第11話
「もう一度会いに行く、ですか?」
全員が集まったところで提案すると、小淵さんは不思議そうな顔をした。課題をしていた宵川さんも手を止めてこちらをこちらを見ている。
「…亀梨さんの件はもう終わりました。今回の件は私も反省しているんです。行動に移すまでがあまりに性急過ぎました」
「まだ終わってないよ。亀梨さんはまだ諦めてないはず」
「亀梨さんが諦めてないからなんだと言うんですか?宇川君がフった時点で可能性は潰えました。これ以上は何をしても無駄です」
「でも、宇川君が特定の誰かと付き合ってるわけではないよね?」
「それもわからないでしょう。私達が知らないだけで交際相手がいる可能性はあります」
「それでもいるなら亀梨さんは気づくでしょ」
「…継野君。少しムキになっていませんか?一つ一つに時間をかけていてはこれから持ちませんよ」
「次が来ないかもしれないでしょ」
「…その時はその時です。仕方がないでしょう」
気まずい空気が流れる。紅葉は俺を止めようとして袖を引いているし、新川先輩も不安そうな顔をしている。
「ごめん」
「いえ、私も。すみません」
おかしなことを言ってるのは俺の方だ。
「…私もできることなら亀梨さんの相談を続けたい気持ちはあります。それに、継野君がしようとしていることを止める気もしません。ですが、私はここで別の相談者が来るのを待っていようかと思います。部長も副部長もいないのは良くないでしょうから」
「ありがとう」
「いえ。手伝いが必要になったら連絡をください」
「あの、オレも…」
「はい。聞かなくてもわかります」
「おう、サンキュな、瑠花!」
「…はい」
「…残る」
「え〜っと、私は…」
「私は、継野君達について行きますね。3年ですから」
「なら、私は残ります!」
新川先輩が手伝ってくれることになった。
***
『それで具体的には何をするのでしょう?」
夜、新川先輩が相談部のグループにで尋ねてくる。
『何をすればいいんでしょう?』
『え?もしかして継野先輩、何も決めてなかったんですか!?」
『うん。勢いで?』
『考えてから言うべき』
『ごめんなさい』
『まずは明確な目標を定めるのが良いのではないでしょうか』
『私は元の関係に戻してあげるのがいいのではないかと思います』
『そうですね。それを目指したいです』
部屋のドアがノックされる。
「今大丈夫?」
「おう、どうした?」
ドアが開き未来が顔を覗かせる。
「…テストある?」
「テスト?」
「1年の時の」
「あー…残してあるはず。今必要か?」
「今じゃなくてもいいけど」
「明日までに探しておくよ」
「ありがと。…おやすみ」
「おやすみ」
ドアが閉まったのを確認して、再び画面に視線を戻す。
『継野君?どうかしましたか?』
『すみません。妹と話してました』
『妹さんいらっしゃるんですね』
『はい』
『まずは亀梨さんに会わないことには始まらないですよね』
『そうだね』
『気をつけてくださいね。気性が荒くなってるでしょうから』
『小淵先輩、猛獣じゃないんですから』
『お気をつけて』
紅葉のことを待っていたようだし、用心するに越したことはないだろう。
『あっ、そういえば』
未来と話している間に紅葉も来ていたらしい。
『今日あいつに告られたぞ』
…は?
