第28話 斎藤義龍、不破成敗の事。(1)〔 斎藤義龍 VS 望月千代女 〕

斎藤 義龍さいとう よしたつ 】(ナレーション忍)

天文15年8月10日、その日、山城評定で織田討伐が議論になっていた。

血の気の多い美濃衆は土岐 頼芸とき よりあきを討って、その返す刀で牛屋(大垣)を奪い返し、そのまま織田になだれ込もうと叫んでいた。


すでに、土岐 頼純とき よりずみと帰蝶の婚儀が決まり、頼芸から頼純に移り、斎藤 利政さいとう としまさ(後の道三)が守護代に就任する事が決まっているのに、何を言っているんでしょうかね?


要するに、頼芸を担ぐ国人や土豪の土地を奪いたいと言う個人的な思いだけなんだね。


頼純を総大将にした斎藤方、土岐方、朝倉方の大連合軍で大垣を攻める事が決まっている。


利政がそんな事を許す訳もない。


戦国武将って、脳筋で馬鹿ばっかね!


斎藤 義龍さいとう よしたつは謀略などを巡らす優れた知能を有した武将ではなかったけど、人の話を聞ける程度には節度を持っていた。


謀略でのし上がった利政(後の道三)にすると、少し頼りない嫡男に思えた。


策略という面では、帰蝶ちゃんの方が優れていたから、そう思ってしまったのかもしれませんね。


信長ちゃんの隠れ軍師って、帰蝶ちゃんじゃないかな?


さて、義龍はそんなくだらない話に欠伸を殺して座っていました。


牛屋(大垣)城など500人ばかりの小さな小城です。


3万から4万の軍勢を揃えてから攻めようとする親父殿(利政)の事がよく判らなかったのです。


報告で牛屋(大垣)城の堀が着実に進んでいる事が明らかになりました。


「大外掘はすでに完成していると言うのであるな」

「はぁ、東は揖斐川いびがわ、北は平野井川を拡張し、西は杭瀬川に巨大な土手を作っております」


牛屋(大垣)城では、『織田普請』で雇った身元不明者はすべて大外堀の工事に廻しました。

城周辺の強化は黒鍬予科組の中でも信頼できる人を厳選して城普請に就かせています。


では、牛屋(大垣)城の普請を少し説明しましょう。


牛屋(大垣)城は美濃でも東の方に位置し、揖斐川と杭瀬川に挟まれた所に城があります。


牛屋(大垣)城の北には平野井川が蛇行しており、城の手前で揖斐川に合流しているのです。この平野井川に平行して堀を拡張してゆくと杭瀬川まで結ぶと、東西6km、南北8kmの大外堀が完成する訳です。


そんな広大な外周を3ヶ月程度でできる訳がありません。


私の指示で工事用の柵板を立てただけです。


現代の工事現場なら中が見えないように仮壁を設置しますよね。


戦国時代はしなかったのかな?


結果として、物見が大外堀を完成したように勘違いしたみたいね。


今、工事は石垣を積む土台の土手を作っています。


設計は千代女ちゃんです。


6尺(180cm)毎に木の板で柵をした段々ピラミッド状に積み上げていきます。


上の段になるほど、横のスパンが短くなります。


石垣を詰むと、熊本城の石垣のように、上に行くほど垂直に角度が厳しくなってゆく訳ですね。


これを10段に分けて積み上げます。


つまり、18mの盛り土、堀も18mですから36mの土手が出現するのです。


この木の枠にローマンコンクリートを流し込んで外壁を固め、石垣を積む作業が始まるのです。


北側と東側を優先的に作らせています。


南側は木の板で覆っているだけです。


あと3か月あれば、城の周りだけでも土手が完成したんですけどね?


西南側に迂回して攻撃されるとヤバかったりします。


それでも、千代女ちゃんは北の堀の完成を優先しました。


後、頼まれたのが、見窄みすぼらしい開かずの大手門くらいですね。


北で最初にやった『織田普請』は、瑞穂土手の建設でした。


瑞穂土手と言うのは、揖斐川、平野井川、杭瀬川の水量を減らす作業です。


外堀の上流500m辺りに幅6kmの巨大な土手を作ったのです。

ここで水を堰き止めて、長良川へ流れるバイパスの水路を掘った訳です。


まぁ、北の大外堀は国道21号線に沿って、瑞穂土手は平野井川が揖斐川に合流する為に曲がっている所と思えばいいですね。


すぐ上に赤坂宿と美江寺宿を結ぶ美濃路が走っており、その土手と間に瑞穂池と呼ばれるため池が生まれた訳です。


一万人以上の人夫が横一列に並べて穴を掘って土手を作る作業は壮観だったね。


日も昇らない内から人夫がぞろぞろと移動し、日が昇ると一斉に溝を掘って、土手に土を持っていきます。


一刻一刻と土手が積み上がってゆくのです。


掘った溝はそのままバイパスになります。


この『織田普請』に一番参加してくれたのが、不破群の領民でした。


土手に水が貯まると不破さんの領地が水没する所も出るんですがいいんですかね?


「どうせこの辺りはいつも氾濫するので使えん」


荒地率が高いです。


もっと真面目に治水しようよ。


川を堰き止めて堰を作る作業だけは苦労したみたいですが、問題なく1ヶ月で終了しました。


少しずつ水が貯まって瑞穂池と呼ばれる横長のため池が生まれています。


この池の溢れた水の一部は揖斐川の横に流れる犀川さいがわに流してやります。


犀川はすぐに長良川と合流します。


この合流地点で有名な場所が『秀吉一夜城』を造った墨俣の地なのです。


秀吉がこの辺りに城を作れたのも人が住んでいなかったからです。


確かに、この瑞穂池の東側は揖斐川と長良川に挟まれて荒地になっていましたけど、赤坂に近い所は絶対に畑だったよね。


まぁ、いいか!


