それでも勇者は旅立たない〜魔王の娘が魔王討伐の旅に出ないクズ勇者を説得に来たけどあまりのクズっぷりに泣かされてます。

あぼのん

魔王の娘、クズとの邂逅

 ここは、魔王候補育成学校女子中等部。

 未来の魔王を育成する為の学校である。しかも女子校、うら若き乙女達が学園生活を送る秘密の花園。

 今日も今日とてそんな場所で、上級魔族の娘達が机を並べて勉学に励んでいるのであった。


「おーほっほっほっほ、イライライザさん。お聞きになりましたかしら?」


 高笑いを上げている少女の名はタカビーシャ。

 取り巻きを数人引き連れて、クラスメイトのイライライザの席へやってきたのだ。


「なんの話、タカビーシャ?」

「勇者のお話ですわ。わたくしのお父様が担当している地区の勇者は、ここら辺でもそれはそれは武勇で名を馳せている者らしいの」

「へー、それは大変だね」


 興味がないといった様子でイライライザが答えるのだが、タカビーシャはそんなこともおかまいなしに話しを続ける。


「んふふ、でもね。お父様の率いる軍隊はとても勇敢な魔族の精鋭ばかりでしょう? だから、勇者なんか簡単に撃退してみせたのよ! おーっほっほっほー!」


 いちいち高笑いをするタカビーシャに苛々しながらも、相手をすると長くなるのでイライライザはその場から去ろうとした。

 すると、タカビーシャが挑発するように言う。


「ところで、あなたの地区の勇者はどうしているの?」

「あ、あたしのところは、別に……ふ、ふつうだよ! 普通の勇者」


 タカビーシャの問い掛けに慌てるイライライザ。

 それもその筈、なぜかと言うと。

 今年の春、新たな勇者達が誕生して、様々な地域に魔王討伐の為に派遣されていたのだが、イライライザの父親魔王の担当地域には、いまだに勇者が旅立ったという情報が入ってきていないのだ。

 いつものペースであれば、最初の難関である洞窟を抜けて、となりの大国に着いていてもおかしくないのに。勇者が洞窟を抜けたと言う報せがないのだ。


「今年もわたくしのお父様が魔王として圧倒的な力で勇者共を駆逐してみせるから、あなたのところも、邪魔にならない程度にがんばってくださってもよろしくてよ。おーほっほっほっほー!」


