文豪

斉賀 朗数

作品

「アイワナビーユアドッグ」

 頑なだったあいつの心が開かれた時、オレの気持ちがぐらっぐらに揺れてたなんて、誰が知っていたんだって話だ。

 オレか。オレだけはちゃんと知っていたな。自分自身の気持ちをしっかり把握しているだけでも、ストレス社会って呼ばれる今の時代では結構なことだ。そんなふうに、精神病棟の先生からお墨付きの一つや二つ貰ったり出来んじゃないでしょうか?

「もっかい。もっかい、いって?」

「アイワナビーユアドッグ」

「かー、いいね。日本語でいわれるより圧倒的にクルね」

 いつの頃からか坊助ぼうすけはオレを好いて、オレもまた坊助を好いていた。ただそこに、恋とか愛とかみたいなのが挟まってくるのはなんか違うんじゃないか。そう考えていたらこれだよ。

 好きや嫌いっていっても、それを一概にこうであると決め付けるのは間違っている。それに浅はかだ。人間の心ってやつは、そう単純じゃない。だからといって、その答えをバシッと当てることが出来るってわけじゃない。そんなこと出来るのは、我らがゴッドくらいのものじゃないでしょうか?

 そういうわけで、このお互いに好いている理由みたいなものが判然としねえんだよ。って話を寿ことぶきに話したらいわれたのが、「あれだよ。SMの女王様としもべみたいな関係性なんじゃない? お互いにある程度好いてたりする関係じゃないと成り立たないけど、性的欲求を満たすだけの存在。的な?」って内容。これはなかなかあるんじゃないかな。オレの中では妙に納得がいったりしたわけ。

「オレの犬になったりしない?」って目をぎらっぎらにして、口先だけ冗談っぽくいってみた。

おうちゃんの犬。いいね、なってあげる」

 そこから色々あった。

 なんかピンとこないなあ。いいかた、変えて。犬にさせてください。違うなあ。犬になりたいワン。ははは、絶対にないわ。なるっていってるのに、今更なるきっかけの言葉の選別とか必要? でもここの件で、なんか違うってなったままなのも嫌じゃない? 嫌なの旺ちゃんだけじゃない? そうだけど、駄目? ダメじゃない、そんなことでうんうん悩んでるの好き。そうだろ~、あっ、英語、英語でいって。英語?

 アイワナビーユアドッグ。

 そういう経緯で、坊助は俺の犬になった。

「って流れだったんですよ」

「なんか分かる。旺太郎おうたろう、そういうところ、きっちりしたいんだろうなって。分かる」

 週に四回一緒に飲む。その内の三回目のノルマ達成中、寿に報告しています。

「アイワナビーユアドッグって、まんまストゥージズじゃん」

「なにそれなにそれ? 悪い意味?」

「違う違う。バンド。知らない? イギーポップがフロントマンだった」

「知らない」

「小説書いてるんだから、幅広く知識入れとかないと」

「いいのいいの。幅広い知識があると、逆になにいってるか分からない文になるっていってたから」

「誰が?」

「小説の先生」

「文学も習う時代かよ。やだやだ」

 煙草なんて吸わないくせに吸ってる振りをして、ペッと唾を吐き出す振り。

 寿は稀に真に迫ることをいうくせに、大方のことはぺらっぺらで、それが逆に面白かったりする。確かに読書量は多い。しかし読んでる本は、直木賞とか芥川賞とかを受賞した、権威に媚びたぺらっぺらの本ばかり。それすらもぺらっぺらぺらっぺらと、ページをどんどん捲っていくだけで、内容が頭に入っているとは思えない。

