月夜の外縁(2)

 鬱陶しく抱きつく幼女人形のフソウを左手に仕込まれた短剣(を元にアルスノで形成された片手剣)で追い払ったシソウは意に沿わない人形2体に背を向け離れていった。失望感に丸まった背中を伸ばして胸を張って肩を後ろに寄せるとそのまま腕の力を抜いて上半身の重さを腰にかけて片膝を少し曲げ上まぶたを半分くらいおろした虚ろな茶黒の瞳でデラヌイの闇をぼんやり眺め、蒼暗く長い髪を膝裏くらいの青いスカートのすそ辺りでサラサラと風に流してその裏で指先を絡ませて首を少しかしげていて‥‥‥‥、シソウはよくそんな風に黄昏ていた。

 可憐な少女人形の後ろ姿の儚い可愛らしさに胸が苦しくてただ見つめる事しかできないレイソウに小さな幼女人形のフソウがピョンピョン跳ねながらプンプンと怒って突っかかってくる。

「レイソウったら、勝手に名前までつけちゃってサ。ホント、ズルいよネ」

レイソウはちょっと驚いて我に帰ると下から見上げてくるフソウの瞳を見て心を読み取りフソウの小さな頭に手を乗せ、ポンポンしながら微笑みかける。

「ゴメン、ゴメン、フソウにも名前つけてあげるね」

フソウは自分の子どもっぽい嫉妬心を見抜かれた恥ずかしさを隠すようにぶっきらぼうに答える。

「べ、べつにそんなんじゃないシ。何でかなって思っただけだモン」

フソウはどうせノロケた答えがかえってくると思ったがレイソウは真剣な表情で離れて黄昏ているシソウを見つめていた。フソウは不思議そうにその横顔を横目に見てレイソウが話し出すのを待った。

「うん。あの人は人形に名前をつけたんだよ、道具としてね。でも、そんなの嫌だ。だって僕たち人間だよ、人形の体だけど。魂がバラバラで本当の自分もわからないけど。だからこそ人形の名前じゃ心まで人形になっちゃうから。だから人としての名前が必要なんだ」

不理解を首をかしげてあらわす幼女人形。

「よくわからナイ。フソウはフソウだヨ」

顔を向けてそう宣言する幼女人形にレイソウは意思悪な微笑を向ける。

「じゃあ、僕からあげる名前はいらないね」

「えっ、やだやだ、欲シイ。レイソウからも名前欲シイ」

子どもらしくだだをこねるフソウのもっと根源的なところに施された処置の痕に怒りと哀しみが混じってレイソウは唇を噛む。

(この子は人形師に造られた通りの存在でしかいられないんだ。けど、それはボクも同じか。レイ‥‥ソウ‥‥。ボクも命名者に与えられた役割に踊らされているだけなのかもしれない。でも、だからこそだよ。ね、シエン。ボクたちには必要なんだよ)

「フエン‥‥だよ、君の名前は」

「フエン、フエン。よし覚えたゾ。シソウに自慢してヤロ」

「えっ、それはまずいかも‥‥」

止める間も無く走って行ったフソウがシソウに絡んで騒ぎ立てている。レイソウは戦慄の予感しかしない。案の定、シソウは自分だけが貰った特別を易々と他人にも振りまかれた事を知り、恋人に浮気の証拠を突きつける女のような怖い目でレイソウを睨み付ける。レイソウはとっさに後ろを向いて視線を避けてあげた。

(目が合ったら怒らずにはいられないでしょう。本当は怒ってないくせに‥‥)


 図らずしも後ろを向いたことでレイソウは気づいた。もう一人、仲間の少女人形が来ていたことに。

「視線がすれ違うように、心もすれ違う。相変わらずね、貴女たちは」

演技臭く格好付けてそう言った少女人形は撫子色のマッシュルーム気味のショートヘアの前髪を色とりどりのネイルの白い細指で耳にかけながら小悪魔っぽくニヤけて見せる。

「ヒソウ、ッ‥‥‥」

ヒソウと呼ばれた淑女人形は急にレイソウを抱き寄せて胸に押し付けた。

「どうした、レイちゃぁん!シソウとケンカしたぁ?振られたかな、振られたかなぁ。私が癒してあげるよぅ」

「い、いや私たちはそういう関係じゃないから‥‥。痛い!柔らかくもないんだから」

レイソウがいくらもがいてもより大きい体の人形には敵わない。そうこうしている内にレイソウは肩を掴まれて今度は顔に引き寄せられた。

「ツンツンしちゃって。そんなにショックだったの?大丈夫、お姉さんが忘れさせてあげるね」

そう言ってヒソウはレイソウにチュウ~ッとキスをしようとする(そんなとこシソウに見られたら殺される!)が抵抗してもがくレイソウの手が淑女人形の造り物の胸を押したのでヒソウは色気を出して胸を庇うようにしてレイソウを離した。

「イヤン、レイちゃんたら肉食獣」

「よく言うよ。肉なんて無いくせに」

レイソウは危機は脱したが手遅れの予感がした。後ろから迫り来る幼女人形の気配を感じたからだ。なぜか目を濡らすほど興奮しているフソウはレイソウの背中にアタマから飛び込み押し倒した。

「コラー、レイソウ!今度は巨乳か!貧乳は飽きたってか!このケダモノ、肉食獣!」

レイソウは背中の上であらぬ疑いをかけられまくし立てられる。しかし、そんなことより別の視線に背筋が凍った。

「ホント、ケダモノなら良かったのに‥‥‥」

やはりシソウがあの怖い目でレイソウを睨み付けていた。

(はぁ‥‥。地面が冷たいよ‥‥‥‥)

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