第33話 信秀、信長を足蹴にするの事。
私は末森城にやって来ると、城外で信秀のおっさんに出迎えられて中に入った。
「おぉ、これは、これは、竹姫殿。見事なご活躍でしたな、信秀、感服しましたぞ。さぁ、お手を、さぁ、中に、中に」
おっさんに手を握られてもちぃとも嬉しくない。
おっさんに案内されて末森城を中に入り、最上級の紫電の間に通される。
信秀のおっさんは私を上座の横に座らせた。
見世物小屋だ。
中央におっさん、私と反対側に土田御前達が座っている。
私が座らされた場所はおっさんの左側であり、正面から見れば、右側に見える。
所謂、左大臣の席だ。
女性の順位で言えば、正室の位置です。
信長ちゃんはお母さんに似ているね!
うん、土田御前を始め、側室達にも怖い顔で睨まれています。
家臣の席でいい、一段下がるよ。
いやぁ、下がらせて!
元々、織田達勝の娘が正室だったが、天文元年に達勝と信秀が戦う事になって離縁され、その後釜に土田御前が座った訳です。
織田敏信の娘、池田政秀の娘………と続き、最後に岩室孫三郎次盛の娘の岩室殿が座っています。
その後ろに並んでいる幼女も側室か?
ちょっと幼すぎぞ。
小声で侍女が教えてくれた。
「辰姫、亥姫でございます」
娘だったか。
側室をはじめ、娘にも嫌われたか!
まぁね、長年の末に手に入れた側室の地位、たとえ下位であっても、何としてもそこを守りたいと思う。
それがポツンと現れた新しい女に取られる訳だ。
好かれる理由がない。
とんびに油揚げをさらわれると、ヤキモキしている訳だよ。
こんなおっさんは趣味じゃないんだよ。
今回の主役は信長ちゃん、三河矢作川西岸を落とした那古野家臣一同です。
中央に那古野家臣一同が座り、その左右に末森の家臣団が分かれています。
私のサイドに座っているのが織田一門衆、反対側が旗本や譜代衆みたいで、一門衆のトップ5を紹介されました。
弟の信光、同じく信実、同じく信次、2男の信行、庶子2男の信時の順です。
この順番も大切らしい。
アホらしい。
信包以下はまだ幼いのでこの部屋に入れて貰えない。
「どうだ、小姓に貰わぬか」
「保育所じゃないからいらない」
「それは残念じゃ」
お市ちゃんとお犬ちゃんは欲しいけど、まだ生まれていないんだね。
生まれたとしても赤ん坊はいらないよ。
可愛いけど、面倒を見るのはパス。
断固パス。
信秀のおっさん、お犬様まで15人、その他にもいたとか。
かんばり過ぎだよ。
信長ちゃんも11人だったっけ?
親子だね。
と…………壺中の天に旅立っている間に機嫌が直るかと思ったが無駄だった。
土田御前が怖い顔で睨むのは判るけど、信行に睨まれるのは何故?
信行は信長ちゃんの一歳年下(11歳)の弟だけど、信長ちゃんより横幅がある。
信秀に顔も似ている。
おっさんの息子だ。
私の趣味じゃない。
「たけひめ」
「なにかな?」
「たけひめは尼子の姫と聞きおよびますが、そういないのでありますか?」
「これ、何をお聞きになられる」
「別にいいよ。で、なんだっけ?」
「たけひめは尼子の姫でございますか!?」
単刀直入、色も飾りもない聞き方だ。
ある意味、殿様の息子という感じかもね。
「知らないね。私は
「ちゃちゃきと言えば、尼子のほんりゅる(本流のつもり)のなまえです」
「さぁ、知らないね」
「尼子からぜにが尾張にきています」
「へぇ、そのなの?」
「何故、うそをつかれます。尼子の姫ならば、姫らしくなさい」
「姫らしくって、何?」
『ひめらちくは、ひめらちくだ』
惚ける私に腹が立ったのか、信行の声が高くなります。
怒ると呂律が回らなくなっているよ。
もう、ひそひそ話のレベルじゃないね。
家中の者が注目している。
「勘十郎、止めよ。竹姫に無礼であろう」
「あちうえはだまれ。たぁけひめとはなしておる!」
「もう一度言う。姫に無礼であろう」
「あちうえは何故だまっているのか。尼子のひめならば、ははうえの上に座るのもしかたない。だが、いずこのものに席をゆずる、ははうえのお気持ちをお考えになられよ」
おぉ、マザコンだ。
土田御前が涙を拭って喜んでいるよ。
ある意味立派だ。
あぁ~、今度は親子・兄弟で竹姫を争っていると噂されるな!
問題は信秀おっさんのように芝居でない事だ。
本気で怒っているからね。
でも、喧嘩を売ったんだ。
容赦しないよ。
「わらわの素姓を知りたいか」
「おしえろ!」
「聞けば、何でも答えて貰えるなど思うなよ。小童!」
「なぁ!」
私は余裕の笑みを信行に向ける。
信行の顔が真っ赤になる。
今まで、頭を下げられる身分の者としか話した事がないんだろ。
ふっ!