 多分オレの話だって頭に入っていない。でもこれが存外居心地がいいっていうから、人間っていうのは不思議だねえ。

「全然話変わるんだけどね。死んだらしいよ、羽柴壮一」

 ビールも飽きてハイボールも飽きて、チューハイももう飽きるかなって感じぎりぎりの時間。こんなタイミングに投げる話題じゃない。一気に酔いが覚めた。

「どこ情報?」

「小林壮年」

 まさかの団長。

「トゥルーじゃん。嘘偽り無しじゃん」

「当たり前じゃん。俺っちの情報網なめんなよ?」

 小林壮年。誰もが知る、この国の実質トップ。そんなところにまで食い込んでるなんて、やっぱりすごい奴だ。

「やっぱりすげえな寿」

「いやいや、俺ばっかりがすごい訳じゃねえって知ってんだろ?」

「まあな」

 寿がここまですごくなったのは、妹の力にもよるところがあったりもするから、結局すごいのは寿兄妹ってところか。妹が秘匿されたてふてふで、寿は無免許のてふてふ使い。今の時代にそんな才能がダブルで存在するとかバグってる。それにどっかんばっかん産まれる家庭も狂ってる。

「いや、でもやっぱりすげえよ」

「すげえのは知ってるから。謙遜とかしないから」

「だろうな。っていうか死んだんだね、羽柴」

「ああ死んだよ。まあ正確にいうと殺されたんだけど」

「はっ?」

 殺されたっていった? いったよな?

「まじで?」

「ああ、昨日、俺の目の前でばーんって。銃で」

「いやいやいやいやいやいや。ないないない。さすがにそれはないから。だって」

 今朝のメール。寿からの「今からそっち帰るわ」ってメール。いやいやいや。ないない。

「ニュースとかでそんなん一言もいってないけど? さすがに死んでたら、えっ待って待って。もしかして、小林壮年?」

「おっ、するどいじゃん。旺太郎」

「まじかよ」

「まじもまじ。小林壮年に殺してくれって頼まれたんだよ」

「頼まれたって、寿が殺したのかよ」

「いや、妹」

「まじかよ」

 やべえな、寿兄妹まじで狂ってんじゃん。

「でな、相談なんだけど、匿ってくんないかな、妹」

 どうしてそうなるんだ?

 単純に羽柴みたいな要人を殺したから? だけど小林壮年からの依頼で羽柴を殺したなら、小林壮年サイドの人間が妹を匿うのが普通なんじゃないのか? よく分からんっていうのが本心だけど、寿が人にお願いするなんて滅多にないことだし、なにか訳があるんだろう。だからって「オッケー」なんて二つ返事は出せない。

「どうしてオレに頼むんだよ」

「いいにくいんだけどさ、調子に乗り過ぎたっぽい。俺、多分ハメられたんだわ」

「寿はハメる側だろ」

「今ふざける時じゃねえから。いいから聞けって。妹に前からいわれてたんだよ。なにかあったら、旺太郎に頼めって。そうしたら、うまくいくって」

「それって例の力だよな? てふてふの」

「ああ。妹は、未来が見えるからな。でもそれは世界全体の未来ってわけじゃない。それに俺と妹まわりの未来が見えるってわけじゃない。この国の未来。その未来に政府側で映ってるんだとさ。旺太郎が」

「まじかよ」

 大学中退してのほほんって言葉がよく似合うオレが、この国の未来に映ってるとか意味分かんねえ。

「まじだよ。悪いけど、俺は妹を信じてる。あいつが旺太郎に頼れっていったんだ。頼るに決まってんだろ。頼む、旺太郎。俺と妹と、それにお前自身の為にもなると思うんだよ。妹を匿ってくれ」

 なんかよく理解できないけど、オレはもっと自分の未来が知りたいし、それにシンプルに寿が好きだから。

「ああ、いいよ」

 断ったりなんてしない。

 寿の顔が目の前に迫って、そのままオレの唇と寿の唇が重なって、唇を割って舌が差し込まれて全ての歯の表面を舐めるようにぐるりと一周する。

「ありがと。あっ、念の為にいっとくけど、妹に絶対、手出すなよ。あいつ頭おかしいから、男が好きみたいなんだよ。だから俺が性欲処理のためにヤッてたんだけど、俺がいなくなったら旺太郎の体を欲しがると思うんだよな。でも絶対にヤるなよ。そんなところで童貞こじらせたりすんなよ。男ならちゃんと男とヤれよ。妹には、オナニーの仕方教えとくから。それで我慢させるから」

