マイルズ:それから
カゾススを連れてハルトさんが逝った後、皆の守護霊、エルさん、ルーさん、ゴースさん、サイラスさんも消えていった。彼らは見えなくなっても消えたわけじゃない。そこにいるんだ。正直、うらやましいと思う時もある。けれど、ハルトさんは、ボクに大きなものを残していってくれた。
カゾススが消えたからだろうか、古都バージェは崩壊を始め、ボクらは意識のないマーカスの身体を抱えながら急いで脱出した。ボワァール将軍をはじめとする討伐軍も、多くが助かった。ルンナ先生の活躍によるものだという。
古都の崩壊が収まった後、死者の埋葬が行われた。誰に頼まれた訳でもないけれど、ボクたちも手伝った。グラスゴー老師が土魔法で遺体を埋める穴を作る様は圧巻で、魔法に慣れているはずの兵士たちも驚いていた。王国兵士たちの比較的新しい遺体から、身元が分かるような遺物を回収し、老師が作った墓に横たえる。かつてバージェの住人だったのだろう、骨ばかりになった遺体も分かる限りひとりひとり埋めていった。聖女様は、埋葬された遺体に祈りを捧げていく。安らかに眠って欲しい。
大方の埋葬が終わった頃、ボクたち――グラスゴー老師、アルベルトさん、デイルとボク――は、王都へ戻るように言われた。王宮で詮議があるそうだ。首謀者であるマーカスは、厳重な警備の下、すでに王都へと送られているそうだ。
王都では、個別の詮議――と言っても、見聞きしたことを話しただけだ。ただし、守護霊については話さないことをボクらは決めていた。マーカスが悪霊に取り憑かれた(これは本当のことだ)が、聖女様の力で浄化し事なきを得た。そういう筋書きだった。詮議にあたった審問官も、その筋書きになっとくしたようだ。
詮議が終わり、王宮の中庭から門に向かおうとしたところで、ボクは後ろから声をかけられた。
「マイルズ・ヴァンダイン」
そちらを見ると、第一王子、いや、すでに王から継承が告知されているから、今は王太子か。
「シルヴァ陛下」
ボクは、地に片膝を突き頭を垂れた。
「まだ陛下は早いよ。顔を上げてくれマイルズ。少し君と話がしたいんだ」
次期国王たる皇太子の頼みを、無碍に断る訳にはいかない。何より、ボクにはこの後の予定がなかった。促されるまま、中庭にある四阿へと向かった。
皇太子が座った正面の席を示され、ボクは仕方なく腰をかける。給仕の手によって、皇太子とボクの目の前に茶が置かれた。
「ヴァンダイン領から取り寄せた茶葉だよ。君には懐かしい味だろう?」
「ありがとうございます」
芳醇な香りと喉の奥に残るほろ苦さは、故郷の記憶を思い出させる。と、同時に身体から力が抜けて行く。自分でも知らないうちに緊張していたようだ。
「マーカスはね、北の塔に住居を構えたよ。まぁ、幽閉だね。一生、塔を出ることは敵わないだろうね」
人払いをした後、シルヴァ殿下がマーカス殿下の処遇について教えてくれた。
「といっても、本人はどう感じているのか。まるで魂が抜けたように何も話さないし、何にも反応しない。さしずめ“生きた死人”ってところだね」
「……」
「弟だからって、マーカスの境遇に私は同情しないよ。自業自得さ。でもね」
シルヴァ殿下はカップを置くと、ボクを見つめた。
「本当のことが知りたい。
「それは……」
「詮議の内容は聞いている。そうではなく、本当は何があった?」
風が手入れされた庭の草木を揺らす。
「なぜ……」
「?」
「なぜ、ボク――私なのですか? 私よりも聖女様やグラスゴー老師の言葉の方が信頼できるでしょう?」
殿下は、ふん、と鼻で笑った。
「ひとつには、聖女はどうにも信用ならん部分がある。教会の人間だしな。ふたつには、老人は話が長くていかん。特に、はぐらかそうとする時には、やたらと永くなる。みっつめは――これからは私たちの時代だからだよ、マイルズ」
「私たちの時代、ですか?」
「そう。私たち若い世代が動かしていく時代。だからこそ、私は仲間が欲しい。この国をうまく動かしていくためには、同世代の信頼できる仲間が。君のような仲間が」
ボクは、頭を下げて視線を反らした。
「恐れ多いお言葉でございます」
シルヴァ殿下は大きく嘆息すると、身を乗り出した
「そういったのは、いいから。えぇいもう! あのな、簡単に言うとだな、腹を割って話せる、と、ともだちが欲しいんだよ。分かるか?」
「は、はぁ」
「どもだちの間には、秘密があっちゃいけないだろ? デイルとかいったか? お前もあいつに秘密なんかないだろ」
確かに、デイルに隠し事なんかしたことない……かな?
「な? だから、さ。何があったのか本当のところを知りたいのさ」
あれ? 見かけよりもこの人……。
「で? 話してくれるだろ」
「お恐れながら殿下。真実が、非常に辛いものであっても、それをお聞きになりたいとお考えですか?」
「辛い話ならなおさらだろう? 私は、あいつの兄なんだぞ」
そうか。ボクには兄弟がいないから分からないけれど。ハルトさんがいたなら、どう思うかな?
「分かりました。少し突拍子もない話になりますが……」
「構わん。話せ」
ボクは、古都で起きた出来事を、ありのままシルヴァ殿下に伝えた。
※
「ナウマク サンマンダ ボダナン バン! 風撃弾!」
「おぉ~」
ボクの生み出した風の弾丸が、木製の標的を砕いた。
「練習の成果が出てるね」
「ありがと」
あの事件の後、アルさんやデイルに心配されたのは、魔法が使えるかどうかということだった。あの悪霊の言葉が真実なら、ハルトさんがいなくなったらボクも魔法が使えなくなるはずだと。
でも、こうして魔法は使えている。悪霊の言葉が嘘だったのか、それとも。
「あの悪霊は、あなたを混乱させるために嘘を言ったのです」
「そうでしょうか」
「えぇ。私はそう思います」
ボクの隣に立つ聖女様――ルシアが言った。
実は、あれから聖女様、じゃないルシアが、学院に編入してきたんだ。
『悪霊との戦いで、自分の力不足を実感しました』
と、慌てる周囲を説得したという。聖女様は教会の要請で国の中を廻って歩くものだと聞かされていたから、彼女が突然現れた時にはびっくりした。その上。
『聖女様などと堅苦しい呼び方はしないでください。どうか、私のことはルシアとお呼びください』
それ以来、彼女のことはルシアと呼ぶ様にしている。だって、そう呼ばないと怒るから。
「でも、真実がどうであれ、精進しなければならないことに違いはありませんわ。さぁ、一緒に練習を続けましょう」
ルシアがボクの腕に手を伸ばした。でも、その手は途中で阻まれた。
「魔法の訓練も大切だが、マイルズ、君は体力がなさ過ぎる。剣の訓練を優先しなければな」
ボクとルシアの間に、アルベルトさんが割り込んできたのだ。
「あら、ヴァンダイン様、マイルズさまに剣などは必要ありませんわ」
「剣などとは、なんだい? いざという時に身を守るには剣の方が……」
「ですが……」
この二人、仲は悪くないと思うんだけど、なぜか言い合いをしていることが多い。なぜなんだろう?
「剣の訓練だっ!」
「魔法の練習ですっ!」
ふたりが同時にこちらを振り向く。
「「どっちにするのっ!」」
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