第15話 情けは人の為ならずの事。

宗厳様に叩きのめされた森 可成もり よしなりが大の字で横たわり、肩で息をしながら聞いてきます。


「赤鬼殿は貴殿より強いのか?」

「もちろん、私など足元にも及びません」


そう言う挑発的な事は言わないで欲しいな!


「嘘です。私は普通の女の子で刀なんて使えません。剣技なんて全然ですから」

「うん、刀は素人だ」

「剣技はできないわね」

「そうですよ。私は素人です」

「でも、剣技などできなくても、忍様は最強なのです」

「誰も敵いません」

「忍に刀は必要ない」

「これ以上、強くなったら私達はいらないじゃない」


う~~~ん、可成が興味深そうに私を見ていますよ。


困った。


誤解を解かねば!


ずどどどどどぉぉぉぉ、凄い地響きと共に後ろから何かが迫ってきます。


「だ、げ、び、べ、さま!」


ぎゃあぁぁぁぁっぁぁぁ!


出た、鼻水を垂らしたゴリラが来た。


『大阪名物ハリセンチョップ』


全長4mの特大の特殊和紙で強化したハリセンでゴリラをぶっ叩いた。


ゴキブリ撃滅、蠅など許さん、瞬殺だ!


「お見事!」


可成がそんな声を上げた。

これは違う。

ほらぁ、ゴキブリを見つけると反射的に動く奴よ。


「ははは、これでも以前に金棒を放り投げて、利家を殺しそうになったから反省したのよ。これはハリセンと言って、叩いても痛くない武器よ」

「嫌ぁ、普通の奴なら死んでいるわよ」

「まぁ、あれは避けれんわ」

「うむ」

「やはり、忍様は最強で、最速なのです」

「誰も忍様に敵いません」


千代女ちゃんはともかく、慶次様や宗厳様まで同意しなくて良いと思うんですけど…………藤八と弥三郎はいつも通りだけどさ。


よく見ると、ゴリラが吹き飛ばされて、屋敷の一部がずごごごぉと崩れている。


この特製のハリセンも威力があり過ぎるようだ。


“特殊素材を使用しているので衝撃荷重は殆ど『ゼロ』となっていますが、物理的エネルギー、10馬力はそのまま伝導されます”


えっ、そうなの?


“はい、10頭の馬に蹴られたと同等の物理エネルギーが効率よく伝導されております”


つまり、ハリセンで投げ飛ばされた感じか。


ゴリラがのっそり動き出すと、よく生きているなと感心した。


「流石、竹姫。素晴らしい一撃でございます」


頭がからたぷたぷと血を流しながら、見知った男がそう叫んだ。

どこかで見たような気がする?


「え~~~~~っと、誰?」

「柴田勝家よ」

「そう言えば、そんな人もいたね」


信行の家老だった。


 ◇◇◇


「竹姫様、どうか勘十郎様をお助け下さい」


血まみれの権六が頭を地面に付けてお願いしてくる。


「ねぇ、ねぇ、信行って、今、どうなっていた?」

「信行って誰、信勝よ! 信勝なら岩崎城で敗戦した後、自室で引き篭もっているわ」

「引き篭もり?」

「うん、ヒキニート」


千代女ちゃん、絵草紙を読み過ぎだよ。


まぁ、引き篭もりの不登校と言う意味では間違ってないけどさ。


信勝自身は負けたけど、信秀は喜んでいる。


勝ち過ぎず、負け過ぎなかった。


織田軍が負けた事で、織田恐れるに足りずと侮って貰った事を喜んでいる。


結局、織田で強いのは鬼のみ。


鬼のいない織田はただの弱兵だ。


織田憎しの者や敵の城主にとって、弱い織田に面従腹背めんじゅうふくはいする意味がないのです。


岩崎攻めで織田に味方すると言っていた城主が織田が破れて寝返った。

三割くらいだけどね!

判り易く丹羽氏勝に寝返ってくれたのは、上々の成果だったらしい。


つまり、潰す家がはっきりした。


一緒に戦った赤池、浅田、折戸、藤枝、本郷、藤島の6城の内、藤枝、本郷が寝返ると思っていたのですが、意外に寝返らなかった。


先陣を切った『かかれ柴田』に人望が集まったようだ。


藤枝、本郷は丹羽氏勝に和議を薦めていたのですが、氏勝は織田への『臣従』ではなく、『同盟』を求め、裏切った城の返還を譲らなかったので見限られたようだ。


千代女ちゃんからそういう報告を受けている。


まぁ、信秀の思い通りの結果ですから、信勝への評価は意外と高い。


私や信長ちゃんより高く評価しているよ。

私達はやり過ぎるんだよね。

そういう意味で、信勝は期待通りの活躍をした。


「言っておくけど、信秀の評価は下がっていないよ」

「それは大殿からお聞きして、重々に承知しております。しかし、勘十郎様が信じて下さいませぬ」

「それって、拙いの?」


殿様の息子が一人くらい引き篭もっても問題ないよね。

お金もあるし、それでいいんじゃない。

信長ちゃんに敵対心を持っている子だし、丁度いいかも!


