第16話 十兵衛様がイケメンなら、石舟斎様もイケメンでしょうの事。

風が舞い、草木も揺れています。

草履を脱いで庭先で剣と剣を合わせて静かに対峙する二人です。


闇雲に動かず、間合いを計る二人の剣士。


家厳五十歳、慶次様十三歳、剣豪相手に勝負になる訳がない。

でも、これは慶次様にとって必要な試練なのよ。


何故か、真剣です。


竹刀はないのか、木刀でも危ないだろう。

慶次様に傷を負わせたらタダで済むと思うなよ。

私のタダならぬ殺気に家厳が気づいたみたいです。


「安心せよ。殺しはせん」

「絶対よ。絶対だからね」

「忍、うるさい」


あ~ん、こうなったら柳生を驚かせて上げなさい。

先に動いたのは、やはり慶次様です。


キシャ!


光速の剣が放たれ、澄んだ音を立てて難なく躱されます。

慶次様は一瞬で体を入れ替えて、瞬時に間合いを切りますが、切った間合いの儘で放つ一撃に慶次様の動きが止まります。

否ぁ、頬に赤い血が走ります。


うぎゃあ、家厳殺す。


「なんて事やってくれるのよ。慶次様に消えない傷を負わせたらタダで済まないわよ。簀巻きにして、大川に捨ててやるからね」

「忍様、落ち着いて下さい」

「藤八、放しなさい」

「今は勝負中です。慶次に嫌われますよ」


その一言は私の心を抉った。


「はぁ、はぁ、はぁ、随分と慕われておりますな」

「忍はいい女だ。女を泣かす訳にいかないので勝たせて貰うぞ」

「できますか」

「どうかな」


家厳の目は孫を見るように優しくなった事に私は気づかない。


はあぁ!

慶次様が吠えた。

普段、吠えない慶次様が吠えた。


ギャシン、キシャ、シュゥ、ギシン、ギャシン、ガチっ!


見る限り、八つの剣戟が家厳を襲う。

でも、届かない。

すべて躱し、いなし、弾かれるのです。


縦横無尽の剣、天賦の剣、天邪鬼の剣。


あり得ない速度で、あり得ない角度、あり得ないタイミングで放つ剣で慶次の剣です。

無茶な酷使で体中が悲鳴を上げ、剣戟を増やす為に家厳の放つ剣戟にも合わせず、紙一重で避けて、一戟でも多く打ち込むのです。

柄で剣の腹を叩くと言う無茶もやっています。


でも、一撃が入らない。


下段から剣先で土を掬い、目潰しを打って、体を放り込んで死角からの突きすら軽く躱された。

無茶な体位の攻撃で慶次様の体が転がり、立ち上る前に慶次様の首元に剣先が添えられた。


「忍、すまね。勝てなかった」

「大丈夫、私の中では勝っているから」

「ふっ、そうか」


「はぁ、はぁ、はぁ、坊主。中々に楽しい剣であった」

「あと5年、いやぁ、3年待て! 今度は勝ってやる」

「待ちどおしいのぉ。儂の弟子にならんか。1年で強うしてくれるぞ」

「うれしい誘いだが、俺は忍の小姓だ。悪いな」


はぁ、はぁ、はぁ、家厳が刀を鞘に納めながら楽しげに笑うのです。

慶次様、私の小姓と言ってくれてありがとう。


「親父殿、何を一人だけ楽しげな事をしているのです」


なにぃぃぃぃぃぃ!

誰だ!

このイケメンは?


 ◇◇◇


庭の外から中を覗き込むイケメンのお兄さんがいるのです。


「おじいさん、このイケメンは誰ですか?」

「イケメンとは何の事だ。外にいるのは、儂の息子だ」


ちょっと待て!

家厳の息子、柳生 宗厳やぎゅう むねよしですよね。


石舟斎せきしゅうさいか』


この時代には、まだ生まれていない憧れの十兵衞じゅうべえ様のお爺さんですと!

