4  -瑠璃色の魔法少女-

 



 それは脳裏に現れた蒼い影。

 

 薙乃が『薙乃』になった最初の瞬間から『武器を識る人ウエポン・マスタリー』というフレーズと共に、しかし関連無く別途に浮かび上がった外来の深層記憶。花のように広がるスカートが特徴的な凛としたドレス姿のシルエット、仄暗い水面に波紋を立てずに佇む少女の存在。


 脳内の異物、既知であり未だに制御ままならぬその領域に薙乃は手を伸ばす。


 それが何を意味するものなのか薙乃には最初理解出来なかった。しかし最近になってようやく、それの正体に見当が付き始めてきた。


 それは、少女の憧れなのだ。


 優雅にして可憐、気高く美しいいで立ちで超越的な存在感で人を惹き付ける少女の理想。美しいドレスや衣装を身に纏い、煌びやかな舞台で臆する事無く光を放つ清楚なる魅惑。

 これは少女の憧れの絶対性を力に変える行為。それは薙乃がこれまでの人生において全く縁の無かったものであり、本来は決して手を伸ばす事が許されぬ不可侵の聖域なのだ。


 だが、薙乃はその遠く輝く星に手を伸ばす。


 身体を覆う魔素、そして体内に満ちる魔素が騒めき、震え、爆熱する。魔素を変革させ、シフトするのだ、戦うための姿に。


 薙乃は心の中で一瞬だけ懺悔した。

 己の行いは誰にも許される事では無いだろう。しかし、自分にはこれしか無いのだ。この輝きをどうか私の憎悪と慙愧を雪ぐために使わせて欲しい。


 馴染んだ肉体が、嘘のように軽くなりつつあるのがわかる。質量の変化ではなく、肉体を動かすための機構が大きく改変されている。だがそれに伴い、肉体の実在感、自分の身体が今この場所に有るという感覚が希薄になりつつある危うさも感じる。『第二形態』、シフト・ファイターとしての戦闘能力を大幅に向上させる代わりに、薙乃をシフト・ファイターたらしめている身体に纏った魔素の思惟が薄れ収縮が解ける。要するに出力不足で、魔素を制御するパワーが足りていないのだ。『第二形態』がより強力な魔素干渉力を要する事も原因に挙げられるが、それと共に、薙乃の資質の問題であるとも考えられる。薙乃に、『少女の憧れ』への理解力と許容力がまだ足りないのだ。


 だがこれしか無いのだ。


 一瞬なら耐え得るだろう。最大でも四秒だ。


 薙乃は、イメージの中で、湖面のシルエット、少女の憧れに触れた。


 自身の清純と可憐、そして身体中の細胞ひとつひとつのブレーカーが盛大に跳ね上げられ覚醒する連続した衝撃を感じた。


 瞬間、薙乃の身に付けた衣服、ヘルメットや仮面さえもが青い炎を上げて燃え上がった。

 その炎の色は、ガスバーナーのような白みがかった青とは違い、海の底のような暗い瑠璃色をした現実離れした色合いのもので、それは瞬く間に水色の戦闘服を焼き尽くしていくが、炎は消える事無く、火だるまにせんばかりの勢いで身体を包み燃え続ける。


 そして、発火した時と同じ唐突さで、炎は跡形も無く消え去った。炎は消え去ったがしかし、少女の身から深い瑠璃色が消え去る事は無かった。薙乃の衣服が、全く違う物に置き換わっていた。


 それは瑠璃色一色のドレスだった。

 シルエットはバレエのチュチュを思わせる。全身を覆っていた戦闘服は消し飛び、瑠璃色の中に金糸による装飾が施された、少女のボディラインを飾るボディスと花の様に広がるオーバースカートという突拍子の無い姿が出現した。だが、膝から下を覆う両脚と肘から指先までの両腕、そして胸部には、ドレスと同色だが明らかに金属を思わせる質感の洋風の甲冑を身に付けている。それらは身体にぴったりと張り付くようなタイトの構造で、少女の身体の線を浮き彫りにする事を邪魔しない。少女の優雅で凛々しい様を強調するという点で本来有り得ないはずのチュチュと甲冑という組み合わせに超越的な調和を生み出していた。

