6,手づくりの味
19時を過ぎ、外はすっかり暗くなったけれど、お祭りはこれからが本番。シャッターを下ろした店頭から厨房を挟んだリビングにも陽気な笛や小太鼓の音が微かに響いている。
私たちももう少しムードに浸っていたいと思ったけれど、お酒に酔った人や怖い人が増えてくる時間帯だから控えるようにと、今夜泊めてもらうこの洋菓子店を営む中年女性、アケミさんに云われた。
アケミさんによると、昨年は魔女に扮した50代後半の男性が街往く女性に手当たり次第声をかけ、警察官が駆け付ける騒ぎになったという。ゲームのエピソードとは無関係と考えられる事件設定だけれど、生身のプレイヤーが冒険する世界とあって、ゲームキャラクターの細かな記憶も重要なのだろう。
見た目は中年とはいえ、実際の年齢は1歳にも満たないのか、それとも生身の人間が入り込めるゲームだから創業したばかりの30年前から開発が始まっているのか。はたまた、開発者が学生や子どもの頃からずっと存在していて、設定年齢と実年齢が同じくらいなのか。謎は深まるばかりだ。
「はい、冷めないうちにどうぞ。今日はハロウィーンだからパンプキンパイよ」
考えごとをしていたら、おばさまが厨房から白いお皿に載ったパンプキンパイ3人前を器用に指で挟んで運んできてくれた。
「わーい! いっただきまーす!」
片瀬さんに続き、私も「いただきます」と言って、木製の丸いスプーンで東京ドームのような楕円形のパイ生地にさくっと穴を開け、とろりとした黄金色の中味と混ぜて一口含んだ。
うわああ! 美味しい!
思わず顔が綻んでしまう。予想以上に生地がサクサクしていて、カボチャの甘みはスーッと舌を通り抜けてしつこくない。
「ごめんね、これしか出せなくて。一人暮らしだど2日に一度はパイなんだよ」
「あ、いえ、とんでもないです、とても美味しいです」
「うんうんとろとろサクサクでめちゃうまだよ!」
ケーキもあるし、先ほどレストランで食事をしたばかりの私にはむしろ少し多いくらいの量だ。でも、手づくりの優しい味がして、ホッとする。
我が家を思い出す。看護師をしている私の母は早朝から丸一日家を空ける日が多く、そんな日でも中辛のカレーやビーフシチューを、主に私のために作り置きしておいてくれる。私は一人っ子で、父は先日栄転したばかりの大手医療品メーカーの東京本社で夜遅くまで働き、せっかく越してきた新居に帰宅せずホテルに泊まる日も多い。通勤に便利でハワイや欧米諸国のような異国情緒と日本らしさを兼ね備えた素敵な街だと言って新居を選んだのは父なのに。
食後、私たちはリーズナブルなビジネスホテルほどの広さのお部屋に案内された。片瀬さんはお部屋の中にあるシャワー室で静かに湯浴みをしている。てっきり鼻唄でも奏でると思っていたので、少々意外だ。ふと思い立ち、私はふかふかのダブルベッドに腰を下ろして多機能腕時計の下部にあるゲーム会社直通ボタンを押してボビーさんに繋ぎ、開発期間はどれくらいなのか訊ねた。
『一週間だ。企画を含めて十日はかかっていない。我が社はインスピレーション、つまり直感と、それを素早く実行に移すスピード感を大事にしている』
信じられない返答に思わず「えっ!?」と聞き返したけれど、返答は同じだった。不安を
このゲーム、大丈夫だろうか。先行きが物凄く不安になってきた。
あぁ、ダブルベッド、ふかふかだぁ。ホコリが舞わず、クリンネスがちゃんと行き届いている。今夜はぐっすり、眠れたらいいな。明日、無事に目覚められたらいいな……。
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