第8話

 暫く待っていると小淵さんたちが部室に来たので情報を共有する。


「宇川君は亀梨さんとその先輩が好き、と」


「亀梨さんがストーカー化している、ですか」


 小淵さんは少し考え込んだあと、言った。


「次はお二人を同席させるでしたね。亀梨さんの方には伝えてありますか?」


「最後に言っておいたよ。大丈夫ですだって」


「宇川君にも伝えておいたので明日は部室に直接集まりましょう」


「ちょ、ちょっと待ってください!本当に会わせるんですか?」


 宵川さんが慌てて叫ぶように言う。


「?そういう予定でしたよね?」


「いや、だって喧嘩になったらどうするんですか?」


「そうですね。お二人には部室で話し合っていただいて、私達は部室の外で待機するのはどうでしょう?亀梨さんが激昂しても先生方を呼びに行きやすいですし」


「そうじゃなくて、喧嘩を防ごうとはしないんですか?」


「そ、そうですね。私も宵川さんと同じ意見です。今お二方を同席させるのは危険かと…」


 宵川さんに新川先輩が続く。2人が言ったことはもっともだ。


「喧嘩になったなら話を聞く限りそれは宇川君の責任でしょう。私達に原因があるわけではありません」


「でも、私達が合わせなければ喧嘩にはなりませんよね?」


「そこまで心配ですか?亀梨さんの方から宇川君には何度か話しかけてると言っていましたし、喧嘩になる可能性は低いでしょう」


「でも…」


「宵川さん、大丈夫だよ」


「継野先輩?」


「そもそも亀梨さんも間を取り持って欲しくて相談に来たんだろうし、喧嘩になりそうだったら俺たちで止めればいいよ」


「そうですね…」


 一応は納得してくれたようだ。少し不満はあるだろうけど。


「そういえば…」


「なんですか?」


「宇川君が探してた先輩って誰かわかったの?」


「いえ、ですが陸上部にはいないようですから卒業したのではないかと。そうでなければ今年から陸上部に参加して、ない…」


「うん。凄い心当たりあるんだけど」


「まさか…そんな偶然ありますか?」


「でも、宇川君だって気になる相手の学年くらいは知ってるんじゃない?」


「もしかして名前を頑なに言わなかったのは…」


「もし本当に水月のことだったら…」


「…修羅場」


「まずいですよ、明日は水月先輩も来るんですよね!?3人が顔を合わせたら月雪ちゃんの言う通り本当に修羅場ですよ!?」


「あくまで仮定の話です。水月さんとは別の人の可能性もあります。ですが、継野君。水月さんに連絡していただけますか?」


「了解」


「相談部のグループを作っておきました。笹木先生には鍵を返した時にお願いしておきます」


「俺が返してこようか?」


「いえ、大丈夫です。というよりも今後鍵の管理は出来る限り私がします。それくらいは副部長としてやっておかないと」


「それを言ったら俺とか何もしてないんだけど…」


「これから増えますよ。では、話を戻しますが、水月さんが宇川君の意中の相手だった場合、継野君に彼氏の役をしてもらいましょう」


「俺?」


「私達の誰かがしますか?確かに水月さんが同性愛者と思い込ませれば宇川君の諦めもつくでしょうけど…」


「そうじゃなくて、水月に断って貰えばいいんじゃないの?」


「断り方にもよるでしょうけど、相手がいないのに簡単に諦めてくれますかね?」


「2人とも好きって言ってたんじゃなかったっけ?脈なしってわかったら亀梨さんに行くんじゃない?」


「あっ、それは違うと思います!」


「そうなの?」


「航平君は2人とも好きって言ってましたけど、亀梨さんを振った時点で順位はつけてるんです。なので亀梨さんのことは先延ばしにすると思います。亀梨さんは航平君に夢中なのはわかりやすいですから」