 顔面には西洋甲冑のフェイスガードを模したような瑠璃色のバイザーを身に付けているが、隠されているのは鼻を含んだ顔の上半分のみで、顔の輪郭と口元は完全に露出し、ヘルメットが燃え尽き解き放たれた黒髪のポニーテールは波打ちながら艶やかに舞い上がった。ヘルメットの代わりに頭部には、金色と瑠璃色の、羽根を模した飾り付きのカチューシャが身に付けられていた。


 怪物や銃砲が交差する鉄火場において明らかに場違いな煌びやかな変身、没個性的な戦闘服が燃え落ち瑠璃色のドレスに身を包んだ少女が現れる非現実的な状況。だが恐らく、屈託の無い素直な気持ちでこれを言い表すなら、多くの人はこう口にするのではないだろうか。


 これは、魔法少女の変身である、と。




 対面する怪物はしかし驚く事無く、飛び掛かる勢いを一切緩めない。それは単に、最早魔犬自身にもブレーキが利かなくなっているだけかもしれないが、或いは、目の前にいる少女の姿が、自分にとって何を意味するのかを本能的に察知した上での決死の突撃なのかもしれない。


 当の薙乃は、あと数秒後に迫る魔犬の殺意と共に、震える様なパワーを内包する自身の肉体に戦慄していた。

 気を緩めると細胞ひとつひとつが解けてバラバラになってしまいそうな恐ろしさがあった。或いは制御が効かず明後日の方向に飛んで行ってしまいそうな。先程までの姿が大衆向けの新車、濁り無くスムーズに駆動し、ドライバーの意図にきめ細かく従順なレスポンスを返してくれるそれだとすれば、今の姿はまるでレーシングカーか何かだ。己の中の熱量を爆発させたくて、些細な操作にも過剰反応を示す。振り落とされない様にしっかりとハンドルを握り、尚且つ制御せねばならない。


 大丈夫だ、決められた動作をなぞるだけ、一瞬だ。ハンドルを放すな。


「『武器を識る人ウエポン・マスタリー』」


 少女は、銃剣を掲げた右手に意識を集中させて、刻み付けるように呟いた。

 少女の右手から湧き立つ青い魔素が燃え上がる様に銃剣を包み込んだ。そして魔素の粒子は銃剣の包み込み、銃剣を全く違う姿に変えた。白い刀身の剣である。刃の長さは50センチ程で、剣としては短いが元々の銃剣よりもかなり大振りになっている。鍔の部分が縦に広く、一角獣の精緻な意匠が施されていた。

 僅かな刹那の後に爪を立てて飛び掛かって来るであろう迫り来る魔犬の真っ直ぐ見据えつつ、薙乃は右足を少し後ろに引いて、変形した銃剣を振りかぶった。


「…………っ!」


 身体を逸らして溜めた力、振り上げた剣を前方に振り下ろし始める。そのタイミングは明らかに速過ぎる。魔犬はまだ剣のリーチの向こう側で爪を立てて飛び掛かろうとする直前だった。が、振り下ろされると同時に魔素を帯びた白い宝剣は刀身から白い粒子を奔出させた。それは刀身から縦に真っ直ぐ燃え上がりさながら光を帯びた柱のよう。


 魔犬がその宝剣の異常を認識する間も無く後ろ足で地面を蹴り、両手の爪を突き立てて宙を舞う。


 薙乃はそれを目掛けて、既に自身の身長を上回る程に長く伸びた光の柱を叩き下ろした。


 非常に硬質な鈍い音が響いた。しかし、その中に微かに電動ノコギリで木材を粒子にして跳ね飛ばすような摩擦音が含まれていた。


 魔犬は空中で文字通り叩き落された。


 『第二形態』により魔素の出力を大幅に強化された上で行使された特殊能力『武器を識る人ウエポン・マスタリー』により、銃剣に込められた「敵を倒す」という指向性が極限まで拡大解釈され、最早『ライフルの先端に取り付ける刺突用の刃物』という役割を通り越して『全長二メートル強のウォーターカッターのように魔素の粒子が高速で奔出する鈍器』と化した。魔犬はその、瞬間的に構築された凶器の質量に(切断されたというより)すり潰され、押し潰されたのだ。