 取り巻きを引き連れて去って行くタカビーシャの後ろ姿を見つめながら、イライライザは歯を食いしばり苛立ちを噛み殺すのであった。




 一方その頃、人間達の暮らすトアール王国の城下街では。


 ドンドンドン。


 もうかれこれ十分ほど、アパートのドアを叩く音が鳴り響いていた。

 数人の男性が、205号室の前で住人に出て来るように催促している。


「いるのはわかっているんですよ。いい加減出て来てください勇者さん! 勇者さんっ!」


 すると扉越しに部屋の中から怒声が響く。


『新聞なら間に合ってるって言ってるだろうが! 洗剤も山ほどあるわあっ!』


「新聞勧誘じゃないですよー。勇者さん、魔物モンスター対策局の者です! ドアを開けてくれませんか?」


『ああ? テレビはねーって言ってんだろ! この集金893があっ!』


「国営放送じゃねえよ! 国の者だけどそっちじゃねえ! いいから開けろこの税金泥棒があっ!」


 ドアを叩く音が一際大きくなる。

 どこからか、「うるせー!」と怒鳴る声が聞こえて来るが、魔物対策局の職員は根気よく勇者の説得を試みた。

 するとそれから10分ほどして、ようやくガチャリと鍵の開く音が聞こえ、ゆっくりと扉が数センチ開く。


「ちっ、うぜえな。なんだよ?」


 玄関の隙間から覗き込んでいる、死んだ魚のような目をしている男の顔を見て、職員は溜息を吐くとドアの隙間を掴み、足を捻じ込んだ。


「もう逃がさねえぞ」


 冷たく言い放つと、別の職員がドアの隙間にバールのような物を突っ込んで、てこの原理でドアチェーンを破壊する。

 勇者はドアを開けさせまいと必死に抵抗するのだが、数人の男達の力の前には敵わず遂に部屋への侵入を許してしまうのであった。


「くそがあああ! 離しやがれえ! 俺は勇者だぞ、ちゃんと国家資格も持ってるんだぞお! こんなことして許されると思っているのかああ!」

「はい、たった今確保しました。これより連行します。はい、了解しました。暴れた場合には魔法で眠らせます」


 怒鳴り散らす勇者のことは無視して、職員は涼しい顔をしながら無線でどこかとやりとりをしている。

 そして取り押さえられた勇者は、そのまま連行されるのであった。




 そんな様子を自室の水晶玉で見ていたイライライザは絶句していた。

 タカビーシャに挑発されて苛々しながら自宅に帰るとイライライザは、父親が担当する地域に派遣された勇者の動向を探る為に、宝物庫にあった任意の場所を見通せる水晶玉を引っ張り出してきたのだ。

 ご丁寧に、トアールの役所ホームページには勇者の住所が載っていた為、探すのは簡単であった。


「まさか、勇者が逮捕されるなんて……しかも罪状が勇者法違反とは……」


 勇者法第8条:勇者に選ばれし者は、いかなる事由があろうとも、魔王討伐に赴かねばならず、これを拒否することはできないと定める。但し、持病などが重篤な状態になった場合など、魔王討伐に赴けない、やむを得ない理由のある場合には、それと限らないものとする。


