悪夢狩人《ナイトメアハンター》

木登りブタ

短編

空には満月が上り、無数の雲が流れて行く。眼下には捨てられた街と言うべきか。コンクリート製の建物は壁に穴が空き、木造の住宅は窓ガラスが全て割れて瓦礫が散乱している。道路も足の踏み場が無いほど瓦礫が散乱しており、アスファルトはヒビだらけで所々地面が見える。

 そんな中、黒髪に蒼い瞳の少年【霧崎秋人きりさきあきひと】は息を切らしながら必死で逃げていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……(逃げなきゃ!!逃げなきゃ殺される!!)」


秋人は瓦礫の散乱する廊下を走りボロボロの本棚の影に身を潜める。


(頼む来ないでくれ!!)


バリバリバリ!!少年の背後の壁が音を立てて壊れ落ち、赤い甲冑を纏った侍が秋人の腹に単刀を突き刺す。


「あああ゛あ゛あ゛!!」


秋人は腹の中に鉄の冷たさを感じながら悲鳴をあげ、ゆっくり後退りをして腹から単刀を引き抜く。


(逃げなきゃ!!)


秋人は痛む腹を押さえて侍から逃げる。瓦礫が散乱する階段をかけあがり、ボロボロで汚い廊下を走り、学校の教室と思われる部屋へ逃げ込み教卓の下へ隠れる。


(来るな来るな来るな来るな来るな来るな!!)


秋人の必死の願いもむなしく、単刀を持った侍は不気味な面を秋人に向けて真っ直ぐ向かってくる。


「(来るなよ)グアアア!!」


侍は教卓ごと秋人を蹴り飛ばして壁に衝突させ、並べてあった机はグチャグチャに倒れる。


(にげなきゃ!!殺される!!)


秋人はベランダに出ると隣の教室へ向かって走る。しかし隣の教室は全て窓がしまっており、窓ガラスを割ろうと拳を叩きつけるがびくともしない。


(誰か助けてくれ!!)


秋人はジリジリと追い詰められ、4階のベランダから地面に飛び降りた。


「ハァ!!……はぁ、はぁ、はぁ……夢……」


秋人はアナログの目覚まし時計に手をかけて電気をつけると、時刻は午前3時33分と表示された。


「まだ3時間半も寝れるじゃないか……」


秋人は乱れた掛け布団をベッドに立ち上がって直し、掛け布団に潜り再び天井を見て目を閉じる。


(心臓が痛いし、頭も痛い。おまけになにかに引っ張られるような感じがする……。コレ朝まで寝られないやつだ……)


翌朝


(結局寝られなかった)


秋人はチカチカと痛む目を押さえながらいつもと変わらぬ街並みを歩く。学校へ向かう小学生の集団、無駄にスピードを出す車、洗濯物を干すお母さん達、そう。は変わらない、訳のわからない者に襲われて逃げ惑い、死んだ事実などない。あの出来事は間違いなくであり自分とは関係ない。というかもう思い出せない、ただ悪夢を見ていたような気がする。そんな感情だけが残り秋人は夢だから良かったと結論づけ、もう忘れる事にした。


「き~り、さき。オッス!!」

「いきなり腹を触るな斎藤さいとう!!」


いきなり秋人の腹を揉んだ茶髪で赤い瞳の少年は斎藤翔太さいとうしょうたは秋人の同級生でクラスメイト、いろいろヤベぇ奴だが自称健全な日本男子高校生だ。斎藤は秋人のぽっちゃりとした腹を学ランの上からプニプニと揉む。


「いいじゃないか霧崎、腹揉んだ所で減れば儲け物だろ?」

「お前の女への要求不満を僕の腹で代用するな!!」


秋人は斎藤の腹を逆に揉んでやろうと掴みかかるが、斎藤は秋人をおちょくるように回避して走り去る。


「触れるものならさわってみろデブ!!」

「うるせぇ!!」


秋人は斎藤に引き離されながらも追いかけた。


キーンコーンカーンコーン


特にいつもと変わらぬ授業が終わり、昼休みが訪れる。


「霧崎、お前は相変わらず少食の癖してデブだな?」

「うるせぇ……」


斎藤は秋人の前の席に座り、秋人が手に持っているサンドイッチを見てバカにする。しかし秋人はいつも言われていることなのでさらっと流すと、斎藤が親指でベランダの方を指差しした。秋人は指先をたどっていくと窓際で桃色の長い髪に黄色の瞳。そしておっきいおっぱいの少女【高木桃花たかぎももか】と黄緑の美しく長い髪に黒淵眼鏡、そして高木ほどではないがそこそこ大きいおっぱいの少女【神田明美かんだあけみ】、肩程の蒼髪に紫の瞳。おっぱいは大きくは無いが形のよい美乳の少女【水野雪みずのゆき】の三人が楽しそうに笑いあっていた。