 魔犬の黒い巨魁が突進力を失い地面に突っ伏すのとほぼ同時に、光の柱は白い魔素を拡散させてやがて消え去った。魔犬の上半身と前脚は押し潰されもはや原型を留めていない。黒い魔素の塊がペースト状になりアスファルトの地面にこびり付き、そこから燻る焚き木の様な煙状の魔素が結束を失い雲散しつつあった。下半身と後ろ脚は宙を舞った直後の姿勢のまま硬直して地面に転がっている。最早魔犬は、生き物としての形状と性質を喪失していた。上半身と共に煙になって消えるのは時間の問題だろう。




 銃剣を持った薙乃の全身からも青い炎が上がった。しかしそれは瞬く間に消え、後に残ったのは先程燃え尽きたはずの戦闘服と仮面とヘルメットを身に付けた姿だ。……この戦闘服や仮面・ヘルメットも魔素で出来ている、という訳では無い。研究者が説明するには、服を着ている状態で『第二形態』に変身すると衣服が相関関係を持った状態で先程の瑠璃色のコスチュームに換装される、という事らしい。コスチュームが傷付くと元々来ていた衣服も傷付く。「服の方も変身していると考えればわかり易いのでは?」と言われたが、布の面積や身体の拘束感が瞬間的に変化するのはどうも奇妙に感じてしまう(変身中に太腿や頭部を晒している間そこにあったはずの布の余りやヘルメットはどこに消えているのだろうか? どうしても直感的に理解が出来ない)。顔や髪も一瞬開放感があったが、また再び仮面の面積が口元まで広がり、息苦しさに苛まれた。


 薙乃は右手の掌を見る。一瞬だけ腕を拘束した瑠璃色の小手は消え去り、細くすらりとした少女の白い掌がそこにあった。ふむ、問題無いか。


 微かな物音が聴こえ視線を持ち上げる。


 押し潰された魔犬の向こう側に起立しているカサジゾウが、何かのバグかと思わせる様な奇妙な動きをしている。キャタピラの左右を逆方向に回転させる事によりその場で器用に全身を左右に振りつつ、上半身とキャタピラの接合部をキャタピラの動きと逆方向に振り、更に本体左右のカメラとグレネード弾の発射孔の角度を巧みに上下させ、まるでルームランナーで同じ場所を走り続ける様な動作を模写する。


 ……勝利のダンスのようなものなのだろうか?

 薙乃にとっては少々理解に苦しむ話だが、シフト・ファイターは一部の若者達とってヒーローだかアイドルのようなものとして捉えられているらしい。そういう手合いにとって目の前で変身ヒーローよろしく派手な衣装に姿を変え怪物を一撃で退治する様子というのは、大の大人、無人戦闘ロボットの操縦者としてイチ軍需企業の社外秘の業務に関わっているような人間にとっても感極まってしまうものなのだろうか? ……友軍の奮闘に粋なエールを送る様はそれこそまさしく映画に出てくる兵士のそれではあるが。


 ……こういう大人の悪ふざけを見せられた時、十五歳の少女と言うのはどういうリアクションを取ればいいのだろうか?

