+零+ダークネス・ブラッド・シークエンス

八塚かずや

+零+が生まれた日




 少し、僕の話をしよう。


 僕は、所謂この世界とは全く別の世界、すなわち向こう側の世界で、『魔力』と呼ばれる全ての人間が持つ力によって作られた怪物の一種だ。

 個体名なし。

 種族名なし。

 自分が生まれた記憶すら持たない完全ユニークの特殊製造型の怪物――それが僕だった。


 ただ、僕もまたその他大勢の魔物と同様に向こう側からこちら側、日本へと侵略を目的に作られた怪物ということだけは確かだったようで、すぐに侵略の任務へと参加させられた。


 いや、発声機能がない役立たずな僕を殺すための、ただの体のいい厄介払いの案だった可能性の方が高いのかもしれない。

 今や、世界をつなぐゲートの魔法を完成させた向こう側の世界としては、簡単に日本に戦争を仕掛けることだっててきる。

 でも、それをしないのはおそらくまだ日本に勝てないから。

 高度な技術を有し魔法も使わずに発展した文明。

 それを相手にするには綿密な調査が必要ということだ。


 そのために日夜刺客を送りこんでいるわけだが――体の小さくて、毛玉のように愛らしい僕みたいな怪物は、長期的(これは希望的観測だがそうだと信じたい)に向こう側の世界に情報を送り込む要員としてすぐに徴用されたわけだ。


 ただ、もちろん小型の怪物など日本のネズミ程度の戦闘力しか持たないので、日本へと渡っても害獣として駆除されるケースがほとんどだ。もしくは、極秘裡に保護されて解剖される運命だろうか。

 どっちにしても死ぬ確率が高い仕事だった。


 それに、僕は暗い場所でしか生きられないという厄介な性質も持っている。

 なので、昼間に移動できる範囲などほとんどなく、こそこそと隠れまわるしかなかったわけだが、当然、そうなると下から日本にいた害獣たちの格好の的になってしまう。


 読心しか能力を持たなかった僕は、世界を渡ったその日のうちにいとも容易く猫に引っかかれ、カラスにつつかれて、路地裏で瀕死になって倒れ込んでしまった。

 ビルの壁のシミと完全に一体化するような、そんな惨めな存在へと成り果てた僕は、そこで自分の生が終わることを確信し――たのだが、そこで聞こえてきた口笛によって運命が変わってしまう。


「ふぅ、悪くない……」


 脈絡もなくそんなことを口にしながらため息をこぼしていた少年は、たまたまそこで道端の黒いシミを見つけてしまったのだ。


「キュー……」


 そして、この時は僕もどうかしていた。

 死が間近に感じられるような体験をしたばっかりだったせいか、それともまだ日本について僅かな時間しかたっていなかったせいか、僕は少年の異常性に気付けなかったのだ。


 赤いリングを右手の指全てにはめて、適当に着崩した学生服のブレザーを首に巻き、スカーフのようにたなびかせている――眼帯をつけた中学生の異常性に。


 僕は、気づけば少年にただ助けを求めていた。

 媚びるように目を輝かせ、体を這って靴に擦り寄ってなんとか気を引こうとした。


 向こうの世界からの諜報員としての役割なんてものはこの時にはもうどうでもよくなっており、ただ助かるためにそうしていた。

 

 死にたくない……


 そんな生物としての当たり前の欲求に身を任せた行動。

 ただそれだけのために全力で少年へと体を擦り付け――ふと、少年に摘まれた。

 眼帯を外した少年は、もったいぶるようにじっくりと目の周りに力を入れていき――力強く開眼する。


「――くっ!」


 しかし、その数瞬先には開いた目を抑えて顔をしかめる。

 僕は、ほとんど回らない頭を必死に回転させ、少年に品定めされたことを理解すると、絶望した。

 なぜなら、僕は役立たずだ。

 読心以外に能力なんてなく、言葉を話すこともできないただの使い潰し。

 品定めなんてされた瞬間に見捨てられることが確定する存在。


 しかし、少年はしばらくすると高らかに笑い出し、僕を優しく両手で包み込んだ。 


「お前も闇の世界の住人か……」

(こいつ、可愛いな……)


 少年――相棒は、僕を保護して、ペットにした。

 そして、僕と契約をした(勝手に結ばされた)わけだ。


「お前は『+零+ダークネス・ブラッド・シークエンス』略してゼロだ。漆黒の闇を纏いし全てを無に帰す存在。黒王と呼ばれる俺にふさわしい相棒だな!」


 ノートの上の手書きの魔法陣の上で僕と相棒は血の儀式(笑)を行い――


『闇の王』


 そして、僕はそう銘打たれた能力を偶然にも獲得した。

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