RPG世界へようこそ!

2,チュートリアル

「おい起きろ、起きるんだ」


 男の声が聞こえる。からだを揺すられてる。あぁ、私、生きてるんだ。きっとここは病院で、お医者さんが私の意識を取り戻そうとしてるんだ。でも、もうちょっと眠ってたいな。


 あ、だめだ、一緒に倒れた沙雪の無事を確かめなきゃ!


 まつ毛をこすり、目やにを落として瞼を開く。


 小屋なのか、柱が丸出しで、屋内から屋根の形がわかる木造の建物。ここは病院じゃなくて、診療所? 起き上がって、周囲を確かめる。


「目が覚めたか。ようこそRPG世界へ。パートナーはとうに目覚めて美味しい紅茶を淹れてくれたぞ」


 ベッドの横で腕を組みながら立っている、デニム生地の半ズボンに白いタンクトップ姿のマッチョな黒人男性が私に歓迎の意を示した。


 そっか、沙雪も無事だったか。安心したところで、「ここはどこ?」と訊ねた。


「ここは君たちがユーザー登録をしたゲームの世界だ。発表してから一ヶ月以内にユーザー登録をしてくれた人から抽選で何名かをこの世界に招待している。俺はゲーム会社の広報担当で、案内人としてここへ出張しているんだ」


 何人かってアバウトな。とりあえず私たちの他に何人かこの世界に来てるんだね。


「あー、えーと、うん、なんとなく状況は呑み込めたよ。で、現実の世界に帰るにはゲームをクリアしなきゃいけないの?」


「そうだ。呑み込みが早くて助かる。ではこれからこのゲームについて説明しよう。サユキ! 仲間が目覚めたぞ! この世界の説明をするから、洗い物はやめてこっちへ来るんだ!」


 奥の部屋から「はーい」という声がして、沙雪が部屋に現われた。


「片瀬さん、目が覚めたんだね。良かった」


「イェイ! 沙雪も無事で良かったよー!」


「そうだ、まずは自己紹介からだな。俺は案内人のボビーだ。社内ではブートキャンプにいそうな男として親しまれている。君たちの名前やその他必要な個人情報はこちらで把握している。君はアスカ・カタセだな」


「イエスアイアム!」


 外国人独特のなめらかでハキハキした口調、なんだかテンションが上がってきたぁ!


「アスカ、よろしく頼む」


 私とボビーは右手でがっちり握手を交わした。


「まずは君たちにとって最大であろう懸念事項を取り除いておこう。君たちは現在、こうしてゲーム世界に実体のまま存在しているが、現実世界では君たちに関する一切の記録や記憶など、全ての情報が抹消されている。家族や友人といった関係者や通行人など、君たちが視界に入った者の君たちに関する記憶はもちろん、戸籍こせきに至るまで全てだ。現実世界での君たちの私物は全て我が社で預かっているから心配ない。ゲーム世界でも必要に応じて返却しよう。やがて君たちが現実世界に帰ったときは、抹消された全てが何事もなかったように元通りになるから安心してくれ」


 ふむふむ、現実世界のみんなに心配をかけなくて済むのはいいけど、なんか複雑な気分。私たちが帰ったとき、本当にみんな何事もなかったかのように接してくれるのかな。私たちがいない間の記憶の穴埋めはどうするんだろう。この世界と現実世界のどっちか一つでも、災害とかシステムトラブルがあったらとか考えると、やっぱり心配だな。なるべく早くクリアして、現実世界に帰ろう。


「では続いてこのゲームのシステムについて説明しよう。このゲームでは、プレイヤーが単独またはパーティーを組んで、この世界で暮らすたみの生活をおびやかすモンスターの討伐をメインとして自らの資金を調達しながら冒険し、豊かで平和な世界の創造に一定の貢献こうけんを果たした者からクリア、現実世界へ帰還となるシステムだ。ときに強敵と戦わなければならないかもしれないが、健闘を祈る。


 なお、経験値やレベルは数値化されない。自分の力量をわきまえて、強すぎると思った敵からはいさぎよく逃げるのが賢明けんめいだ」


「ふぅん、要するにモンスターが現れたら手当たり次第倒して、ヤバいと思ったら逃げればいいんだね!」


 冒険なんて芸能人が海外のジャングルでやるもので、私たち一般人には一生無縁と思ってたけど、まさかこんな日が来るなんてね。なんだかわくわくしてきた!