『え!?水月先輩、マジですか!?』
『マジだぞ。休み時間に呼び出された』
『修羅場』
『予想できたことですけどね』
『なんで言わなかったんだよ』
『普通に忘れてた』
『忘れるか?普通』
『どうでもいいし』
『1年の女子に広まったら大変なことになりそうですね!』
『宵川さん、やめてね』
『しませんよ!?』
『それで、ついでに何個か聞いといた』
『待て、何をだ』
『前に付き合ってたやつはどうしたんだよって』
『馬鹿か!』
『そりゃ、光に比べたらそうだろ』
『そう言う話じゃねえ』
何してんだあいつ。
『してしまったことはしかたありません。それで、宇川君は何と?』
『今はあなたの方が好きですだって』
『うわ』
『あの〜、先に言っときますけど1年だからじゃないですよ!一緒にしないでくださいね!』
『で、オレはお前のことなんて好きじゃないって言ったらいきなり膝を地面につけ始めてた』
『たぶん崩れ落ちたんですよ!?』
『そしたらその状態のまま、どうしたら俺のこと好きになってくれますかとか言われた』
『それで?』
『無視してなんでオレのことが好きか聞いた』
『宇川君に同情するか迷いどころですね』
『走ってる姿が綺麗で一目惚れした、だって』
『やっぱり大会で見たんだな』
『あと、陸上部には戻らないんですかって聞かれた』
『陸上部の練習を見てたようですしね』
『で、オレ光と付き合ってるんだけどって言ったら、俺の方が幸せにできますって言ってた』
『ナルシスト』
『水月先輩はなんて答えたんですか!?』
『いや、こいつ話になんねぇわと思って教室に戻った』
『少しは同情の余地があるかもしれませんね』
『そうですね』
『終わりだ!』
『水月さんと宇川君が1年生の廊下でばったり出くわしたら大変なことになりそうですね』
『紅葉には遠慮してもらいましょうか』
『えっ!手伝うぞ!』
その後、紅葉も部室に残ってもらうことになり、新川先輩と2人で亀梨さんの様子を見に行くことになった。紅葉は途中で寝てしまったのか反応がなかったが。時間も経ったので解散ということになり、俺も未来に頼まれたテストを探し出し、机の上に置くと眠りについた。
***
授業の合間などに様子を見に行く。廊下から教室の中を伺うようにしていると、他の1年生には不思議そうに見られていたが、亀梨さんに気づかれた様子はない。誰とも会話せずただ座っている。
「孤立しちゃってるのかもしれません」
「亀梨さんの場合、周りに目がいってなかったのかもしれません」
周りより宇川君のことを優先していたのだと思う。
「…何の用ですか?」
「え…?」
いつの間にか目の前に亀梨さんが立っていた。
「どうして」
「邪魔なので退いてもらっていいですか?」
亀梨さんは横を通り抜ける。
「亀梨さん、少し話があるんです」
「私はないです」
廊下を歩いていく。呼び止めようかとも思ったがやめた。
「継野君、戻りましょうか」
前に聞いた話では宇川君のところに行っていた。もう諦めてしまったのだろうか?
「継野君?」
「なんでもないです。戻りましょう」
不思議そうな顔をする新川先輩に申し訳なく思う。俺に付き合ってもらっているわけで、無駄足かもしれなかった。
***
放課後、部室へとやってくる。1年生の教室を覗いてみたが、亀梨さんは既に帰ってしまったようだった。
「あっ、継野先輩。放課後はこっちにくるんですか?」
「もう帰ってたみたいだからな」
「もう寄ってきたんですね…なんだか先輩がストーカーみたいですね!」
「やめろ」
にやけながら言う宵川さんをどかしながら椅子に座る。宵川さんの席にはお菓子が広げられていて、椅子に戻ると課題をやる月雪さんに絡み始めた。小淵さんは月雪さんと同じで新川先輩はスマホを弄っている。紅葉はよだれを垂らして寝ている。紅葉も課題をやっていたらしく、腕の下には教科書が広げられたままだ。手遅れかもしれないがハンカチを間に入れておく。
「…ん…」
違和感に気づいたのか紅葉が目を開けるが、再び目を閉じて寝入ってしまった。
紅葉を見ていても起きる様子はない。そのまま寝かせておこうと視線を外すと小淵さんがこちらを見ているのに気づいた。
「どうかした?」