 近親でやるのもやべえけど、男と女でセックスするとか、やっぱり寿兄妹、狂ってるだろ。あと童貞は余計なお世話だから。

 狂ってるっていえば、坊助も結構狂ってたな。坊助が犬になった姿、今思い出しても興奮する。って、興奮とかしちゃうオレもちょっと狂ってきてんのか? 狂ってる人間に囲まれたら狂っちまっても、まあ仕方ないかって。朱に交われば朱に染まるって言葉もあるんだし。あっ、寿の妹が家に来たら坊助とよろしくできない。やばい。それは、つらい。

 でも猶予なんて与えられるわけはなくて、昔からずっと家に飾ってる快獣ブースカのソフビ人形の前に「私も昔から、ブースカと一緒にここにいましたからパヤパヤ」って雰囲気で、寿妹がちょこんと座っていた。どうやって勝手に入ったんだよ。根回し早すぎだろ寿。

 そんなこんなで一緒に暮らしていますよ、オレと寿妹。

 基本的に寿妹のことをコトブキイモウトとオレは呼んでます。理由は驚くほど単純で、名前を知らないからなんです。別に本人に聞いたらいいんじゃないの? って思うだろうけど、てふてふだからなのか、根本的に頭ぱっぱらぱーだからなのか知んないけど、いつも会話の軸がぶれてるんだよ。だから聞く気にもならないっていうか。だって、なにか食べたいものとかある? って聞いたら、豚のごはん。とかいうの。なんだよそれ豚丼かなって思って作ったら、かげろうパタパタとかいって豚丼をベランダから投げ飛ばしやがって。しかも茶碗ごと。なにやってんだよってキレそうになったんだけど、突然はっぴぃ、えーっとなんだっけ? あれあれ。リリキュアGO!GO!の歌だよ。まあいいや、あのはっぴぃ☆なんちゃらとかいう歌を熱唱? いやあれはもう熱唱とか超えてるね、あれはもうね絶唱だよ、うん。キレる気もなくなるって。あんなの見たら。で、ここまでも結構ヤバいなって思ってたんだけど、そっからがもっとヤバかったんだよね。突然だよ、いや本当に突然、五年後の世界が見えるとかいいだして。そのまま目をかっと見開いたら、さっきまでの勢いが嘘みたいに、ぼそぼそちっちゃい声で「霧が晴れた日、殺神がやってくるよ。身代わりマリーもアベルカインもみんな生きていられないよ。SM作家になった旺太郎が十三階の女を突き落とした時、私はキャラメル兄ちゃんにあげるの。おいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいってかわいい兄ちゃん、いい子いい子いい子いい子いい子いい子してあげてね旺太郎も一緒に。でもみーんなどっかで死んで、ここには私と兄ちゃんと旺太郎とあとそこのソフビ。ソフビ、流して、特撮のテーマ。ずんちゃかずたたたずんちゃかずんちゃか、そうれそうれ、みんなで走るよ、マリリン・マラソン」とかなんとかずっと意味が不明で奇々が怪々なこと垂れ流してるから、あっ、これ相手できねえやつだわとオレは認識したわけであります。

 それなのにそういうぶっ飛んだところの中にも、なんだか魅力的なものというか蠱惑的な部分があって、催眠術みたいに言葉が頭の中をぐるぐるぐるぐるくるぐるくるぐるして、気付いたらオレは寿妹で童貞を卒業する。

「って流れだったんですよ」

「やっぱりヤっちまったか」

 久し振りに会った寿は、けらけら笑いながら寿妹の頭を撫でている。ヤってたのは寿だって一緒だろうが。なんて思っても口には出さない。近親だから許されるとか、全然全くそんなことは皆無だけど、でも友達(って認識でいいんですよね?)の妹とヤっちまうような奴に、それをとやかくいう資格なんてものはないことくらいは分かるから。

