戦闘訓練

3,ヘソ出しミニスカの衣装をもらう

「すっごい! すごいよすごいよ! 土の道だよ! アスファルトじゃないよ! しかもスーツ着てるオジサンが一人もいないし、頭巾かぶってるバスケット持ったおばさんいっぱいいるし、紙袋にフランスパン差し込んで歩いてるお姉さんもいるよぎゅふぇふぇふぇふぇ、えぇ脚しとるのぅ……。そしてなにより、街じゅうオレンジのカボチャだらけだよ! でっかいのもちっちゃいのもオバケの顔の模様に繰り抜かれたのも加工されてないのもいっぱいあるよ!」


 白をベースとした運動靴で土をザクザク踏みながらわいわいはしゃぐ明日香の隣で、沙雪は、舗装ほそうされていない道って珍しいのかな。私が生まれ育った町は土の道も田んぼに沿った砂利道もたくさんあるんだけどな。と、同い年でありながら、育った土地の違いで感性が変わるのだなと感じていた。同時に、明日香のテンションについてゆけず、どう接すれば良いか戸惑っていた。


 案内所から追い出された明日香と沙雪。古びた焦げ茶の木造家屋が建ち並ぶ商店街では、店を営む住人たちが、軒先で「いらっしゃーい! 安いよ安いよー!」などと声を上げ、青果や精肉、鮮魚など、各々おのおのが取り扱う商品を売りさばくために精を出している。16時を回った現在、ディナーの材料を求める人々でにぎわう商店街は、その日いちばんの書き入れ時だ。


 この街、『ビギンズタウン』では、ハロウィンが近いとあって、中心部の商店街には無造作にカボチャが転がっていて、注意していないとつまずいて転倒する。


「さて! ここで立ち止まってても仕方ない! お腹空いてきたしお小遣いもらったし、ちょっとカフェでも寄って一休みしますか! 願わくばメイド喫茶で可愛いお姉さんたちとビュフェフェフェフェ。なんちゃって。沙雪には理解できるかな? この高度なダジャレ!」


「ははっ、ははははは……」


 中年男性のような明日香の趣味とギャグに、沙雪はただ苦笑するしかなかった。


 残念ながら街中を見回ってもメイド喫茶は見当たらず、入店したのは街の景観に見事に溶け込んだ古びたカフェ。店の奥にカウンター席があり、通路を挟んでそれを囲うように配置された四人席がある、スタンダードな内装だ。


 明日香と沙雪のほか、客は四人席に大量の紙袋を置いてコーヒーを片手にスマートフォンを目にも留まらぬ指使いで操作する腰の曲がったヨーロッパ系の老婆と、ポロシャツ姿でノートに筆記している日系の若い男性のみだ。スマートフォンから発せられるギンギンピンピンと響く効果音が迷惑極まりないだろう。


「店員さんいないなぁ。すいませーん! えくすきゅーずみー!」


 厨房と思しき奥の部屋からメイド服をまとったスキンヘッドで細身なアフリカ系の男性が「ヘイヘイちょっと待ってネー!」と飛び出し、両手を広げてスキップしながら二人のいるテーブルのもとへ参上した。やや細身でありながら、筋肉質で無駄に美脚な絶対領域。


「だははははっ! なんだこれ!」


 明日香は店員を見た途端、彼を指差して大笑いした。


「ちょ、ちょっと、片瀬さん、失礼だよ、この世界の文化かもしれないよ」


「お待たせして申し訳ねぇなコンチクショウ! 最大級の誠意を込めてキサマらに萌え萌えなサービスするヨ! これメニューダヨ! 安くておいしいモノたくさーん! ジャンジャン注文して店の売り上げに貢献しろヨ!」


 目を見開き、口を大きく開けてべろべろばーと舌を出しながら謝罪する店員に、二人は微塵みじんの誠意も感じなかった。


「ねぇねぇお兄さん! お兄さんはどうしてメイド服着てるの?」


「お前常識ねぇなぁ! 脳ミソ何でできているんだ!? これは喫茶店では一般的な制服! ただし女の子用ネ! これは俺が好きな子の服なんだけど、今日はお休みだからちょっと借りてにおいを愉しみながらルンルン気分で仕事してるヨ!」


