第1話 三河、赤鬼一揆の事。

倉街には200人近い技術者が住んでいますが、その中で鉄砲鍛冶師は50人います。

国友にも声を掛けたのですが、2年前に将軍様から頂いた秘伝を村外に出せないと断られました。


ここにいる鍛冶師は鉄砲を作った事がありません。

皆、鉄砲鍛冶師になろうという鍛冶師達です。


国友の種子島は薄い板を丸めて、紐状の板を回り巻き付けて、再焼き入れによって一体化するという技法を取っています。


一方、ウチは丸い鉄棒に穴をドリルで開けて筒を完成させ、周りを削って筒の成型してゆく制作方法です。


それらに必要な反射炉擬きに鉄鋼と石炭が潤沢にあり、手動の旋盤やネジ作り器なんかもあったりします。


これで出来なかったら解雇しますよ。


問題はそれらの器具をまったく使い熟せなかった事です。

トライ&エラーで使えるようになるだけで2週間も掛かりましたよ。


「これ! どうやって使うのですか?」

「知らないよ」

「知らないって!?」

「説明書を読んで、自分達で工夫しなさい」


突っ撥ねた。


動画っぽいモノを見せてやったけどね。


なんと言っても、私は3Dの設計図を仕上げるだけ、あとはAIちゃんがモデリングで作ってしまう。


私には旋盤等の工具はいらない訳ですよ。


他の技術者には、この『手動の旋盤』に挑戦して貰っているチームもいます。

そっちは鉄砲以上に苦戦しています。

木に穴を開けるドリルの刃は比較的簡単にできそうだけど、鉄を掘るとなると、どうやって硬度をあげるの?


とりあえず、鋼の加工法やダイヤモンドカッターとか、基礎知識は渡してあるけど、理解できていないね。


まぁ、できる所から挑戦して貰っている。


技術と発想が追いつけば、尾張から産業革命が起こると思うんだけどね。


 ◇◇◇


「どうでしょうか?」


鉄砲鍛冶師の頭領が最初の火縄銃を私に渡して聞いてくる。

AIちゃん、どうかな?


“良質とは呼べませんが、使用基準は満たしております”


「一応、合格」


『『『『『『うおぉぉぉぉぉ、やったぜ!』』』』』』


「はっきり言うけど、まだ質が悪い。何度も作りながら精度を上げてゆきなさい」

「畏まりました」

「藤吉郎から聞いたわよ。徹夜で作っていたんでしょう。今日はもう解散。家に帰ってちゃんと寝なさい」

「判りました」

「予定通り、さらに上の鉄砲を目指す組と量産組に分けるわよ」

「最新が10名。量産が40名で日10丁、月に300丁はいけます」

「だから、言っているでしょう。5日に一日は休みを入れて、月200丁でいいわよ」

「ありがとうございます」

「ちゃんと奥さんに孝行しなさい」

「子作りして、後継ぎを作っておきますよ」

「だが、田与作とこは作り過ぎだ」

「がはははは、違いねい」

「俺達は酒でも飲んで過ごすか」

「そうだな」


まだまだ一人者が多いようだ。

鉄砲の生産が始まれば、俸禄以外にも収入が増える。

藤吉郎に言って嫁を探しておくか!


 ◇◇◇


「殿、忍様、大変でございます」


忽然と現れたのは望月 千代女もちづき ちよじょちゃんの叔父さんで望月長重さんだ。尾張甲賀衆総代の千代女ちゃんをサポートする為に、総代補佐の任に付き、普段は信長の護衛の指揮を取っている。


千代女ちゃんは信濃調略のお仕事を頼んでいるので、今はいない。

このお留守中は代わりに尾張の甲賀衆を仕切って貰っている。


「千代女ちゃんは居なくても支障なし!」

「忍様、そんな事を言っていると、帰って来た時に喧嘩になりますよ」

「誰も言わなきゃ大丈夫」

「忍様」

「これは最重要極秘事項だからね」

「「「「…………」」」」


どうして誰も突っ込んでくれないのよ。


信長ちゃんは真面目に対応していた。


「対馬守、何があった」

「はぁ、長島の願証寺から発せられた檄文を受け取った本證寺ほんしょうじ、第十代目空誓くうせいは、西覚寺、法行寺、善証寺、長因寺、西方寺、念空寺、明法寺、宝林寺など、他38寺に織田打倒の一向一揆を呼び掛けました」

「一向一揆だと、それは誠か!」


長門君が焦っています。


うん、一向一揆は怖いね!