「…会ってもいないのに宇川君の俺の中の評価が下がり続けてるんだけど」


「あはは、まあキープってやつです」


「若い子怖い」


「継野先輩もですか!?」


「…怖い」


「月雪ちゃんは同い年だよね!?」





***





 夕食後の入浴を終え、自室に戻るとちょうど水月から電話がかかってきた。


「継野か?」


「自分からかけただろ。グループには入れたか?」


「おう!スタンプめちゃくちゃ送っておいたぜ!」


「迷惑すぎる…」


 見てみると通知が大量に来ていた。


「…それで、何の用だ?」


「メッセージ見てない感じか?」


「まだ見てない」


「えっと、まずオレ以外に同学年で部活を途中でやめたやつはいない筈だ」


「なら、水月の可能性が高いか」


「わかんねぇ。美沙にも宇川ってやつのこと聞いてみたけど知らないって言ってたぞ」


「全然接点ないみたいだからな」


「それで明日は継野がオレの彼氏、のフリをするんだよな?」


「ああ」


「なら、明日はオレの事名前で呼んでくれ!その方がほんとっぽいだろ?」


「そうか?」


「そうだ!オレもちゃんと光って呼ぶからな!」


「わかった」


「おう!また明日な!」


 電話が切れ無機質な音が流れる。ふと気づくと雨音が聞こえる。いつのまにか降ってきていたらしい。雨足は強くなっていく。明日には晴れていることを願いカーテンを閉めた。




***



 朝起きてカーテンを開ける。雨こそ降っていないものの未だ黒い雲が空を覆っている。

 朝食を食べながらテレビを眺めていると今日は曇りのち雨らしい。降水確率は50%。一応傘を持っていくべきだろう。

 未来は既に学校へ向かっていて、母さんと父さんはまだ寝ているので鍵を掛けて家を出た。水溜りを避けながら学校へ向かって歩く。


「光!」


「うわっ!」


 後ろから押されて水溜りに足を突っ込みそうになる。


「危ないだろ」


「後ろ姿が見えたから走ってきた」


「わかったから下りてくれ」


 普段男友達のように接しているだけに背中に当たる柔らかさが異性を感じさせる。


「あー、楽だな。このまま教室まで運んでくれ」


「ふざけんな。重いわ」


「そういうこと女子に言っちゃいけないんだぞ?」


「お前にしか言わねぇよ」


「なんか、教室より前に会うの久しぶりだな?」


 水月が突進してきたのは棟へ向かっている途中だ。


「水月が前にいたら気づかれないように歩くペース下げるからな」


「はあ?なんでだよ!」


「朝からうるさいし…」


「ひどっ!?あー、傷ついたなー」


「棒読みやめろ」


 棟に近づき同級生の顔もちらちらと現れる。


「そういえば、なんで名字で呼んでるんだよ?」


「…あっ、あそこにいるの御崎さんじゃないか?」


「美沙〜!!」


「ちょっ、紅葉!?ぐふぅ…」


 振り返った御崎さんは水月に真正面から飛び込まれ、体をくの字に曲げ、そのまま尻餅をつく。


「光が私を名前で呼んでくんないんだけど!」


「うん…そんなことより私にゆうこと無い?」


「…おはよ」


「おはよう…ってまずは謝れ!」


 御崎さんが水月の頭をはたき、汚れを払いながら立ち上がる。そして俺に非難の目を向けてきた。


「継野君、紅葉の事しっかり見ててよ…」


「無理」


 行動が突発的すぎて止めることは俺にはできない。御崎さんも理解してくれているのか深いため息をつく。


「それで紅葉はどうしたの?光って継野君のことだよね?」


「あー、ちょっと部活のことで」


「?もしかして紅葉の言ってた子のこと?宇川、君だっけ?」


「そういえば水月が聞いたって言ってたな」


「うん。後輩の子に聞いてみたらあの人ですよって教えてくれたんだけど、全然知らなかったよ」


「陸上部の練習をずっと見てるって聞いたけど」


「そう!今まで気にもしてなかったけど、気にするともうダメだね。さっきの朝練にも来ててさ。キモすぎでしょ。なんであんなのがモテるんだか」


「…一途さとか?」


「いやー、一途ってか片想いなんでしょ?ストーカーじゃん」


「イケメンだから許されるとか」


「めっちゃ庇うじゃん」


 御崎さんは水月のことを引き剥がしながら笑っている。


「歩きながら話そうよ。立ち止まってても邪魔になるかもだし」


 御崎さんは水月を引きずるようにして昇降口へと向かう。


「で、付き合ってるフリするってこと?それで名前呼び?」


「そういうこと」


「なんか、弱くない?今時友達なら名前呼びは普通じゃん?あだ名とかで呼び合えば?」


「あだ名?」


「私ならミサミサとか。女友達にはそう呼んでる人もいるけど、男友達にはいないから。結局名前呼びもそうだけど、特別な呼び方がいいわけじゃん?」


 話しながら教室入る。もう少しで1時限目が始まる。


「というか、継野君て基本的に距離が遠いよね?」


「そうか?」


「ほら、私の事もずっと名字にさん付けだし。紅葉のおまけで何回も話してるのに」


「そう聞くと少し他人行儀かも?」


「でしょ?だったら、ほら。呼び方変えてみて?」


「えっと、御崎?」


「さっき友達なら名前呼びは普通って言ったばっかりなのになぁ」


「み、美沙?」


「照れてるの?でも、もう一声!ほら、あだ名で!」


「流石に恥ずかしくない?」


「いいから!」


「み、ミサミサ」


「大声で!」


「ミサミサ!」


「よし!そのまま紅葉のこと名前で」


「紅葉」


「ね?照れること無いでしょ?じゃあ、授業始まるから」


 そう言い残して自分の席へ戻っていった。


「で、なんで光はオレのことは名前で美沙はあだ名なんだ?」


「…俺が知るか」


 机に顔を突っ伏す。俺は今、他のクラスメイトからしたらいきなり大声で女子の名前を叫んだやつだ。周りの視線が痛い。

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