 そう、イライライザの地区を担当する勇者は、この勇者法第8条に違反していたのだ。

 勇者といえ公務員である。国民の血税から活動資金が捻出されている以上、しっかり働いて貰わなければならないのだ。


「情けない……心底情けない勇者だ。まさかうちの担当する地区に派遣されている勇者がこんなクズだったなんて……」


 魔王討伐の旅にも出ず、毎月支給される勇者特別給付金で自堕落な生活を送っている勇者に、イライライザはますます苛々する。


「こうなったら……」


 イライライザは決心すると自室から飛び出して行くのであった。




 連行されてから三日後、一週間以内に魔王討伐の旅に出ると言う念書に無理矢理サインをさせられて、ようやく勇者は解放された。


「ちっ、ふざけた野郎どもだ。俺は勇者だぞ」


 地面に唾を吐き、勇者は毒づきながら役所を出て行く。

 途中でクソガキが、「あ、ごくつぶし勇者だ」と指差しながら言ってきた。

 勇者は一瞬、むっとしたものの、子供相手に怒るのも大人気ないので華麗にスルーしてその場を去ろうとする。

 しかし母親が「見ちゃいけません」となにやら汚物でも見るような視線を送って来たので、一頻り卑猥な言葉を浴びせかけてやった。


 そんな感じで、色々と溜まった鬱憤を人妻に向かってぶちまけてから帰宅。ドアノブに手を掛けた所で勇者はなにか違和感を覚えた。

 部屋の中に何者かが居る。そんな気配を感じたので、勇者はゆっくり慎重にドアを開けると、物音を立てないように部屋の中へ入る。


 玄関を入ってすぐの台所を抜けたワンルーム。

 そこに鎮座する謎の人物。後ろ姿であるが女だということはわかった。

 しかも異様に薄着である。胡坐を掻いているのだが、ローライズのパンツから半分尻の谷間が見えていた。


 その女、というかどう見ても少女は、どうやらテレビゲームに夢中になっているらしい。


「く、この! なんだと? くそっ、くっ、あれ? あ、バカ、バカバカ、ばかああああああああ! やってられるかこんなクソゲーーーーーーーーーーっ!」


 少女は苛々をコントローラーにぶつける。壁に投げつけられたコントローラーは、無惨にも粉々に砕けちり、破片が床に散らばるのであった。



「誠に申し訳ございませんでした。必ず弁償しますので許してください」


 床に手を突き、膝を突き、額を擦りつけて謝る少女の頭には大きなたんこぶが出来ていた。


「人の家に勝手に上り込んでゲームした挙句、思い通りいかないからってコントローラーをぶち壊すなんて、これは不法侵入と器物破損という立派な犯罪だよ」


 足元で土下座する少女のことを見下ろしながら勇者は冷たく言い放った。


「大体きみ幾つなの? そんな薄着で男の家に上がり込んで、悪戯しちゃうよ?」

「本当にごめんなさい、反省してるので悪戯はしないでください。てーか、おまえの方が犯罪者だろ」


 そこまで言うと少女は突然立ち上がり、勇者の事を睨みつける。


「ちょっと待て、あたしはなぜおまえに説教されているのだ?」

「俺のプレイスイッチのコントローラー壊したから」

「あー、そうだったね~……じゃねえわあああっ!」


 少女は後ろに跳び退り、勇者と距離を取ると怒声を上げる。


「勇者あ! きさま、なぜ魔王討伐の旅に出ないのだ? 毎日毎日自堕落な生活を送りやがって、それでもきさまは勇者かあっ!」


 そう、皆さんはもうお気づきだと思いますが、この少女はイライライザである。

 魔王の娘イライライザは、居ても立ってもいられなくなり、勇者の元へ直談判に来たのだ。


「はあ? なんできみにそんなこと言われないといけないの? きみ役所の人? にしては随分と変な恰好してるね。肌の露出も多いし。なあに? 新手の美人局?」

「ちがうっ! あたしは魔王コシイタイザーの娘イライライザだ! おまえがいつまで経っても魔王討伐の旅に出ないからこうしてわざわざこちらから出向いてきてやったのだ!」

「それはご苦労なことだね。てーか、自分の父親を倒しに来いって、随分と変わった子だね。イライザップちゃん、だっけ?」

「違えよ、イライライザだ! そんな、結果にコミットしそうな名前じゃねえっ! くそお、なんなんだおまえはぁ。ああもうっ、苛々するぅぅぅぅうう」


 真っ赤になりながら地団太を踏むイライライザ。

 そんな彼女の事を見る勇者の目が、鋭い目つきへと変わる。

 その眼光に射抜かれて、イライライザは一瞬ドキリとして身構えた。


「イライライザと言ったな、貴様に問う」


 重いトーンに部屋の空気がピーンと張り詰めたような感覚をイライライザは覚え。自分の喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。

 そして、勇者が徐に口を開いた。


「なぜ……」

「な、なぜ?」

「なぜ、勇者が魔王討伐に行かなくてはならない?」

「は?」


 勇者の言っている意味がわからず、イライライザは一瞬呆けてしまう。


「だから、なんで勇者は魔王を倒しに旅立たねばならんのだ」

「いや、だって、勇者でしょ? 倒しに行くでしょ、魔王……」

「全然理由になっていないな。てーか勇者ってそもそもなに? 勇ましい者って書いて勇者でしょ? 勇ましいってだけでなんで魔王を倒しに行かないといけないのよ。てーか馬鹿じゃん、それ勇ましいというより馬鹿じゃん。おまっ、勇ましいってだけで行く? 倒しに行く? 魔王。行かないでしょ、ふつう」


 なんだか物凄く馬鹿にした感じで、鼻で笑いながら勇者が言うので、イライライザは自分が何か間違ったことを言っているのかと思い、恥かしくなって赤面した。


「大体、勇者一人が行ったところでどうにもならないでしょう。魔王だよ魔王? じゃあなに。おまえは魔王の娘だから人間の王様倒しに行って来いって言われて、一人で旅に出る? 出ないでしょう?」

「う、うるさいっ! おまえはさっきから何を言っているのだ? 大体おまえは勇者に支給される特別給付金を毎月受け取っているのだろう? だったら魔王を討伐するのはおまえの義務だろう! 権利ばかり行使せずに義務を果たせ!」

