5,心はいつも17歳

 わあ、やっぱり恥ずかしい。人がいっぱいいるぅ……。


 空も街灯りもオレンジ色に染まる。喫茶店に入る前よりぐんと冷え込み、身を刺す風が羞恥心を増幅させる。


 街をゆく子どもたちはワンピースタイプのギザギザした衣装を着用していて、私たちのように露出度の高い衣装を着用しているのは中高生以上とみられるお姉さんが数人程度だ。他にも、オバケやゾンビのコスプレをしている性別不明の人が数十人練り歩いている。


「わあ! すっごーい! 街も空もオレンジ一色だよ! 高い建物がないから空がよく見える! それにハロウィーンだからカボチャがいっぱい転がっててスペシャルにオレンジだ!」


 空へ向かって両手を広げてはしゃぐ片瀬さんは恥ずかしがる様子など微塵もなく、いまこのひとときを存分に楽しんでいるようだ。


 黄昏時が訪れ、押し殺していた思いが一気に膨らんできた。


 元の世界へ帰りたい。


 必要な私物はボビーさんが渡してくれるというし、あちらの世界へ戻ったところでクラスメイトから揶揄やゆされるだけの気重きおもな日々が待ち受けている。


 やっぱり、帰りたくないのかな。


「さてさて、そろそろお菓子を貰いに突撃しますか! まずはそこのケーキ屋さんから! ヘイヘイパティシエのお姉さん! トリックオアトリート! お姉さんお肌ツヤツヤだねぇ〜、いまいくつ? ハタチくらいかな!?」


「えっ、さすがにお店から貰うのは……」


 片瀬さんは目の前に店を構える扉のないケーキ屋さんで店番をしている四、五十代くらいのふくよかな日系の女性に向かってショーケース越しに声をかけた。


「あらあらお嬢ちゃんお目が高いわね! もう還暦だけど、心はいつも17歳よ!」


「ごめん! 17歳だったかぁ〜。道理で若いと思ったよ! よっ! 世界一!」


「世界一だなんてあらあらっ、いいわ、今日はハロウィーンだからたくさんケーキ作ったけど、あと3時間じゃぜんぶ売り切れないだろうし、好きなだけあげる。そっちの子はお友だち?」


「そうだよ! 二人で旅してるの! ニッポンっていう国から来たんだ」


 紹介されて恥ずかしくなった私は、辛うじてか細い声で「ケーキありがとうございます」と会釈するのが精一杯だった。頂戴したのはなんと、カボチャのホールケーキ。でも生ものだから、早めにいただかなきゃ。


「はいよ。そうかい、旅をしているのかい。街を出ると怖いモンスターがたくさんいるから気を付けるんだよ」


「うげっ、やっぱ出るんだ、モンスター。武器を売ってるお店はどこにあるの?」


「この街に武器は売っていないよ。武器を買うならここから十数キロ東にあるシックルウェアという街に行くといいよ。でも今から行くのは危ないから、明日にしな。そうだ、良かったら今夜、うちに泊まっていくかい? 空き部屋あるし、独り身だから寂しいんだよ。家にある長持ちしそうなお菓子と、裏の蔵から旅に使えそうな道具を引っ張り出してくるよ」


「マジで!? ありがとうお姉さん! 恩に着るよ!」


 私も続いて「ありがとうございます、重ねがさね」と相変わらずか細く言ってお辞儀をした。片瀬さんは凄いなぁ。物事の進め方がとても円滑で、しかもちゃんと心を込めて相手と接している。私一人だったら今頃、ハロウィーンイベントは放棄して、お宿探しに奔走し、満室だったら野宿していたかもしれない。

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