「このまま、引き篭もっているようならば、城から追い出されるやもしれませぬ」


益々、好都合だ。


「私と関係ないよ」

「判っております。しかし、私の知る限り、竹姫は最高の女性であられます。竹姫ならば、何とかなると思うのです。否ぁ、竹姫様しかおりませぬ。権六、一生の頼みでございます。お聞き頂けるなら、一生付き従っても構いませぬ」

「嫌だよ。願い下げだね。一生付き添うって嫌がらせ?」

「そういう意味ではありません。某は本心でそう思っております」

「さらに嫌だ」

「お願い致します。もう竹姫様以外に頼るべき人がございません」

「権六の方が大人でしょう。自分で何とかしなさい」


信勝に傅役が4人ほどいたでしょう。


戦国時代って、自分は自分で育って下さいって感じなのよね。


教育機関は寺くらい!


沢彦和尚(※)は当たりだったのかな?


信行の教育係って、誰だったの?


萬松寺ばんしょうじの大雲和尚(※)かな…………判らん。


信勝には、信長ちゃんでいう平手のじいさんみたいな気の利いた傅役がいなかったから、教育係はなしで脳筋な信勝が育ったと考えるべきか。


「勘十郎様は一角ならぬ才覚を持ち、必ず立派な武将となられます」

「そうだね。当主になろうだなんて思わなければ、いい武将になれたかもね」

「いいえ、必ず、我らが立派な武将に育て上げます」

「そうやって期待するから、妙な対抗心が芽生えたって気づかない?」

「はぁ?」

「気づく訳ないか」


信長ちゃんはほっそりした体であり、母親似の女顔だ。


平安の時代なら光源氏のようなアイドルになれたかもしれない。


しかし、今は戦国時代だった。

がっつり系に期待が集まる。

逞しい方が好かれる。


そう、体格も父親似であった信勝はがっしりとした体を持ち、当主としての貫録も信勝の方が上だった。


性格も脳筋で判り易い。


寄ってたかって二人を競わせ、尾張は今川義元に良いように弄ばれた訳だ。


織田の家臣団って、馬鹿ばっかだ!


 ◇◇◇


誰も気が付かなかったのかな?


信長ちゃんは、国士無双(他に比類ない人物)の才覚を持っていた。


例えるなら、


劉邦の覇権を支えた韓信と同じであり、大将軍の資質を持ち合わせていた。


信勝は項羽と同じ匹夫の勇だ。


一対一なら韓信は項羽に敵わない。


しかし、兵を持たせた韓信に項羽も敵わない。


一人の武勇など知れている。


信長ちゃんは兵を与えれば、与えるだけ強くなる。


しかし、尾張には韓信の才を見抜いた蕭何はおらず、それを認めた大王もいなかった。


朝倉宗滴が死ぬ間際に、「信長の2・3年後を見てみたい」と言って亡くなったそうだ。


桶狭間が起こる5年前の事だ。


敵の今川義元や斉藤道三の方は気が付いていたみたいだよね。


林や柴田も信長ちゃんを裏切って信勝に付いた。


馬鹿ばっか!


韓信は言い過ぎだけど、信長ちゃんも苦労する訳だよ。


 ◇◇◇


「忍様、信勝を助けて頂けませんか」


そう声を掛けてきたのは、信長ちゃんだ。


そりゃ、家が傾くほどの大きな音を出せば駆けつけてくる。


権六の嘆願も聞いていたようだ。


「これだけは言っておくわよ」

「はい」

『情けは人の為ならず』(※)

「…………」

「情けを掛けると感謝して、恩に報いてくれると思うよね。たぶん、ほとんどの人がそうだよ。でも、そうでない人もいる。


情けを掛けられたことを恥じて、逆恨みする人も出るよ。その情けが災いの元になって恨みも買うこともある。はじめから感謝をしない馬鹿もいる。その信長ちゃんの優しさに付け込む悪党も出てくる。


情けを掛けることは、私は良い事だと思う。


信長ちゃんの美徳だよ。


でもね!


情けを掛けるときは覚悟を持ちなさい。


本当に相手の事を思うなら、妄りに手を貸しては駄目な人がいるのよ。

信勝はたぶんこっちの方だよ。

このツケは本人が払わないといけない。


助けてあげても、その情けは仇となって信長ちゃん自身に返ってくる。


今回は止めておきなさい」


ここで助ける事で信長ちゃんと信勝で殺し合う事になるかもしれないのよ。


「…………」


長い沈黙。


信長ちゃんも私の言葉を深く考えている。


権六はずっと頭を下げたままだ。


目を開けた信長ちゃんが私の方へはっきりと視線を合わせた。


私も視線を外さない。


出奔させた方が絶対にいい。


本人が希望するなら拾い上げてもいいけど、その時は家臣だ。


家督へのこだわりを捨てさせろ!


その方が絶対にいい。


信勝は年が近く、織田の家督を持つ兄弟だ。


信秀は家督を信長と決めて厳しくした分、信勝は自由にわがままに育てられた。


土田御前が愛情を注いだ為に素直な性格に育った。


でも、殿様らしい傲慢さを持ってしまった。


信勝は殿様じゃない。


世間の厳しさを知らない。


改めないと、いつか災いになるよ。


私は視線でそう告げた。


「お願いします。信勝を助けてあげて下さい」

「本気」

「はい」

「覚悟を決めたのね!」

「はい、覚悟しました」


あぁ~~~~信長ちゃんだ。


勝家が目に入ったんでしょう。


どこまでも甘い。


甘い菓子が大好きな、大甘の信長ちゃんだ。


でも、私の好きな信長ちゃんでもある。


仕方ない。


できる限りの事をしようか!


※).情けは人の為ならずの解釈は作者の解釈です。あしからず!

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