【 閑話 】 信勝傅役、津々木 蔵人の災難の事。

津々木 蔵人つづき くらんど

天文15年9月16日(1546年10月10日)、信勝の傅役である蔵人らが末森家老信光に呼び出されました。


「すでに勘十郎には言い渡したが、那古野城主代行を言い渡した」

「「「おぉ、勘十郎様が」」」

「知っての通り、三郎が南国慰問に赴いた」

「かなり遠いと聞き及びますが?」

「早くとも1ヶ月、遅ければ2ヶ月の旅路となろう。万が一の為に勘十郎を配置しておく」

「おぉ、勘十郎様が那古野の主と言う事でございますな!」

「あくまで代行である事を忘れるなよ」

「承知しております」

「いずれ那古野のやり方は、織田すべてのやり方に変わる事になる。これを機会として、しっかりと那古野で学んでくるように」

「「「はぁ、畏まりました」」」


蔵人らが出ていった後、信光が溜息をついているのを蔵人は気づいていませんでした。


「蔵人殿、そこもと聞いた事がございますか?」

「何の事でしょう?」

「海では何でも難破と言う危険な事が起こるそうだ」

「おぉ、それならば、某も聞きましたぞ。野分のわけ(台風)にあった船は一隻も戻らぬそうですぞ」

「誠でございますか」

「この時期は野分のわけが多ございますな!」

「如何にも、如何にも」

「という事は、孫三郎様は不測ことも考えがあって、我らを那古野城にお入れになられる訳ですな」

「これは重大でございます」

「信長様が戻らねば、この城は信勝様の物」

「つまり、この城は我らの物と言う事ですな!」

「「「「はぁ、ははっははぁ!」」」」


こんな感じで、夢を希望に満ちて那古野城へ向かったのでございます。


 ◇◇◇


那古野城で待ち受けていたのは、家老の林 秀貞はやし ひでさだ平手 政秀ひらて まさひで青山 信昌あおやま のぶまさ内藤 勝介ないとうかつすけの4人です。


家老衆は城主代行の信勝を丁寧に出迎えたのです。


信勝は城主代行ですが、蔵人ら4人衆は傅役のままです。


那古野城の家老になれる訳ではありません。


那古野では小姓と同じ扱いです。


しばらくすると、長門守を先頭に役所やくどころの方々衆があいさつに来ました。


「那古野城への就任。祝着至極(しゅうちゃくしごく)に存じます」

「しばらくせわになる。よろしくたのむ」

「お任せ下さいませ」


全員が一斉に頭を下げると、平手は竹姫の手紙を信勝に渡します。

それを読むと、信勝はがたがたと震えながら言ったのです。


「ながとのかみとやら、すべてをまかせる。たけひめにはよろしくいってくれ!」

「畏まりました」


これで挨拶が終わります。


長門守は那古野の現状を説明しようとしたのですが、信勝は「むようだ!」と言って、早々に客間に退散したのです。


取り残されたのは、蔵人らです。


方々衆も暇ではありませんので、長門守と数人を残して退出します。


長門守と作事方も半分うんざりしながら、那古野普請の事を説明するのです。


肝心の信勝様がいないからです。


みなさん、本音は「こいつらに説明する意味あんの? 暇じゃないんだ!」と思っていますが、口が裂けても言えません。


「何か、ご質問はございますか?」

「結構でございます」

「そうでございますか」

「質問がございませんが那古野に来た以上、蔵は確認しとうございますがよろしいでしょうか?」


長門守が林の方を見ます。


林が頷いてくれました。


「では、この者にあないさせましょう」


城主が城に来て、まずする事は蔵の確認です。


城主や家老なら当然の仕事です。


しかし、蔵人らは信勝の傅役に過ぎませんから、かなり度を越したお願いなのですが蔵人らは気づいていませんでした。


それより、沢山の蔵にびっしりと詰まった武具と兵糧の豊富さに驚きます。


「大層立派な蔵でございます」

「これだけあれば、100日でも籠城して戦えますな」

「いいえ、この量では数日分にしかなりません。外に蔵所を作って管理しております」

「ここより広いのですか?」

「ここ那古野には6万人の者が暮らしております。少々の量では腹を満たせませぬ」


桁違いの大きさに蔵人らは声を失います。


 ◇◇◇


蔵人らはその6万人が住むと言う那古野城下町に足を向けました。

町はにぎやかで活気に溢れています。

しかも道の端まで家が建っている城下町など見た事もありません。

熱田や津島までも、これほど大きくありません。


一番の不思議は、熱田や津島で見かける屋号が軒を連ねて並んでいる事でしょう。


竹姫は村を造る時に1つのルールを決めていました。

朱雀大路を思わせる東西南北に延びる幅30mの大通りの側に村を造らないのです。


村は必ず、大通りから少し離れた所に造ると決めていました。


ですから、大通りに両脇には、熱田や津島から店を出したいと言えば、『はい、はい』と二つ返事で許可を出していったのです。


しかも店の裏に空き地が広がり、そこに倉庫を建てられるように考えていたのです。


気が付けば、土岐川(庄内川)の船着き場に延びる南北の大通りには、びっしりと店が並んでいるのです。


