?」


「強化制服って所かしらね。まあ防弾チョッキみたいな物よ」


「へぇ。防弾チョッキねえ……」


 マジカルだと思ったら、全然マジカルじゃ無かったぜオイ。

 とりあえず着ていた血まみれの制服を脱ぎ、強化制服に着替える。

 着心地は特に変わらない。てっきり重いんじゃないかと思っていたが、そんな事は無かった。


「それじゃあ行くわよ、二人とも」


 そう言って扉に向かい歩きだす藤宮。

 その後を追いながら、俺はミホちゃんにこんな事を聞いた。


「なあ、ミホちゃん。どうして俺の所で寝ていたんだ?」


「お兄ちゃんが心配だったから隣に居たんだけど……眠くなって寝ちゃったの」


 良い子! この子凄い良い子!


「そっか、ありがとな」


 俺は薄っすらと笑みを浮かべる。

 もうアレだよ。藤宮の暴君っぷりに疲れてたから癒しだよこの子。


「なにニヤニヤしてんのよ。まさかあんたロリコン?」


「ちっちゃい子と話していただけでロリコン認定とか酷くね?」


「まあアンタはまだマシな方ね……ウチには本物のロリコンが居るから」


「本物のロリコンっておい……あとマシな方とか言ってるけど、俺はロリコンですらねえからな。比べられる対象に選ばれるのは間違っているからな」


 そんなやり取りをしながら、俺達は医務室を後にしたのだった。

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