それは、ちょっとだけパラレルな世界の物語。

サイタニヤ

第1話 リセマラ出産


それは、ちょっとだけパラレルな世界の物語。


彼女の名はまゆこ。

いわゆる名の知れた私立大学を卒業して大手商社に入社したキャリアウーマン。そして2年前、28歳の時に大学の同窓である後期研修医のまさはると結婚した。


お互いに仕事は順調で真由子の担当する業務は一区切り。

キャリアへの影響を抑えながら結婚するとしたら「今でしょ。」

タワマンの寝室でせっせと子作りに励みながらの2か月間。検査キットにピンクの線が浮かんだ時には彼とハグして喜んだ。


彼女には夢がある。

子供はやっぱり男の子。

彼のハンサムで頭脳明晰な遺伝子を十分に受け継いで、健やかに育ってほしい。そして週末はいっしょに親子デートしたい。

彼が開業するであろう総合診療科の病院を受け継いでもヨシ、私のように総合商社で活躍してもよし。


けど、男の子限定。就職して実感したキャリアの壁。

やっぱり男の子じゃないとガラスの天井に阻まれて人生ハードモード。

自分が実際に感じている分、友達よりも一層感じるジェンダーへのこだわり。

まゆこは初志貫徹がポリシー。翌日さっそくフレックスで都心の産婦人科を受診した。


「出生前健診には異常はありません。元気な女の子が産まれますよ。」

突然暗転する世界。なんで女の子なの?

彼女は一瞬考え、躊躇せず目前の医師に告げた。

「堕ろしてください。」と。

処方された薬は、ほぼ3日で彼女を受胎前の身体に戻してくれた。


確率は1/2。半分は女の子が出来るんだから仕方がない。

妊娠をリセットした彼女はまさはるとの夜の営みに励んだ。

2か月ほどでまた、妊娠した。そして女の子だった。


彼女はまたリセットした。普段迷信を信じない彼女が、男の子が生まれやすいという様々な食べ物や生活に取り組んだ。

まさはるも協力的だった。でも、ある日彼は「次の子供は、どっちでも産もうよ。」と突然言い出した。


まゆこは信じられなかった。彼も当然、男の子を授かることを心待ちにしていると信じてうたがっていなかった。

まさはるにはガラスの天井がないから、そう言えるんだよ。と思った。

信じられるのは私だけだと考えるようになった。



それからまゆこは妊娠してもまさはるに伝えずに、受診し、リセットを繰り返した。

3度目の妊娠の時、医師から「母体にも負担がかかるので、堕ろさずに産んだ方がいいですよ」と言われた。

次の日には別の病院を受診して堕ろした。それから彼女は毎回産科を変えるようになった。


まゆこは焦っていた。

自分のキャリアを考えれば考えるほど、子どもは1人しか無理だったし、タイムリミットもどんどん近づいてきていた。

1人しか産めないのなら、男の子を。


妊娠は7度目を数え、累積で考えれば確率は1%を切るところまでやってきた。ただ、毎回1/2なのは分かっている。

しかし、無情にも7回目のおなかにも女の子が宿っていた。


程なくしてまさはるが友人から「お前の奥さん、うちで堕胎したぞ」と聞かされたのはそれからほど近い、大学のOB会だった。

同意書には彼の名前が書いてあったらしいが、筆跡がおかしいと思って気になっていたそうだ。

「浮気してるんじゃないか?」とも言われた。


まさか、昨日もあんなに愛し合ったのに。

たしかに最近は妊娠したとも聞いていない。様子も普段と変わらない。

男の子を授かるんだと一生懸命トライしている妻が、子供を堕ろしていた?

青天の霹靂だった。


早々に席を立って、家に帰って普段通り残業でおそくなっているまゆこを待った。しかし、思い直したのだ。

もし、他に男がいるとしたらいま詰問して言い逃れられたら困る。

尻尾を掴むまでは泳がせておいた方がいい。

そして彼は探偵と弁護士を雇った。


それから2か月が経った。

まさはるの元には探偵から、まゆこの行動がおくられてくるが、浮気の証拠になり得るものはなかった。無能な探偵めと思った。


セックスは続けている。

正直、浮気をしているかもしれない女と寝るのは気色が悪かったが、しなくなったら警戒しているのが漏れるかもしれない。


まさはるが悶々としていたある日、まゆこは満面の笑みで彼に告げたのだった。

「妊娠したの、男の子よ!」

とつきとうかは瞬く間に過ぎ、珠のような男の子、かずまが家族の一員になった。


まさはるはもちろん遺伝子検査をし、2人の息子ということを確認した。

そしてまさはるは思うのだった。かずまの前に何人の水子がいたのだろうかと。













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