 それにしても寿も寿妹もだけど、口がうまいというか話を人に聞かせるのがうまい気がする。聞かずにはいれないような、そんな言葉の力。それを持っているそんな気がする。寿妹に関してはてふてふで未来を言い当てる言葉を持っているし、寿は人の懐に入り込む薄っぺらさが特徴の話術でなんやかんや国のトップと直接会話ができるような位置にまで地位を上げている。まあその地位は地に落ちたんだけど。

「妹の言葉、催眠術みたいじゃない?」

 オレの頭の中を覗いたみたいに的確なタイミングで、言葉の力について投げかけてくる。なんだよ、寿もてふてふの力でも持ってるんじゃないの? まあ男の寿にそんな力が宿るわけないから、偶然だろうけど。

「いや、本当に。なにあれ?」

「えっとね、信じないかもしれないけど。あれな」

 そこから寿が語り出した話が、あまりにも突飛でオレは面食らってしまう。

 今の時代になるより以前、人間は基本的に男女が番になって生きていた。恋愛の対象も同性ではなく異性が基本。そうやって恋愛をして結婚をしてセックスをして子どもを宿して子どもを産んで育てて……そんな奇想も天外、摩訶も不思議な時代があったんだとか。で、それを一気に変えたのが小林壮年。小林壮年は当時の日本国のトップと会談を行って、日本国の土地を一部利用して同性愛者の共和国を作ると宣言する。普通に考えたら、国の土地を利用して新たな共和国を作ることを容認されるはずがない。だけど小林壮年は、それを認めさせた。そうやって出来たこの共和国が、どんどんと世界全体に影響を与えるようになった。その最たるものが、異性愛の撤廃。自由恋愛は同性愛でのみ許される形になって、新しい命は管理されて、新生命管理課で人工的に子どもは作られ婚姻関係を結んだ同性夫婦に配分される。そんな今のオレたちにとって当然となったシステムが構築されたとかなんとか。まじかよって感じだけど、この話のどこに寿妹の言葉の秘密が隠されているんだ? って思ってたら話にはまだまだ続きがあった。どうも小林壮年は日本国との会談の際にチート的なことをしたらしくて、くるぐるとか呼ばれる特別な力を持った人間を関与させたらしい。そのくるぐるの力のお陰で、当時の日本国のトップは首を縦に振らざるを得なかったみたいだ。くるぐるの特別な力。それって、寿妹と似てないか? てふてふだって力があるし。彼女らにしか存在しない、特別な力が。これが寿妹の言葉の秘密ってわけか。

「えっ、もしかしてくるぐるってやつと、てふてふって同じなの?」

「イエスイエス。ナイスだぜ旺太郎。しかも闇と光っつうか相反するみたいなところがあるみたいで、その小林壮年側についてるくるぐるの力を、妹の言葉は無力化させるらしい」

「ほー。って、待って待って。もしかして、そのせいで俺たち寿妹とヤりたくなったりしたわけ?」

「ビンゴ。異性愛を撤廃したからって、普通は一瞬で、じゃあ同性を好きになるか。とか切り替えできないだろ? 人間の深層意識っつうのかそれを、小林壮年とくるぐるは、いじっちまったわけ。呪縛みたいな鎖みたいなもんを人間全員にかけたってわけ。その呪縛みたいなのを取っちまうのが、妹の言葉」

「まじかよ」

「きな臭い話だけど、まじ。どうもそのせいで妹をどうにか消したいんだろうな。ただ直接手をくだせるほど小林壮年も自由に動けない。だから妹に羽柴を消させて色々な人間が妹を消そうとする状況を作り出したんだろ。うまいこと使われたよな、羽柴って壮年探偵団を作ろうと動き出した第一人者だろ? だから小林壮年にも結構とやかく口出ししたりしてたんだろうな。それで面倒だし消して、ついでにてふてふも消してみたいなかんじなんじゃねえかな。これは勝手な想像だけど」