石舟斎って、白髪の老剣士のイメージしかなかったんだよね。

でも、考えて見れば、十兵衞様のお爺さんですよ。

イケメンでもおかしくない。

石舟斎も若かりし頃があったのよ。

どうして、今まで気が付かなかったの。

馬鹿、馬鹿、馬鹿、私の馬鹿。


『宗厳様。私好みのいい男。これはゲットよ。私の小姓よ。もう放さないわ』


「こほん、忍様。声に出ていますよ」


長門君が冷静に事を教えてくれます。

えっ、我を忘れてしまいました。


「坊主、苦労するのぉ」

「は、は、は、そう言う事だ」


もう、仕方ないか。

今更、取り繕っても仕方ないしね。


「家厳さん、私と勝負しませんか。私が勝ったら宗厳様を下さい」

「承知、と言いたい所ですが、倅は筒井家の人質でしてな。おいそれと返事をする訳に参りません」

「あぁ、それなら大丈夫。信長ちゃん!」

「はい、忍様」

「筒井さんに宗厳様と柳生の民を銭10万貫文ですべて貰い受けると、書状を送ってくれる」

「畏まりました」

「ちょっと、お待ち下され! 銭10万貫文とは」

「やっぱ少ないか! じゃあ、40万貫文にしよう」

「判りました」

「しばらく、しばらく、これは何の話だ」


宗厳様が庭に入って来て、私を問い詰める。

近くで見てもいい男だ。


「貴方を40万貫文で買おうと言う話よ」

「誰が?」

「尾張の織田信長が」

「正確には、私の家臣ではなく、忍様の小姓です」

「あは、あは、あは、俺が40万貫だと?」


何がツボに入ったのか、宗厳様は笑い続けます。

大和国の石高が44万石ですから、約1年分に相当する金子です。

そりゃ、笑うわ。


「筒井がそれでも嫌と言ったなら」

「筒井を潰すだけよ」

「忍様は争いに介入しないと言われていましたが、よろしいので?」

「これは私と宗厳様の問題だからいいのよ」

「はぁ、そうですか」


藤八はよく判らないようだ。

うん、私も判らないわ。


「で、勝負するの、しないの」

「させて頂きましょう」

「勝負は簡単。家厳が私に少しでも触れられたら、家厳の勝ちでいいわ」

「獲物は」

「私はいらない。いつでも撃ってきなさい」

「然らば」


庭の中央に立った私に家厳が真剣を構えます。

剣豪が真剣に剣先を向けられると、やっぱ怖いわ。


「いえぇぇぇぇ!」


遠間からの一撃。

うん、全然動きについて行けてない。


きゃぁ!

迫り来る剣先に顔が強張り、片目をつぶってしまった。

だって、怖いのよ。


家厳の背中が見える。


「これ! 私がやられた技だ」


望月千代女が声を上げます。

別に大人しかった訳じゃない。

事あるごとに、信長ちゃんの腕に捉まって縋っている。

その都度、長門君が引き剥がしてくれています。


まぁ、それはともかく。

こんなに怖いなら滝川一益を代理に立てればよかったよ。


見ている者も私が斬られたと錯覚しただろう。

信長ちゃんも長門君も藤八らも息を呑んだ。


百地丹波は何が起こったか判らずに顎を外すくらい口を開けている。


2m周辺に入った時点で反転の転移が発動しただけだよ。

目にも止まらない速さでも、AIちゃんなら余裕で処理できる。


しばらく、固まっていた家厳が刀を鞘に入れた。


「儂の負けじゃ」


よっしゃ、宗厳GET!


「ちょっと待った! 俺もやっていいか」


宗厳様がそう言った。

断る訳がない。

あぁぁぁ、生宗厳様の真剣な眼差しが私の心を絞めつけます。


「よろしいか」

「もちろん、OKです」

「OK?」

「お好きにどうぞです」

「感謝を」


かぁ!

凄い気迫が私を襲い。

背中まで電気が走る感覚は至福です。


宗厳様が遠間から居合斬りの型で近づきます。

刹那!

白い線が走り、宗厳様の背中が遠のきます。


「なるほど、奇妙な技だ」


ふり返ると刀を鞘に戻して、私を見つめるのです。

あぁぁぁぁ、死んじゃうよ。


かぁ!

再び、凄い気迫が私を襲い。

幸せ!


間合いを超えて懐に入ると転移が発動します。

刹那、刹那!

転移の直後に振り返った宗厳様の剣先が光ります。


一瞬だって見逃しません。

今度こそ、私の首が飛んだと思うほど、マジか!

宗厳様の視線に私の胸が居ぬかれたのです。

腰が砕けた。

力が入らない。

あぁ~幸せだ。


もちろん、抜かれた刀は空を切っています。

何度でも転移が発動するだけです。


5kmより彼方から光の速さで狙撃でもされないと、AIちゃんの索敵を逃れるのは難しいんじゃないかな?


「完敗だ」

「では!」

「小姓とさせて頂きましょう」

「やった!」


私は慶次様を呼びます。


「慶次、悪いけど肩貸して!」

「どうかしました」

「腰に力が入らないのよ」

「それほど、怖かったと」

「幸せだったのよ」

「ふ、ふ、ふ、それでこそ忍だ」


慶次様の肩を借りて立ち上った私は、5000貫箱を2つ出して家厳と宗厳様に沙汰を言い渡します。


「この金で、今すぐに村を出て尾張を目指しなさい」

「感謝いたします」

「丹波、伊賀を安全に通行させなさい。これは私からの命令よ」

「か、かっ、かっ、かしこまりました」

「必ず、一人も欠ける事なく、志摩まで送り届けるのよ」

「か、必ず」


何をビビッているのか知らないですが大丈夫でしょう。


「宗厳は私達と一緒に行って貰うけどいいかしら」

「仰せのままに」

「丹波、伊賀まで送ろうか?」

「け、結構です。明日までには柳生のみなさんの案内を送ります」

「じゃあ、よろしく」


『転移』


消えた私達に家厳と家中の者が驚きます。

しかし、残された5000貫箱が夢でない事を物語っていたのです。


「あっしはこれで」

「よろしくお願います」

「任せて下さい」


丹波も家厳にあいさつを終えると伊賀に急ぎ戻っていったのです。


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