信徒は死ねば、『極楽』と死ぬ事を恐れずに襲ってくるのが厄介ね。

死兵というのは、精強な兵と同等の威力を発揮する。


普通の兵には赤鬼のはったりが利くが、死を恐れない兵は逃げてくれない。


「一揆の数は!」

「約3万人」

「ごっつい数やな!」


止めてよ。

女・子供を除く、ほぼすべてじゃない。

冗談は止してよ。


根切りなんて私の趣味じゃないわよ。


「すべて、赤鬼様を助けよと立ち上っております」


へぇ?


「対馬守、それは織田に対しての一揆ではないのか?」

「はい、空誓は『仏敵の信長』、および、『醜いこの世の鬼を討伐せよ』と村々に発したのですが、一揆に賛同した村人はわずかです。残りの村人たちは『赤鬼様を救え』と叫んで暴徒化しております」

「信広兄ぃはどうされておる」

「下手に出て、尾張の一向宗を刺激できないと静観されております」


そう、赤鬼を救え!


襲われているのは寺の方だった。


「そりゃ、賢明な判断やな」

「賢明でしょうか?」

「信長はんは、どちらを助けたいんや」

「それは…………」


信長ちゃんは答えられない。

もし、参加して尾張の一向一揆に火が付けば、大変になる。

その覚悟がなかった。


12歳にその覚悟を持てと言うのは無理だよね。


「竹姫はんはどうされます?」

「決まっているわ」


ほぉ、言継の目がより黒くなったような気がする。

これが公家、山科 言継やましな ときつぐの本性か!

関係ないけどね。


「どっちや!」


『両方を助けに行くに決まっているでしょう』


「両方でっか?」


何をびっくりしているの?

私の名前で誰か死ぬなんて許せる訳がないでしょう。


「忍様、私も連れて行って下さい」

「信長様、危険でございます」

「忍様の側で危険などということはない」


信長ちゃんが長門君の制止を振り切った。


「面白くなってきたね。これだから忍の側から離れられないぜ」


慶次様、不謹慎だよ。

宗厳様も目を合わせて頷いている。


「忍様、よろしくお願いします」

「「「お願います」」」


藤八、弥三郎、飛騨守、長谷川と、長門君がじっと私も連れて行けオーラで睨んでいるよ。

はい、はい、連れていって上げるよ。


「という訳、言継さんは屋敷に戻っていて下さい」

「ちょっと待ちぃな!」

「急ぎますので」

「ここまで引っ張っておいておいてけぼりはないやろ!」

「そう言われても」

「頼むわ。後生や、わいも連れて行って」


土下座して頭を何度も下げる公家って、威厳も何もありませんね。


「頼むわ」

「いいですか! ここから先に見るものは、帝にも、他国の大名にも話すのはなしですよ」

「帝もか?」

「帝もです」

「判った。話さへん。絶対に誰にも話さへんから、お願いや」

「判りました」

「やった!」


転移!


向かう先は、安城市野寺町の本證寺だ。


 ◇◇◇


おぉ、本證寺。

足元に人は一杯だ。


「わぁ、なんや! 足がつかへんで」

「言継様、慌てなくて大丈夫です」


寺の周りを人が覆い尽くしている。

近くは無理なので、少し離れた場所に移動する。


転移!