「あっ、いえ、仲がいいなと」
「…まぁ、仲はいいよ」
少し恥ずかしいが、紅葉は寝ているから問題ない。宵川さん達も手を止めてこちらに耳を傾けている。
「いつからの付き合いなんですか?」
「去年からだよ」
「えっ、意外です!もっと前からの知り合いかと思ってました」
「初日に紅葉に絡まれて以来の付き合いだよ」
「へぇ」
「宵川さんと月雪さんは?」
「私達も今年からです!でも、もうこんなに仲良しですよ!」
宵川さんが月雪さんに抱きつく。そのまま頬ずりしようとしていたが、流石に月雪さんに止められていた。
「…離れて」
「え〜」
「邪魔」
「ごめんごめん。怒らないで?ほら、お菓子あげるから」
「…邪魔」
口ではそう言いながらも月雪さんは差し出されたお菓子を口に含んだ。それを見て宵川さんは次々とお菓子を口の前に差し出す。
「あ〜ん」
「…」
仲がいいのは十分伝わった。
「…月雪さん、大丈夫?」
月雪さんは首を縦に振る。律儀に差し出されたお菓子を食べ続けて口いっぱいになっていた。
「ごめんね、白雪ちゃん!大丈夫!?」
お菓子を与え続けていた宵川さんも月雪さんの状態に気づきペットボトルを渡していた。それに月雪さんが口を付ける。
「あっ」
「んっ…ん〜!?」
余計苦しそうにし、目の端には涙がたまり始めている。
「ごめん!それ友達とふざけて買ったやつだった!こっち!こっちは普通のだから!」
月雪さんは差し出されたペットボトルは受け取らず、両手で口を押さえ、なんとかして飲み込んでいた。
「…不味い」
「ほんとにごめん!こっち全部飲んでいいから」
口直しとでも言うように一気飲みしていた。そして、宵川さんも最初のペットボトルに恐る恐るといった感じで口をつけた。
「…先輩方、これ飲みませんか?」
その言葉に反応する者はいない。一口飲んだ飲みの宵川さんが顔をしかめていたのを見たからだ。
「継野先輩、今なら私と間接キス、ですよ!」
「…」
「せんぱーい、無視はひどくないですか?」
宵川さんは手にペットボトルを持ったままこちらに向かってくる。ターゲット絞られた!?新川先輩と小淵さんもホッとしてるし。
「先輩?可愛い後輩が困ってますよ?」
「いやだよ。自己責任だ」
「そんなこと言わないでください。なら、半分。半分でいいですから!」
「無理。自分で飲め」
「なら、一口でいいですから!同じ苦しみを味わってください!」
「なんでだよ!そもそも、それなんだ?」
「…ビーフシチュー味のソーダです」
「…ごめん、もう一回言ってもらっていい?」
「あっ!先輩、飲んで当ててみてください!」
「そんな味のもの飲ませようとするな!」
「聞こえてるじゃないですか」
「なんでそんなの買ったんだよ」
「自分から買ったんじゃないですよ!?友達に押されたんです。もう一本は普通の買ってもらいましたけど…」
「飲めないなら捨てれば?」
「それはなんか申し訳なくて…」
「なら、自分で」
「隙ありっ!」
口を開けた瞬間に飲み口を入れられる。少し歯に当たって痛い。その上いきなり流し込まれたせいで吹き出しそうになるが、宵川さんを引き剥がすと、手で口を押さえなんとか耐える。
「…どうですか?」
その言葉で意識が味へと移る。意識してしまえば口の中は絶望だった。
広がるのは科学の味。謎の苦味を強炭酸が引き立て、なんとかして飲み込めばまた謎の甘みが口の中に残る。だが、一応ビーフシチュー味は感じる、気がする。先に聞かなければ気づかない程だ。
「…宵川さん」
「…はい」
「自分が嫌がることは人にしちゃいけないって習わなかった?」
「…えへへ?」
「笑って誤魔化さない」
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいじゃ」
宵川さんの口に突っ込む。
「ん〜〜っ?!」
俺がほとんど飲んでしまったので残っているのは大した量じゃないはずだが、宵川さんは苦しいのか顔を赤くしている。
「大丈夫?」
「…はい。…酷いですよ!先輩!」
「ごめんごめん」
「許さないでーす」
ドアが開かれる。
「…失礼します」
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