こら、こら、小姓の顔がにやにやと悪人顔になっているよ。
何を期待しているの?
私は決して虐めている訳じゃない。
「さぁ、私に盾突いたんだ。覚悟しているんだろうね」
腰の扇子を取って、信行の顎を引き上げる。
「いいかい。よくお聞き! 隠すという事はそれなりに理由があるのさ」
「ですから、そのわけを」
ぱちん!
私は手の平で軽く頬を撫でてあげる。
頬にくっきりともみじが浮かぶ。
「馬鹿かぁ! それを話せば、隠す意味がなかろうに」
「わ、わ、おっ、おれをなぐるか!」
そこは違う。
“親父にも殴られた事がないのに”
そうでしょう。
このセリフを間違ったら台無しだ。
・
・
・
まぁ、信秀はしょっちゅう殴ってそうだけどね。
「何なら、右にもう一発」
そのふり降ろす腕をがしっと掴まれた。
「若の無礼は拙者が謝らせて頂き申す」
「誰かな?」
一門衆の後に控えているのは、その家老や
「某、勘十郎様の傅役、柴田権六郎勝家と申す」
ごっつい体に無精髭を晒している。
年は24歳のはずだけど老け顔だ。
このあぶらっこいのは苦手なタイプだ。
柴田の『シバ』は、尾張斯波氏に通じ、斯波一族と言われる。
所謂、名家と言う事だね。
妻を早くに亡くし、長く妻を持たず、長い年月の末にお市様と再婚する。
30歳を過ぎた勝家が、10歳のお市に横恋慕したと言う伝説を持つ。
『ザ・ロリコン』の大名刺の一人だよ。
でも、不思議な事に、勝家の家系図を見ると、
勝里、勝忠、勝春、勝政、勝豊、勝敏、(佐久間)勝之、娘と8人の子供が存在する。
なんじゃそりゃ?
その内、勝政と(佐久間)勝之は養子と言う説もある。
(他の子も庶子か、養子と言われています。)
いずれにしろ、正室はおらず、嫡男不在だった訳です。
などと、AIちゃんと勝家のプロフィールを調べている間も力比べが続きています。
腕を下げようとする私、それを阻止する勝家。
微妙に腕が上がったり、下がったりする毎(ごと)に周囲から溜息が漏れています。
涼しげな私に対して、勝家の顔から青筋が立ち、顔が段々と真っ赤になってゆくのが判ります。
「忍様、のんびりと遊ばれていますね」
「権六もどこまで粘れるかね」
「忍が勝つ方に晩飯を賭けるぞ」
「俺も忍様」
「私も忍様」
「賭けにならんぞ」
ぐぅ、ぐぅ、ぐぐぐぐぅぅ~~~~っ!
がくりと勝家の膝が折れて座り込みます。
「参りまして候」
「うん、よくがんばった方よ。勝家に免じて、信行は許してあげるわ」
「ありがたき幸せ」
信行がきょとんとしています。
「何を遊んでおる。ごんろく」
「遊んでおりません。この権六、竹姫に負け申した」
どよぉ~~~~~~~ん。
権六が負けて、尻込みをする信行です。
少し震えて、私を見上げています。
他にも戯言と見ていた者が驚きの顔で口を開けています。
「柴田殿が手加減しておったのではないか」
「おなごの細腕じゃぞ」
「あり得ん」
信じたくないと思う者から、噂は本当であったかと納得する者が分かれています。
那古野の家臣は、“さもありなん”と言う感じです。
信じたくないですが、目の前であれを見てきた者達ですからね。
「ごんろく、ごんろく」
「…………」
嘘を付きましたと言って欲しいのでしょうが、権六は黙っています。
にやり!
信行を睨み付けて、手に持っている扇子をパンと叩きます。
「わぁ、なにをする」
「さぁ、どうしようかな?」
「くるな、くるな、くるな」
じゅわ~~~~ぁ、震えている信行の周りに生温かい地図が浮かび…………。
「若を奥にお連れしろ!」
「ちがう、ちがうのじゃ」
「よいから、早く」
どたどたどた!
こうして座興が終わったのです。
柴田勝家、いなくなってよかった。
完全にアウト オブ 眼中です。
こういうタイプは興味ないからね。
でも。
負けてがっくりと膝を付いた勝家が嬉しそうに顔を昂揚させていたのです。
にんまりと。
私って、どうしてか知らないけど、全国目指す柔道家とか、レスリング選手とか、ラクビー部員とか、こういったゴリラタイプに好かれるんだよ。
どうしてかな?
