マイルズ:魔法学部への編入

 ニッケルとの騒動があった次の日。ボクは普通学部から魔法学部へ編入することが、正式に決まった。極めて稀な例であり、学院ではボクが最初の事例なのだそうだ。


「はぁ~い、口を大きく開けてぇ」


 言われるがままにボクが口を開けると、ルンナ先生は指先に作った水レンズを覗き込んだ。


「ふむふむ。特に異常はないわね」


 ルンナ先生は、机の上に置いた紙にさらさらと何かを記入すると、ひとりで頷いている。


「体調問題なし。年齢の割に体格が小さいけれど、まだ成長期だからそんなに心配することはないわね。さてと」


 椅子から起ち上がると、「ついてきて」と言って、後ろに束ねた長い髪を揺らしながら、扉に向かってスタスタと歩き出した。ボクは慌ててルンナ先生の後を追った。少し良い匂いがした。



「いつもは地下の訓練所を借りて検査するんだけど、目撃者によるとキミの魔法は詠唱の割に大きかったらしいし、ぼくの見立てでも魔力量が多いから、わざわざここを借りたんだよ」


 ルンナ先生に連れてこられたのは、学院の外れにある荒れ果てた場所だった。将来、ここにも建物が建つ予定らしいが、今はまだ工事も始まっていない。ボクらの前方、ベルガ河の川幅くらい離れた場所には、人型の土人形が置かれている。


「さぁ、あれを撃ってみて。風でも火でも、水でもいいわよ。全力でね」

「はい」


 ボクは両手を土人形に向かって差し出し、詠唱の準備をした。それをルンナ先生が少し離れた場所から観ている。


 魔法は、精霊との契約によって行使される。それは人間と精霊の、古い古い過去に行われた消えることのない契約。したがって、人間以外が魔法を使うことはない。獣である魔獣が行使するのは、魔法ではなく邪な霊の力を本能のままに使っているのだと言われている。

 魔獣とは違ってボクたちは、聖句を唱えることで精霊と交感する。それが詠唱。詠唱には様々な方式があるが、基本的には精霊の名を呼び願いを口にする。より上位の精霊を呼び出せば、その分大きな魔法を行使できるけれど、その人の魔力/能力に見合わない精霊を呼び出してしまうと失敗する。詠唱で詠まれる内容も千差万別、個々人によっても違う。詠唱学では、過去の詠唱を学ぶとともに、自分にもっとも適した詠唱を見つけ出すことを目的にしている。

 ボクはまだ、詠唱学を学んでいない。前に魔法を使った時の詠唱は……よく覚えていない。でも、一般的な魔法詠唱なら知っている。魔法は使えなくても、詠唱を覚えることはできたから。ボクは、火の精霊たちを呼びだすことにした。


「イグニス イグナス サラマンドラ、火を司りし精霊よ、集え、火炎の弾!」


 ボクの手から、火の玉が飛び出し土人形に向かって――外れた。いや、途中で消えた。


「えっ?」


 思わず驚きが口から漏れた。もっと大きな炎を、土人形に当てようと思ったのに。


「――ふむ」


 ルンナ先生が、小首をかしげながらボクを見つめていた。


「ヴァンダイン君。ぼくが観る限り、キミの魔力は恐ろしいくらい膨大だ。なのに、魔法自体は魔法を覚えたばかりの子供のよう――いや、実際に覚えたばかりなのだろうが、それにしても威力も精度も低すぎるし、制御もできていない。魔力の流れ自体はあるのに、それが上手くいっていないようだ」

「……」


 魔法医であるルンナ先生は、魔力が見える魔眼の持ち主だ。その先生が言うのだから、間違いはないのだろう。


「少し苦労するかも知れないが、まぁ、魔法の使い方は、じっくりと覚えていけばいい。良い素質を持っているのだから」

「あ、ありがとうございます」


 魔法が、魔法さえ使えるようになれば、もっともっと上手く使えるものだと思い込んでいた。心のどこかで浮かれていたのかも知れない。父はよくボクに「苦労は人を成長させる」と言っていた。

 そうさ、魔法が使えなかった苦労に比べれば、魔法が上手く使えないことなんて、何てことはない。覚えればいいんだ。学べばいいんだ。


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