「相変わらずいいオッペエしてるよな高木は、隣の神田もいいけど神田はチト小さいからね。オッペエはやっぱりおっきい方が良いだろ?」

「そうかなぁ……?!」


秋人は冷や汗をかきながら視線で斎藤に「後ろ!!」と送るが斎藤は熱弁し始める。


「オッペエってのはデカさが一番!!、次に形、そして色だ。高木のあのオッペエを見ろ!!」


斎藤は再び高木を指差し、神田、水野と笑いあう高木さんの姿が目に写る。


「あの男どもの本能を駆り立てるようなオッペエでパッツン、パッツンのセーラー服。スタイルもクビレがあるし天野みてぇな貧乳怪力ゴリラとは次元が違う」

「へぇ…誰が貧乳怪力ゴリラですって?」


斎藤は恐る恐る後ろ振り向くと額に血管を浮き立たせた、赤く長い髪にオレンジ色の瞳のペッタンオムネ少女。【天野咲あまのさき】が腕を組んで立っていた。秋人はそっと斎藤のひきつる顔に向かって合掌し、天野の殺気に教室全体が凍りく。そしてその光景を「またかよ」と呆れながらそれぞれのグループが斎藤を眺めた。


「何か勘違いしていないかな天野さん」

「ちょっと歯を食い縛りな斎藤!!霧崎!!」

「僕もですか?!」

「うるさい!!」


バシッ!!鈍い音が教室に響き渡り。斎藤と秋人の頬に拳型の青あざが出来た。



「チクショウ!!ペッタンオムネの癖にぃ~」

「何でも僕も……」


夕日を背景に帰路を斎藤と二人で歩いていると斎藤の足が突然止まり、吸われるようにすれ違った他校の女子生徒2人のお尻を追う。「カモンカモン」斎藤が秋人に手招きするが秋人は自身の顔と腹を指差して手でバツを作る。そして程ほどにしろよと斎藤に指差しして一人帰路に戻った。いつもと変わらぬ道、いつもと変わらぬ街並み、いつもと変わらず人々が行き交う交差点。そんな中いつもと違う香りが鼻に入る。


(なんだこの匂い?)


それは花のような匂いだった。嗅いでいるだけで心が落ち着き、不安、恐怖、後悔。そういった負の感情を癒してくれるような優しい香りだった。秋人は香りにつられて路上裏に入り、人一人がやっと通れるような道を進むと建物密集地にポカンと空いた空き地にたどり着く。


「ここら辺にこんな場所があっとは知らなかった……」


秋人は四角くくり貫かれた空を見上げていると空き地の片隅に錆びたトタン張りの小屋を見つける、恐る恐るその小屋に近付くと傾いた木製のボロボロのドアに【悪夢祓い】とかすれた文字で書かれた表札が掛けてあった。


「ゴホッ!!ゴホッ!!うちにご用ですか?」

「いえ!!」


秋人はとっさに否定して振り向くと白髪で今にも死にそうな老人(ホームレス?)が杖を付き、立っていた。


「そうか……なら良かった……」


老人は優しい笑顔を秋人に見せるとボロボロのドアを開けて中に入る。


「お兄さんや、間違いかもしれないがもし、に誘われて来たのならお兄さんはに取りつかれておる。ワシの余命は余り長くないから、悪夢を倒して欲しければ早めに来てな……」


老人は「ギイイイイ」と鈍く鳴るドアをゆっくり閉めた。


(香り……まさか、そんなのあり得ない)


秋人は老人の言葉で何故か胸が締め付けられるような感覚に襲われた。しかしその感覚は直ぐに収まり秋人はとくに寄り道もせず家のアパートに戻って宿題を終らせ、簡単なタラコパスタを作ってご飯を食べる。そのあとは歯を磨いて風呂に入り、ベッドの上でスマホを少し触って眠りにつく。


「誰か助けてくれ!!」


秋人は瓦礫が散乱する街を走る。背後からは赤い甲冑を着た侍がゆっくり歩いて秋人を追う、しかし侍はゆっくり歩いているにも関わらず秋人から一定の距離に存在し、物影、部屋の中、床下、天井、クッションの山。何処に隠れても真っ直ぐ秋人に向かって進み、どの角度からも単刀を秋人の腹に突き刺す。


「いだいいい゛ぃぃ」


秋人は逃げる、単刀を何度も刺され痛む腹を押さえて逃げる。不思議と血は出ない、しかし痛みだけが残り秋人に現実と思わせる。


(いやだよぉ!!助けて!!)


何度刺されたかも分からない、どれだけの時間逃げ回ったかも分からない。息切れはするが何処までも走れる体。痛みは感じるが直ぐに収まり傷口が消える体。普通に考えれば現実ではないのは明らかである。しかし痛みと恐怖が現実であると秋人を錯覚させる。だがその時は唐突に訪れた。


(これは【夢】だ!!)


何がきっかけだったかは分からない、しかし秋人は夢の世界と気付き、世界が崩壊する。


「ハァ!!……はぁ…はぁ…夢?だよね」


ベッドから飛び起きて目覚まし時計を見ると2時55分と表示された。


(くっ!?……この感覚は!!)