「ちょっと待ってください」


 これまで黙って説明を聞いていた沙雪が、初めて口を開いた。対してボビーは「なんだ、質問か」と沙雪に問う。


「はい。あの、私の理解能力不足のせいかもしれませんが、恐れ入りながらお話が抽象的に聞こえてしまい、『豊かで平和な世界の創造に一定の貢献を』と申されましても、具体的に何を果たせばオールクリアとなり現実世界へ帰れるのか、モンスター討伐以外にも資金調達のすべがあるのかが不透明で、それをお聞かせいただきたく、話の腰を折ってしまいました」


「良い質問だ。だが『豊かで平和な世界』については君たち自らが考えるんだ。資金調達についてはモンスターの討伐以外にも多くの手段がある。自ら仕入れた材料をもちいて造ったアイテムを販売するも良し、材料そのものを販売するも良し、財力があれば土地を購入してそこにビルなどを建設して家賃収入を得ながら冒険するも良し。


 とにかく商売として成立すれば基本的になんでもアリだが、人身売買や煙草たばこ、コーヒーなどの認可されたものを除く嗜好品および無免許による薬物の販売、不正競争などの犯罪行為は罪の重さに応じて爪を剥がされるなどの拷問刑を課せられるから注意するんだ。


 特に植物や薬物、化学物質などは人体に無害であっても認可されていないものを所持、販売、譲渡じょうとすると重罪になるから肝に銘じておくように。当然だが、盗みや殺人もアウトだ」


「ちょっとタンマ! そんなベラベラ言われても覚えきれないよぉ」


「なんだアスカ。君の脳ミソは何でできているんだ。まぁ良い。では簡単に説明しよう。ここでのルールはニッポンとほぼ同じだ。大きく違う点は、猛獣やモンスターを狩猟しゅりょうする資格が誰にでもあるというくらいだ。


 ただ犯罪行為ではないもので絶対に守ってほしいのが、『自殺行為の禁止』だ。


 早く現実世界に帰りたいがために自殺行為に及ぶ者が出るのではと社内で懸念されているが、この世界では、自殺行為による死亡は有り得ない設定となっている。もし行為に及んだ場合は、再びこのチュートリアルからやり直しとなるうえ、この世界で蓄積された記憶が全て抹消される。もちろんこの世界で入手したアイテムもすべて没収だ。また、この世界に長く居座りたいがために自殺行為に及んだ場合は罰金または拷問刑が課せられる。とにかく自殺は絶対にダメだ」


「わかった! 犯罪と自殺はダメなんだね! 最初からそう言えばいいのに」


「端的にいえばそうだが、このゲームが開発された最大の目的は『心豊かな人間を育てる』というものだ。


 プレイヤーには『本当の意味で人生を豊かにするステージ』と思ってほしい。そのために、現実世界では味わえないゲームならではのファンタジックな仕掛けをたくさん用意している。すべてはプレイヤー次第だが、違う世界を知ることで視野が広がり、結果として豊かな人生に繋がるだろう。


 ただ飲み食いするためだけに日々を費やすのではなく、世界のために、誰かのために自分は何ができるのか、よく考えてほしい」


 なるほど、いわばこの世界は実体験型教育プログラム。きっと私たちはこの世界で、学校では教わらないことを身を以って知るために、この世界へいざなわれたのだろう。


「あと、これはインターネットゲームでのお約束だが、このゲームが不採算になったり災害やその他やむを得ない事情で予告なく世界が消滅する場合がある。だが我が社は創業以来30年、ずっと黒字経営だから大丈夫だ。よほど経営が苦しくなるか全人類が滅亡するほどの災害がない限りはちゃんとクリアできる。だがどんなゲームにもいずれ終わりの日は来るから、のんびりし過ぎないように気を付けるんだ。目安は5年から7年程度と思ってくれ。もちろんオールクリアへの所要時間に十分な余裕を持った目安だから余計な心配は不要だ」


「よく免責事項めんせきじこうに記されている覚書おぼえがきですね」


「そうだ。ゲームの世界にもぐり込むなんて体験、そう滅多にできるものではないから、目一杯楽しんでくれ。それがメーカーである我々の願いだ」


 最後に私たちはボビーから腕時計のような通信用端末と、活動資金としてこの国の通貨、1万ペイを渡された。人生ゲームで使うオモチャみたいなお金に気持ちが萎えたけど、有り難く受け取った。


「また何かあったら連絡する。もちろん君たちから24時間いつでも連絡してくれて構わない。俺が不在のときは他の者が対応する。ではグッドラック!」


 私と沙雪は交代でボビーと握手を交わし、背中を押されて小屋を追い出された。


「わああお!」


 すごい! テーマパークみたい! こんなの初めて見た!


 小屋の扉をバッと開いて、外に広がる街並みに私たちは目を丸くして輝かせ、思わず息を呑んだ。

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