「魔王の娘の癖に役所の人間と同じことばかり言いやがって。てーか魔族の偉い人もそんな感じなの? そんなんで人を動かせると思ってるの? 勇者だって人間なんだからね、機械じゃないんだから感情があるの。わかる? 魔王討伐に行ってもらいたいんだったら、もっと頼み方ってものがあるんじゃないの?」


 屑だと思った。まっこと正真正銘人間の屑。イライライザは目の前の駄目勇者、もとい駄目男が、薄ら笑いを浮かべながら垂れ流す言葉に苛々の限界に達する。


「ぶっ殺す……」


 イライライザはこのクズ勇者をこの場でぶち殺して、次の勇者が来るのを待つしかないと考えた。

 本来であればこれはご法度であるが仕方がない。

 いつまで経っても勇者がやってこないとあっては、父である魔王コシイタイザーの威厳が保たれないのだ。


「ならば、この魔王の娘イライライザ様が直々にきさまを亡き者にしてやるわああっ!」


 イライライザは両手を天に掲げると、黒い球体のエネルギー弾を作りだし、勇者に向かって放った。

 大爆発と共に爆炎と黒煙があがる。エネルギーの波が収束して辺りの空気を巻き込むと、その爆風で炎と煙が掻き消えた。

 イライライザの放った攻撃は、凄まじい威力であった。

 それは辺り一面を飲み込み、焼き尽くし、破壊し尽くせるほどの威力を秘めていた。


 しかし……。


 前のめりに突っ伏して、尻から黒い煙を上げて倒れているのはイライライザの方であった。


「き、きさま……な、なにをしたあ?」

「おまえが部屋を吹き飛ばそうとしたエネルギー弾を掻き消して、お仕置きにお尻ペンペンしてやったのだ」


 涼しい顔でそう答える勇者。信じられなかった、あの渾身の一撃を掻き消すなど考えられなかった。

 イライライザはパンツの中に手を突っ込むと、ある道具を取り出す。


「ちゃらちゃらっちゃらーん♪ これは、魔王城にある秘密道具の一つ。相手の能力を見ることのできるスキルスケスケめがねだ」


 言いながらめがねを装着して勇者の姿を見るとイライライザは絶句した。


「な? なんだと、そんな馬鹿な……レ……レベル99だと? めがねの故障か?」


 震えるイライライザのことを見つめながら、勇者は鼻で笑う。


「ふっ、俺んちの前に公園があるだろう?」

「あ……あるな?」

「ある日、暇を持て余していた俺は、公園の花壇で行列を作っている蟻を指でプチプチと潰して遊んでいたんだ。その時に、急にレベルが上がった」

「は?」


 勇者はニヤリと笑う。


「これはもしやと思い。家からバケツ一杯の石鹸水を持って来て巣に流し込んでやったら、あっと言う間にレベルをカンストしてしまったのだよ」

「嘘つけえええええええっ! てーか、蟻? え、蟻で? アリどんだけ経験値持ってんだよ! てーかおまえ勇者の癖に命を弄んでんじゃねえよ!」


 もう言葉にならなかった。イライライザは、目の前の勇者の余りのクズっぷりに、そのくせ最強の力を持っていることが悔しくて、苛々が治まらなかった。


「く……おまえは、一体なんなんだぁ……」

「俺は、俺だ」

「そんなに強いんだったら、さっさと魔王討伐の旅に出ればいいだろぉぉぉ」

「いいや、それは無理だね」

「なんでだよぉぉぉぉ」


 涙目になりながら、懇願するようにイライライザが聞くと。

 勇者はサムズアップしながら爽やかに答えた。


「俺はどんなに帰りが遅くなっても、絶対に家に帰って寝たい派だからな!」

「知るかあああああ! なにが、だからなだあっ! だったら日帰りで魔王討伐の旅に出やがれ、ばーか! ばーか!」


 イライライザはもうどうしようもなくて、悪態を吐きながら勇者の部屋から飛び出して行くのであった。


「なんだったんだ、あいつ……」



 ちゃんちゃん。

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