◇◇◇
信長ちゃんが戦勝報告を信秀に行います。
「この度の初陣に当たり…………以上が戦果でございます」
高浜で戦い、大浜城を開城した事を報告し、細かい事は一冊にまとめて信秀に渡す。
信秀がその労をねぎらって褒美を与えるという算段である。
だが、この後で信長ちゃんは信秀に足蹴にされる予定です。
「この愚か者が、勝手に差配しおって」
「申し訳ございません」
「誰の許しを貰って城主を決めた」
「三河の矢作川左岸を治めるに最適と信長が考えました」
「誰が平定して来いと言った」
「申し訳ございません」
「まぁ、よい。竹姫をこちらに譲るのであれば、褒美をやろう」
信秀のおっさん、ノリノリです。
片膝を出して身を乗り出し、先ほど私がやったように、扇子での信長ちゃんの顎を掬います。
「謹んで、お断りいたします!」
信長ちゃんが強い口調で断った。
「この痴れ者が!」
ざすん。
信秀のおっさんが足で信長ちゃんを押し倒した。
「初陣、確かに勝ったようだ。廃嫡の件は無かった事にしてやろう」
信長ちゃんは起き上がって平伏します。
「ありがたき幸せ」
すべて予定通りだ。
うん、芝居だけど、芝居じゃない。
実際、甲賀の者から報告を聞いて信秀は激怒した。
『やり過ぎじゃ、この馬鹿者が!』
これでは赤鬼の忍を恐れて誰も叛旗を翻す者がでない。
当初の予定では、
・信長が無茶な改革を行って反乱者を討伐し、家中を1つに纏める。
・1年後に武衛体制を発表し、すべての尾張の領地を武衛様が直接に管理するモノとする。
管理者は忠臣信長が引き受ける。
・武衛体制を受け入れられない織田大和守信友に叛旗を起こさせて討伐し、返す刀で伊勢守信安を臣従させる。
信秀は信長ちゃんの脅威を防ぐ存在であり、駆け込み寺として逃げて来た武将を信秀が引き受け、信長陣営と信秀陣営に分ける。
終わった時点で、二人は手打ちをして弾正忠家によって尾張が統一される。
その予定ですが、誰が叛旗を翻すでしょうか。
いないね。
三河を攻めるなと言った私が西三河を取ってしまった。
言っている事とやっている事が違う。
三河で勝った織田家は権威を高め、信長もその軍略の才能を見せた。
織田家は安泰だ。
最高のシナリオになった。
これで謀反を起こす奴がいれば、馬鹿過ぎる。
予定が台無しだ。
そりゃ、信秀が怒るわ。
予定を前後させて、武衛体制を発表し、信友・信安・造反家臣を結集させる事と変更した。
敵は大勢力になるかもしれない。
信秀曰く、
『馬鹿者、それくらい結集させないと、誰が赤鬼と戦おうなどと考えるか。もっと匙加減を考えて行動しろ!』
尤もなご意見です。
◇◇◇
今日の主役は、私、慶次様、宗厳様、恒興、藤吉郎の5人です。
『一番功、竹姫』
信秀がそう言うと巨大な『三方』(供え物の台)が私の前に用意される。
「砂金、100袋」
おぉぉぉ~~~~~~~~う。
大きな会場がどよめきます。
横に用意された砂金をさらさらと巨大な『三方』の中に落としてゆく。
袋から出された砂金が山となって積もってゆくのです。
袋だけなら砂が入っていてもおかしくない。
でも、実際に砂金が山になってゆく様を見せ付けられると青い吐息が漏れだします。
「なんという量」
「美しい」
「これほどの金があるのか」
「いくらになるのだ」
土田御前をはじめ、側室方もうっとり。
金の魅力には叶いません。
次に、慶次様。
『滝川慶次郎利益に金袋三つ』
どよぉ~~~~~~~ん。
先ほどのどよめきと負けないくらいに会場が揺れた。
今度は余りにも少な過ぎるからだ。
否、少なくありません。
それが普通です。
私の100袋が異常なんだよ。
『同じく、柳生新次郎宗厳に金袋三つ』
しぃ~~~~~~~~~ん。
会場は湧きません。
その静寂が何を意味するのか。
『同じく、池田勝三郎恒興に金袋一つ。同じく、木下藤吉郎秀吉に金袋一つ』
みなさん、理解しました。
ザ・依怙贔屓。
奥の人の視線が痛い。
嫉妬の嵐です。
なんか、お腹が痛くなってきたな。
武士団の方に予定通りに恨んで貰って構わないけど、奥に恨まれるのは想定外だよ。
『竹姫には、三河七城と佐治、および、熱田周辺を与える』
どわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ、今日一番のどよめきです。
おい、ちょっと聞いてないぞ。
「竹姫殿、あれは織田には手に余ります。どうぞ、お好きにお使い下さい」
おっさん、押し付けやがった。
信長ちゃんの尻を拭けって!?
まぁ、そんな裏事情を知らない家臣団が私におべっかを使うようになったよ。
土田御前を始め、奥の人の目が怖い。
中には、小袖を噛んで悔しがっている人もいるね。
「さぁ、さぁ、一献」
「いらない」
「そう言わずに」
「誘うなら、若くてイケメンの男の子だけにして頂戴」
「なんの、まだまだ若いですぞ」
「某も負けておりません」
「さぁ、さぁ、一献」
あぁ~~~鬱陶しい。
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