秋人は強烈な睡魔に襲われ再び悪夢へと誘われる。目に写るのは先ほどと同じ廃墟の建物と自分を襲ってくる侍。


(起きろ!!起きろ!!)


秋人は夢の中の自分ではなく、現実世界の自分のまぶたを意思で強引に開ける。世界は廃墟から秋人の部屋に変わり目が痛むがまた強烈な睡魔により悪夢へ誘われる。これを何度か繰り返し、気付いた時には空は白くなっていた。


「き~り、さき。オッス!!」

「…………」

「どうした霧崎?、テンション低いなぁ」

「実は悪夢でろくに寝られなかったんだよ……」

「悪夢?子供か!!」


斎藤は秋人の頭を軽く叩くが秋人は無視して学校に向かう。授業中下火の睡魔が秋人を苦しめるが頬をつねったりシャーペンを手の甲に突き立てたりして何とか乗り越え、秋人は昨日立ち寄った【悪夢祓い】の古い小屋へ向かう。


「すみませ~ん」


古いドアをノックして開けると中はトタン丸見えの内装で奥には5畳の畳の部屋と手前は2畳程の土間があり、土間には2組の古い丸椅子と一組の古い机が置いてある。老人は片方の丸椅子に座っており秋人の顔をみてニコリと笑う


「来ると思っていたよ。さぁ、そこの畳に横になって。悪夢は今日で終わりだ」


秋人はボロボロの畳だったがそんなこと気にせず横になる。すると老人は秋人が引き寄せられた香りのするお香を秋人の頭上に置き、老人も秋人の隣に寝転がる。


「目を閉じて夢を見なさい……大丈夫。悪夢はワシが倒す」


「ほんと……ですかぁ……」


お香の香りのせいもあり秋人は眠りにつく。そして目を開けるとそこはいつもの瓦礫が散乱する街並みが広がっていた。ただ赤い甲冑を着た侍が一人ではなく10人だったが……。


「終わった……」


秋人は力無く地面に座り込み、侍達は不気味な面を秋人に向け、ゆっくり囲む輪を狭めてくる。


「(こんなの逃げられないよ……)助けてくれるんじゃなかったのかぁああ!!」


侍の一人が秋人の腹をめがけて単刀を突きだす。


「遅くなってすまない、なにしろ久々に悪夢の世界に入ったもんでね。少し手間取ってしまった」


侍の単刀を素手で止めた、金髪に藍色の瞳の青年は秋人に笑って見せる。


「あなたは?」

「私はアルフォード・ライト・スミス【悪夢狩人ナイトメアハンター】だ」


アルフォードは右手の白い日本刀で侍の首を切断すると単刀を止めていた左手を離し、腰のホルスターから白い拳銃を抜いて秋人の背後に迫る侍3人の頭を撃ち抜く。侍達はアルフォードを危険と判断したのかアルフォードに向かって走り単刀を振り下ろす。


「おせぇよ……」


アルフォードは鞘に刀を納め、拳銃を腰のホルスターに戻す。すると左右に3体ずつ襲いかかっていた侍はそれぞれ頭、首を撃ち抜かれ、切られ地面に横たわる。


「凄い!!」

「まだ安心はできない、この悪夢を作り出した元凶がいるはずだ」


【グオオオオオ!!】


遠くの廃墟から突然黒い大蛇が立ち上がり、近くの建物を破壊して暴れる。


「どうやらあれがお前の悪夢の元凶らしいな」


アルフォードは腰を抜かして地面に尻餅をつく秋人に、ニヤリと笑って見せると10メートルはある建物の屋根に跳び乗り、黒い蛇に向かって走る。


「これで終わりだ【聖なる弾丸ホーリーブレッド》】」


アルフォードは宙に跳ぶとホルスターの拳銃に白い光を集め、西部劇の早撃ちガンマンのように素早く拳銃を抜いて発砲する。発砲された白い光は黒い大蛇の頭を撃ち抜き、大蛇は断末魔の叫びと共に白い霧となって霧散した。そして悪夢の元凶がいなくなったためか、瓦礫が散乱していた街が白い光と共に崩壊し、一面色とりどりの花畑へと変化する。


「よいしょっと」


アルフォードは秋人の隣に降り立つとサムズアップしてニコリと笑った。


【撃破完了!!】



「ここは?」

「気分はどうかな?」


秋人が目を覚ますと隣であの老人も目を覚まし、笑顔で秋人を見る。


「ええ、アルフォードって言う人が悪夢を倒してくれたので大丈夫です」

「そうか、それはよかったのう……」


老人は白く伸びたひげを撫でると秋人にサムズアップする。


「悪夢に悩まされればまた来なさい、ワシが倒してやろう」

「え……?!もしかしてあなたが助けてくれたアルフォードさん?!」

「そうとも!!、まぁ次まで生きていられたらだがの」


                完

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悪夢狩人《ナイトメアハンター》 木登りブタ @KOMORU0316

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