 この人、絶対にしてはならないことをしている。男の人がスカートを穿く国があるからもしかしたらと思ったけれど、違ったみたい。


 沙雪は文化かもしれないなどと店員を擁護した自分をポーカーフェイスで悔やんでいる。


「うひょひょーい! そっかそっかー! 恋が実るといいね! お兄さん私と気が合いそう! ヘイヘイ握手握手-!」


 店員と両手で握手を交わした明日香。店員が「注文決まったら呼んでネ!」と言って再び厨房へ戻ると、明日香は「合点承知!」と、テーブルに置かれた一冊のメニュー表をバサッと豪快に開いた。


「ふむふむ、ソフトドリンクが二十ペイ、コーヒーが35ペイ、料理はサンドイッチが40ペイ、ハンバーグが70ペイなどなど。おえっ! めっちゃ安いじゃん! 超破格だよこれ! アンビリーバボー!」


「品質は大丈夫かな。汚れたお水とか期限切れの食材使ってないかな」


「だいじょぶだいじょぶー! ここはゲームの世界だから消費期限とか食中毒なんかなさそうだし、価格はプレイヤーが生活しやすいように親切設定なんだよ!」


 沙雪の心配を他所に、運ばれてきた料理は絶品で、明日香は「うんまい! 外はカリカリ中はジュワジュワ!」と歓喜し、沙雪は香り高いパンになめらかなバター、それにサンドされたブラックペッパーをまぶしたハムとシャキシャキのレタスに心躍らせ目を輝かせていた。


「ヘイヘイお客さーん! 料理を美味しく味わってくれたみたいで何よりですヨ! そんな素直な君たちにコレをあげるヨ!」


「なにこれ、とんがり帽子にふんどしとスカート、ニーソックスにパンプス?」


 明日香と沙雪は店員から手渡された黒い衣類をまじまじと見ている。


「布の帯はふんどしなんて豪華なモンじゃないヨ! 胸囲きょういに巻くフェルトの帯だヨ! 今日はハロウィーン! これ着て街歩く、大人たちに向かって『トリック・オア・トリート』って元気に言う。大人たちお菓子くれる。俺は物心ついた頃からシーズン問わず夜な夜なやってきたけど、15歳を迎えた頃から世間の目が段々冷たくなってきたヨ! 三十路みそじを迎えた今年、半生はんせいぶりにやってみたらお巡りさん呼ばれてガミガーミ言われて大変だったヨ! 迷惑防止条例違反で罰金1万ペイさ!」


 身振り手振りを交え、相変わらず目を見開きながら饒舌じょうぜつに語る店員はとてもイキイキしていて、実に愉快な人生を送っているようだ。


 ここで沙雪は疑問を抱いた。このゲームが発表されたのはつい先日。開発期間を含めて30年を費やしているとは到底思えないが、住人にはその分の記憶がプログラミングされているのだろうか。または店員も現実世界の住人なのか。直接問いたいところであるが、前者であると判明した場合はその後のやり取りに困るのでやめておいた。


「2階に空き部屋があるからそこで着替えるとイイヨ! ダイジョーブ! かぎあるし、絶対覗いたりしないヨ! 俺は案内人をやってるボビーの弟、エリザベス・ライアー! 絶対に嘘つかない、安心安全の男さ!」


 どう考えても怪しいが、せっかくなのでイベントには参加することにした二人。案内された一切の家具がない部屋に入ると沙雪はさっそくボビーと連絡を取り、隠しカメラや覗き穴などが仕掛けられていないかを点検システムで探索してもらい、安全を確認したところで着替え始めた。


 安全は確認されたけれど、片瀬さんと一緒に着替えるのも女の子同士なのになぜか恥ずかしい……。


 ボビーさんによると、エリザベス・ライアーこと本名ドミニクさんとは本当に兄弟のようで、彼は奇怪な格好や行動等により会社の信用を失墜しっついさせる恐れがある行為に及んだとして、来月分の給与を15パーセントカットされるそうだ。

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