 ほえー、そんなことってあるんだな。

 それにしても寿妹の言葉で呪縛が解けたからって、寿妹と普通にヤっちゃうオレと寿ってやっぱり頭のネジ五十本くらい緩まったり外れたりしてるんじゃねえの? ってのがオレの感想。

「って感じですわ」

「なるほどねえ、旺ちゃん、そういうごちゃごちゃした話、苦手だよね」

「まあね。本当はもっと大事な部分があったっぽいんだけど、なんか坊助に会ったらそういうのどっかに飛んでっちまった」

「あはは。旺ちゃんらしい」

「だろ? っていうか、語尾のワン忘れたらだめだから。しっかりして?」

「ごめんワン」

「いい。かわいいし、そそるから」

「嬉しいワン」

「いいっていいって。でもオレ寿から聞いちまったんだわ。坊助、お前女なんだってな」

「なにいってるワン?」

「いや、もういいよ。そんな真似しなくて。お前ボーイッシュなだけの女で、くるぐるで、寿妹と相反する人間なんだろ? 寿妹、今でも殺そうとしてんだろ? 男だと思ってた時もそそるけど、もう異性愛者になっちまったオレが見てもそそるってことは、お前は女ってことなんだろ。多分だけど。いや、すげえよお前」

「なにいってるか分からないんだけどワン」

「ワンの付け方へたくそだな」

「悪かったね。そうだよ。僕はくるぐるだよ。あと神でもあるよ」

「待って待って。神はさすがにいいすぎでしょ」

「そんなことないよ。この国は共和国なんて名乗ってはいるけど実際のところ僕が統治しているみたいなもんだから。トップの有識者や有力者たちはみーんな僕の手のひらでころころ転がされて発言だって僕の意思を告げているだけ。小林壮年だってのろくんだって花屋敷まゆみだってみーんな僕の操り人形なんだからねあはははは。でも一個だけいっといてあげると、僕は女でも男でもないから。だから、旺ちゃんはそそられるんだよ僕にあはははは」

「ごめん、ちょっとなにいってるか分かんないっす」

 女でも男でもない。

 神。

 坊助には、なにいってるか分かんないっていったけど、なんだかピンとくるような気がしたんだよ。DOGってちょっとした隙に、GODに変わっちまったりするんだろうなって。世界全体の異性愛者を同性愛者に変えたみたいに。確かにそれ自体は、くるぐるとかなんとかいった坊助の力の影響なのかもしれないけど、でもそれって本当に坊助がいたから起こった出来事なのかって。オレがオレに服従する犬が欲しいって思った時に偶然犬になってくれるやつが現れるみたいなことが、世界全体にも起こったりする可能性って全然あると思うんだよ。

 それこそ、小林壮年が作った身代わりプログラム的ななんかが。坊助がオレの犬になって多少の苦痛を与えられるから、オレの愉悦が生じる。そういった、誰かの苦しみが誰かの喜びになる、この身代わりプログラムと同じようなシステムが、世界のサイクルっていうか自然の流れとして存在してんじゃねえかな。

 なんか話が脱線してんのかレールの上を逆走してるのか、いまいち分からなくなってきた。まあなんていうか坊助は世界をひっくり返せるってわけだろ? それくらいは第六感っつーのかな? そんなんで理解出来る気がする。いや、理解出来てるつもりになってるだけか。まあなんでもいいか。ひっくり返したら、犬も神になるし、異性愛者は同性愛者になるし、逆にてふてふ(くるぐるも同じかもな)みたいに狂ったやつらが天才になるってわけだ。はっはーん。寿妹が見た未来のオレは、狂ってるからこそ天才で政府側に引き抜かれたりしたんじゃないか? チャンスだね、チャンス。とか思ったんだけど、寿妹がオレにいったことが気になったりして、うーんどうしたもんかって悩みがぐるぐるぐるぐるくるぐるくるぐる回って回る。突然ペカーって頭に光が差し込んで、俺は作家にならなければならんのだ。そうやって、気付いたら十三階の屋上からピューって飛び降りる。地面が見えて坊助が見えて地面が見えて坊助が見えて、坊助とのプレイを小説にすればいいんだーってそのあたりで気付いたんだよ。