 『鶴城薙乃』としての疑似的人格で対応できない物事は、『本来の』自分の感覚で対処するというのが一応の行動規範ではあるが、その場合は『感心した素振りを示す』か『後で上司(司令官)に苦言を呈する』か……。いや、それらを『薙乃』の行動に置き換えるのは無理だな。


 仕方ないので薙乃はしばらくカサジゾウ(のオペレータ達)のパフォーマンスを眺めながら『どうリアクションを取ればいいのか分からず戸惑う』演技をしてから(ある意味演技では無く、素の反応)、適当なタイミングで司令室に指示を仰ぐ事にした。仮面を身に付けているので表情を作らなくて済むのは助かる。


 不意に、腰を捻りながら片腕(カメラ)を持ち上げた状態のままカサジゾウはぴたりと静止した。そして上半身とキャタピラを正面に戻し、グレネード発射孔とメインカメラを薙乃の方、いや、薙乃を通り過ぎた向う側に向けた。

 その無機物であるはずの機械の挙動に、何故か薙乃は只ならぬ緊張感を見て取る事が出来た。薙乃も弾かれる様に振り向く。


 視線の先、建物の中から一体の白い影が現れた。


「新たにE-6地点にアンノウン一体出現。クイーン1、君の近くだ」

「……目視しました。ドッペルゲンガーです」


 無線の司令官の声は落ち着きを払っていた。確かに、現状での脅威の度合いは先程の魔犬達よりはずっと低い。対策さえできていれば、ほぼ無害に等しい相手なのだ。


 『それ』が現れた場所は、仏壇・仏具店の向かい、先程二体の魔犬が飛び出してきた建物(なんとペットショップ!)から、怪物形態の巨体で突き破られたガラスの入り口からよたよたと身体を揺すりながら外に出てきた。


 全身が白い人影、としか言いようがない姿なのだ。


 背丈は一六〇センチ程度、二足歩行で背筋を伸ばし腕と頭部が有り、人間の形をしており尚且つ裸である。体毛や爪など一切無く、それどころか顔が無い、凹凸すら無くのっぺらぼうである。顔を削ぎ落としたマネキン人形と言ってしまうのが一番わかり易いかもしれない。白一色の身体は陶器の様な質感だが、よく見ると白い湯気の様な粒子を拡散させ、薄い灰色が波打つように濃淡を変えて白い身体を彩っている。


 割れたガラスの間から這い出たその白い人影は、両腕をだらんと垂らし数歩歩いた後急にぴたりと静止し、首だけを動かし頭部の正面を薙乃に向けてきた。外観から鑑みる範囲ではその白い影には目は無い。しかし明らかに薙乃を『見ている』としか思えない挙動である。


 白い影の身体の模様、灰色のグラデーションがゆっくりと、水面の油の様に動き出す。


 灰色のマーブル模様は徐々にその色を濃くしていき面積も広げていった。それは急激に全身を黒に近い色に染めていき、漆黒に染め上がる直前、不意に一転して色を薄めていき水色に近い色に変化していった。


 色だけではなく、陶器の様な身体の表面にも変化が表れる。身体の各部が膨張し、のっぺりとした裸体とは違う凹凸を様々な部位に形成し始めた。

 膨れた身体の凹凸は皺の様に波打ち、布のような質感に変化していった。その変化は体躯全体に広がり、最終的に綿製作業着の上下のような服、薙乃が来ているそれと全く同じ物に変わった。

 いや、同じ部分は服だけでは無い。その他に身に付けている物、ブーツや銃剣付きのベルト、ヘルメットや仮面に至るまで、先程白い身体から変化する過程で、水色の戦闘服同様に作り出されたものだ。更に、ヘルメットの下の黒髪や、戦闘服を押し上げる胸の膨らみななど身体的な特徴も変化し、背丈も薙乃に併せて少し高くなった。