ちょっと離れた丘の上です。


「おぉ、びっくりした」

「忍様は思った場所にいつでも移動できます」

「そりゃ、凄いな」

「凄いなんてものじゃありません」

「そうです。世界が目の前に広がっています」

「こらぁ、余計な事言わない」

「「は~い」」


長重と一緒に付いていた甲賀忍の10名が四方に散って、信長ちゃんを守る陣を作っている。


うぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

一杯の暴徒が寺に押し寄せている。

大きい寺だ。

屋敷か、城のように総構えで、壁と堀で守られいる。

暴徒はそんなモノを無視して突き進む。

壁があれば、はしごを掛ければいい。

門があれば、叩き壊せばいい。

四方から一斉に襲い掛かられると僧兵でも捌ききれない。


『赤鬼様を救え!』

「我らを敵にすれば、地獄行ぞ」

『地獄は怖くねいだ』

『そうだ! 赤鬼様の酒池肉林地獄だ』

『おらも行きてえ』

「地獄行きだぞ。地獄行きだぞ」

『酒池肉林、酒池肉林、酒池肉林、酒池肉林、酒池肉林』


暴徒が押しています。


「でも、何です。あの恥ずかしい叫び声は?」

「みんな、腹一杯に飯が食えて、いちゃいちゃできるって意味だろう」

「間違っていないけど、なんか違います。って、慶次が広めたのぉ」

「村の者が忍は何をしたいのかって聞かれたから、そう答えた」


織田の永禄銭の旗の横に『酒池肉林』の旗印がはためく。


ないわ!


恥ずかしいだけでしょう。


「なぁ、忍。助けるなら早い方がいいぞ」


そうでした。


 ◇◇◇


ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!


肉が飛ぶ、血が弾けている。


私は目を瞑った。


ミンチは駄目!

ボンレスハムも駄目!

まぐろの解体ショーなんて以ての外!


どうして、第1話にぎりぎりのシーンを入れたがるかな?


健全な少年から老人まで読める娯楽小説を目指しているんだろ!


何、考えているんだ。


暴徒も僧兵も鬼の形相で攻め合っているじゃないのよ。

頭に血が上り過ぎている。


AIちゃん、こいつら全員の頭に冷や水をぶちかませ!


“収納庫、モデリング、転移の使用許可を”


許可する。


私がそう言った瞬間!


ばしゃ~~~~ん!


全員の頭の上からバケツをひっくり返したような水が降ったのです。


「忍様、あれは何をされたのですか?」

「さぁ? 頭から水を撒いた感じかな」

「それは判りますが、何か凍っているようにも見えますが?」

「凍っているね!」


“正確には、南極の貯蔵庫を作成する為に収納庫にしまった氷を分子レベルまで分解し、海水と塩を混ぜて、頭から100ℓずつ落としました”


凝固点降下か!

そう、シャーベットやアイスクリームを作る時に氷水に塩を混ぜて、水の温度を下げる奴だ。


“分子レベルで塩を混ぜましたので効果が最大限に引き出せます”


そこまでしなくていいよ。


「みんな、カチンコチンだな」

「あは、は、は、そうだね」


「そんな阿呆な。この暑い中ですべてを凍らせるやて」


「大丈夫ですよ。ほら、すぐに割れて、普通に動き始めているでしょう」


そうだ!

凍り付いているのは服とかだけだ。


びっくりして戦闘が止まった。


私は超巨大なメガホンを取り出して叫んだ。


『こらぁ、勝手に戦争をはじめるんじゃない。誰が命を賭けろと言った。誰が私の為に戦えと言った。私はそんな事を望んでいないぞ』


『赤鬼様じゃ!』

『『『『『『『『『『『『『『『『 赤 鬼 様 』』』』』』』』』』』』』』』』

『『『『『『『『『『『『『『『『 赤 鬼 様 』』』』』』』』』』』』』』』』

『『『『『『『『『『『『『『『『 赤 鬼 様 』』』』』』』』』』』』』』』』

『『『『『『『『『『『『『『『『 赤 鬼 様 』』』』』』』』』』』』』』』』


『もう一度、言うよ。誰が戦えと言った。私は怒っているよ。戦いを止めなさい。そして、家に帰りなさい。誰かが死ぬ事を私は望んでいない』


『帰りますだ』

『許してくんろ』

『後生でごぜます』

『許してくだせい』


『許すよ。私の為に怒ってくれて、ありがとう。道を開けなさい』


モーゼの十戒のように人の道が生まれた。


「じゃあ、決着をつけましょう」


そう言って歩きはじめる。

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