船着き場から土岐川を下って津島にも、運河を通って熱田にも船で行けます。


これからは、東西に延びる大通りの両側が少しずつ埋まってゆく事になるでしょう。


「蔵人殿、あれをご覧下さい」

「氷?」

「あり得ません」

「公方様でも中々食せる物ではありませんぞ」


氷売りの店の前では、氷が入った木の器を持って客達が美味しそうに食べているのです。


「そこのお武家さん。この暑い中のかき氷はおいしいよ。たったと20文だ」

「20文?」

「蔵人殿、まずは毒見をせねば」

「そうですな」

「毒見です。毒見をせねば!」


そう言って、冷たいかき氷に舌を打つのです。


しかし、よく見れば、かき氷屋は一軒のみではなく、数軒もあり、掛ける蜜の味で競争をしているようなのです。


 ◇◇◇


「どけどけどけ! 大通りをぼさっと歩いているんじゃねい」


氷を食した蔵人らが大通りを歩き始めると、手を押し車の男が避けながら大声で叫んで止まった。


「無礼者め!」

「ここは天下の大通りだぞ」

「我らを誰と心得ておるか!」

「知らねえよ。俺は忙しいんだ」

「ええぃ、待て!」


手を押し車の男が荷車に手を掛けると、一人が刀に手を掛けて近づいてゆきます。

しかし、その間に着流しの遊び人風の男が肩をぶつけて間に入ります。


「すまねい。助かった」

「さっさと行きな!」


そう言うと、手を押し車の男が去ってゆきます。


「邪魔立てするとは、無粋な奴だな!」

「すみません。名もない遊び人でございます。お許し下さい」

「許すと思う…………?」


刀を抜こうとした瞬間、遊び人が体を入れ替えると、蔵人の連れが飛んで背中から落ちるのです。


きゃああああああぁぁぁ!


「金さん、素敵!」

「あぁん、倒れちゃいそう」

「金さん、こっちむいて!」


黄色い声がどこかで飛びます。


誰知りませんが、『金さん、日本一』とか叫んでいます。


あまりの見事な技に呆気を取られます。


遊び人を名乗る男は丸腰です。


僅かに睨み合いが続きますが、蔵人の背中が汗でびっしょりと濡れてゆきます。


丸腰なのに蔵人は勝てる気がしないのです。


「お武家様、那古野では人が脇道を歩くと覚えて下さいませ。それでは失礼します」


そう言って、遊び人が去ってゆくのです。


「おぃ、待て!」


蔵人は気を取り直して、喧嘩を見物していた取り巻きの人に声を掛けます。


「すまんが、あの者の名は何というか?」

「さぁ、知りませんな」

「先ほど、誰かが『金さん』とか、申しておったであろう」

「それは竹姫様が……『違うわよ。おとっさん』、違ったか?」

「金さんと叫んだのは、小姓の人達よ」


何でも遊び人の事を『金さん』と呼ぶそうなのです。


「娘ご、金さんとは一人ではないのか?」

「う~ん、10人くらいはいると思うよ。お武家様」

「10人!? 皆が強いとか、もうさんだろうな!」

「みんな、強いよ」

「おらも助けて貰った。強かっただ!」


皆が口々に金さんの強さを褒め讃えます。


数日後、美味い飯処でツイツイ食べ過ぎて銭が足りず、ツケが利かないと店が言うと騒動になって、店の小娘にコテンパンに叩きのめされて警邏に引き渡されます。


「なんだ? この小娘わ!」


子供は手が出るのが早いね!


さらに、工事現場の視察に行くと、血の気の多い人夫と喧嘩をはじめます。


人夫には血の気の多い人が多いだよ。


だから、偉そうに命令すると大抵はどやされるか、下賤な冗談で罵られるのよ。


で、喧嘩がはじまると、みんなが物見遊山のように見物にくるのです。


那古野の人夫は強かった。

(実は柳生道場に入門できた人だったりします)


さらに、酒に酔って奥女中に手を出そうとして、叩きのめされた上に、「頭、冷やしてきな!」と外の池に放り投げられてしまうのです。


大恥です。


女にも負ける芋侍と罵られます。


そこで名誉回復に朝稽古に参加しました。


森 可成もり よしなりなどが指導する門番の朝稽古で、体がなまると方々衆もよく参加しているお気軽な場所です。


慶次様や宗厳様がやっている朝稽古に参加してもいいのですが、あっちのメンバーは怪物ばかりで、参加したが最後、生きて帰れる気がしません。


門番程度なら、丁度いいと思ったのです。


「相手をして進ぜよう」


なんて言いながら惨敗です。


那古野の門番は、宗厳の父、柳生 家厳やぎゅう いえよしが鍛えていますから、下手な武家より遥かに強くなっています。


門番さんらはいつも負けているので自覚ありません。


腰も低く、弱そうに見えたのでしょう。


こっぴどくヤラれた蔵人らは、痛めた所を氷で冷やしながら悔しがっています。


遊び人

飯屋の娘(鉢屋衆の母娘が経営するお店)

人夫

奥女中(瓢 八瀬ふくべ やせ

森 可成

門番。

門番。

門番。


男だけでなく、女・子供まで強い。


0勝8敗です。


イテ、イテ、イテ、ここは魔境か?

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