 第三者の目線で見れば、全く同じ格好をした人物が二人向かい合っているように見えるだろう。

 目の前の人間の姿を完璧にコピーする魔素体。『魔素体大禍』の際、魔犬と共に人類の脅威になった怪物、それがこの『ドッペルゲンガー』だ。

 元来の(要するに魔素体大禍以前に認知されていた)ドッペルゲンガーは自己像幻視と呼ばれる幻覚の一種であり、オカルト界隈では生霊のようなものと扱われ、自分と同じ姿をした分身(それ)を見たら死んでしまう、自身の死の前兆と考えられていた。しかしこの『ドッペルゲンガー』と称される魔素体はもっと能動的な害悪で、先程の全身真っ白の『バニラ状態』で徘徊し、近付いてきた人間(人型の物)の姿をそっくりそのままコピーし、コピーされたオリジナルの方が『死亡』する。分身となった『ドッペルゲンガー』が殺しに来る訳では無く、コピーされた方の人間が前触れもなくひとりでに突然死ぬのだ。医学的には脳の突発的な機能停止という事なのらしいが、変身したドッペルゲンガーを見る事と脳死する事の医学的な関連性は全くの不明で、シフト・ファイターの魔素を利用した特殊能力をドッペルゲンガーも利用している、というほぼ説明を放棄しているに等しい認識が専門家と一般人の共通のものとなってしまっている。


 薙乃の姿を模倣したドッペルゲンガーはしばらく直立していたが、やがて糸が切れてしまったかのように膝から崩れ落ち、両腕をだらんと垂らしてアスファルトの地面に膝立ちになった。反面、オリジナルの薙乃はゆっくりとした動作で先程地面に放り出したアサルトライフルを拾い上げ、軽く銃身をチェックする。薙乃が脳死しそうな気配は無い。


 ……ドッペルゲンガーが人間をコピーする際、コピーされる方の人間が死を避ける簡単な方法がひとつ知られている。ドッペルゲンガーに因り死亡するプロセスは、姿をコピーされた人間がその自分のコピーされた顔を見る事で起こる現象だ。つまりドッペルゲンガーの顔を見なければコピーされた身体を目にしても死ぬ事は無い。更に言えば、素顔をコピーされなければドッペルゲンガーに因って死ぬ事は無くなる。

 目の前の薙乃の姿を模倣したドッペルゲンガーは、対峙した相手を死に至らしめる能力を有していない。仮面を被った状態の薙乃の姿をコピーしてしまったので、『分身』として完璧に成立していないのだ。……自衛隊によって安全が確保されていない地域、あるいは魔素体の出現の可能性がある地域では、仮面の携帯は最早義務化されているのだ。

 素顔をコピーされたら死んでしまう理由が不明であるのと同様、顔だけ隠せば姿をコピーされても平気な理由もまた不明だ。これはただの経験則、魔素体大禍の時、一般人や自衛隊員が姿をコピーされて、全く同じ姿かたちをした偽物が立ち尽くす眼の前で『本物』が糸の切れた操り人形のようにバタバタと倒れていく悪夢のような光景の中で、仮面で素性を隠した謎の英雄達、シフト・ファイターが毅然として魔素体の化け物達に臆せず立ち向かっていったからだ。全く同じ姿をした自分自身を薙ぎ倒していくシフト・ファイターの当時の映像は、一部は一般にも報道・公開された。


 薙乃はアタッチメント式のスナイパースコープをライフルから外して照星で流れるように目の前の自分の頭部に狙いを付けて、発砲した。


 廃墟の町に響く渇いた破裂音と共に、膝立ちの偽物は倒れた。


 仮面ごと撃ち抜かれた眉間からは血は流れず、代わりに黒い魔素が狼煙の様に立ち昇り、その風穴を少しずつ広げていた。


 悦ぶなよ。こんな行為に何の意味も無いのだからな。

 薙乃は自分に言い聞かせた。しかし実際には悦ばしい気持ちなど一切沸いては来なかった。


 そして薙乃は気付いてしまった。先程、魔犬達がその剥き出しの殺意で自分の命を狙っていると気付いた時に全く恐怖を感じず冷静でいられたその理由が。


 自分は、もういつ死んでも構わないと思っている。いや違う、そもそも自分はもう『終わった存在』だと思っているのだ。


 目の前に倒れる自分の後ろ姿を改めて一瞥した。


 理性的な面では死は恐ろしい、避けるべきものだと思っているが、今さっき目の前でドッペルゲンガーが自分の姿に変身した時、薙乃は何故か、自分が死ぬ可能性を平然と受け止めていた。




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