水の減った揖斐川、平野井川、杭瀬川で大外堀の作業が進んでいるのです。


あっ、なるほど!


牛屋(大垣)城の西に回るには、平野井川、杭瀬川と2度も渡河しないといけないようになっているのね。


しかも杭瀬川に掛けた橋はかなり北寄りに1つだけ!


南側の居住区に目が向かわないように気を付けている。


千代女ちゃん、芸が細かいよ。


さて、土手の土は内側に空堀を掘る事で調達しているのでお手軽な工事です。


完成すると、巨大な石垣の大外堀と内側に空堀が生まれます。


大軍が押し寄せて、2つの壁がそれを阻む事になりますよ。


作業は道半ば、完成は1年後の予定です。


1年後?


人夫を3倍にしないと無理だね。


えっ?


基礎の土台部だけを1年で完成させて、残りはゆっくりと進めるって!


そうですか。


石垣積みはぼちぼちと進めるのか。


なるほど、納得です。


 ◇◇◇


斎藤 義龍さいとう よしたつ

山城の評定は牛屋城の話から、荷止め・人止めをやっていない不破の弾劾になった。


不破も親父に逆らうとは馬鹿な奴だ。


親父から今川の手紙を見せられて俺は驚愕した。


牛屋(大垣)城の人夫を兵にするだと!?


「牛屋に関わっておる人夫の数はいくらおるのか?」

「おおよそ一万はいるかと」


精々、500~600の小城を攻めるのに仰々しい段取りを踏む親父(利政)にうんざりしていたが違った。


牛屋(大垣)城に1万の兵がいるとなると別の話だ。


「彦四郎、すぐに集められる兵はいくらか?」

「今すぐと言うのでしたら、7,000くらいですか」

「足りんな!」

「足りませんな。全軍をかき集めれば、東美濃、西美濃をかき集めれば、4万、無理をすれば、5万は集められましょう」

「尾張に集まっている数はいくらほどだ」

「7万はいると聞いております」

「親父殿が慎重になる訳か」

「為らざるをえません」


不破 通直ふわ みちなおが親父(利政)の勘気に触れ、必ず関所を閉めると約束して去っていった。


その翌々日、俺は親父から呼ばれた。

安藤 守就あんどう もりなり稲葉 良通いなば よしみちも呼ばれていた。


「何があった」

「不破の息子が謀反を起こしました」

「何!?」


親父が入ってきた。

何も言わず、どかっと前に座る。


「斉藤を裏切ればどうなるか。不破を成敗してまいれ!」

「「「はぁ」」」


義龍と安藤と稲葉の兵を総数は2,000余り、不破の兵は300、村人をかき集めても1,000に届くかどうかだ。


簡単ないくさだ。


牛屋(大垣)の織田が動かないならな!


 ◇◇◇


【 望月千代女 】

不破の臣従の話を聞いた直後、美濃を張っていた者から斉藤が陣触れを出した報告が入った。


「流石、山城殿。動くのが早いな!」

「藤三郎、交渉だけじゃなく、援護も任務に入っちゃうけど、大丈夫?」

「申し訳ありません。我らだけでは少し手が足りないかと」

「だよね!」


忍は信光殿と信長様の方を見た。

でも、言葉を発さない。


ぞわぁ~~~と背中に寒気が走った。


「千代女ちゃん、いってみよか!」

「どうして私に振るのよ」

「なんとなくかな?」

「もう、判りました」

「孫さん、牛屋の信辰さんを千代女ちゃんの下に付けてくれる」

「兄者に代わって手紙をしたためましょう。あくまで信辰の意思で決める事になりますぞ」

「それでいいわ」


何がいいのですか?


牛屋の兵は500人のみ、人夫は兵として使えない。


不破の兵を足しても、1,000人にならないわ。


「藤林さん、私が上で問題ないの?」

「下の者がどうかは知りませぬが、忍様が決められた事に異存はございません」

「ありがとう。助かるわ」

「じゃぁ、それで…………『まだ、決まっていないわ』」


忍が勝手に締めようとするから、焦って声が裏返ってしまった。


不破 光治ふわ みつはるらは放置、不破の民のみ救うという方針でいいのかしら?」

「他に何か?」

「そのまま戦局を膠着化させて、逐次戦力を投入しながら戦果を拡大して、内乱に突入という手もあるわよ」


忍が百面相をする。


忍は考え始めると表情が色々と変わる。


想像していると上目になり、計算する時は下目になり、閃いた時は目が大きく開く。そして、良からぬ事を考え始めると顔が崩れて鼻の穴が大きくなるので判り易い。


そういえば、涎を垂らした事もあったな。


きりっとしていれば、美人なのに!


「止めておきましょう。様子見されたら、斉藤だけ潰れてご破算になりかねない。それに膠着した状況を作る為に、こちらも相応の被害を出すかもしれないから割が合わないわ」

「了解。じゃぁ、不破 光治らの生死は放置。不破の領民を全力で助けるでいいわね」

「OK!」


軽いな!


今すぐ、牛屋で信辰さんの意思を確認し、それから西保城に行く必要がある。


「信長様、孫三郎様、直ちに手紙をお願いできますか」

「「相判った」」


山城が息子らを呼び出したのが昼過ぎ、最初の陣触れが出たのは夕刻だった。

余裕ぶって、出陣を明後日にしてくれたのが幸いだ。

使えるのは、明日1日か。


時間との勝負だ!

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