 犬になりたかったのはオレ自身。

 ひっくり返った世界を、くるぐるである坊助やてふてふである寿妹を利用し作り出して、そこで元々神だったオレ自身を犬に貶める。壮大なSMだよ、これ。自分の記憶すら消して、なにをやっているというのですかオレは馬鹿らしい。神故に、馬鹿らしさもぶっ飛んでる。っていうか、オレが神なわけないだろ、なにいってんだよ。っていうのが地面と坊助と地面と坊助の間で繰り返されるのは、もうオレの中に誰かが入り込んでるせいじゃないか、なるほど。身代わりプログラム。これは、このタイミングで使うのね。

 えいやっ。

 ぐちゃって音が下から響いてくるのを空気の振動の中に見た。震える空気の中に微かに生命の息吹が紛れ込んでいた。それを吸い込む。オレの肺に坊助が侵入して、肺から全身へと血管の中を坊助が駆け抜けていく。オレがしたことで誰かが苦しんで誰かが喜ぶなんてことはないのだ。そんなシステムなんてものは存在しない。誰かが苦しめば更に誰かが苦しむ。

 ただそれだけの連鎖。

 そんな単純なことを知るために、オレは人を殺したんだ。

 オレの手には、坊助を突き落とした感触が、経血みたいにべったりとこびりついていて、そこにはオレに突き落とされた坊助の絶望や、悲しみや、苦しみや、といった負の念がしっかりと根付いていた。これが生だ、生なんだ。流れる涙の中に潜む坊助が真実を訴えてくるのを無表情で見ていたのに、唐突にオレはオレ自身の無慈悲さに嫌気がさし、坊助が潜んだ涙を見ることに耐えられず、両目に両手の人差し指やら中指やらを突っ込んだ。視界が完全に遮断された時に目の辺りに強烈な熱が生まれる。その時になって、オレは生きるということについて必死になる必要がある事実を知ったが、それと時を同じくして生きるということについて必死になっている一人の人間を殺してまでそれは本当に必要なのかと新たな苦悩を抱いたまま死んだのか死んでいないのか分からない状態で意識がぶっ飛ぶんだ。

「って流れだったんですよ」

「そうやって、神になったってこと?」

「神だし犬ね。話聞いてた?」

「聞いてたよ。ただ支離が滅裂で傍若が無人な話だから、話についていけないの。だから嫌なんだよね、くるぐるの話を聞くの」

「そんなこというなよ。オレだって頑張ってんだから」

「人間なんて、全員頑張って生きてるんですけど? 自分だけが頑張ってるとか思わないでくれない?」

「はい。すみません」

「それで?」

「えっ?」

「結局なにがいいたいの?」

「誰かが望むなら、犬にでも神にでもなれるってことかな」

「じゃあ僕が望んだら、旺ちゃんは死んでもくれるの?」

「いいよ」

「じゃあ死んで」

「坊助も、もう一回死ぬことになるけどいいの?」

「一回死んでるんだし、今更なにも怖くないと思わない?」

「そんなもんかな」

「っていうか、一緒に死ねるの実は嬉しかったりしちゃったりなんかして」

 そうやって坊助が喋った時には、体は地面に打ち付けられていて、オレもオレの中の坊助も全部全部ぐちゃぐちゃになって、これってあれだ。

 こねる前のハンバーグだ。

 これから二人は形成されて、別の形になる。

 それはきっと愛だ。

 愛に他ならない。

 愛なんだよ。




 あの日の旺介に捧ぐ。

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