さん

「サンタクロースねぇ。まあトナカイにさせられているし、ほかの人に見えないみたいだから信じるけど」

「本当のサンタクロースかはわかりませんが、とりあえず奴を見つけないと元に戻してもらえません」

「そうよねぇ」


 ナルミは腕を組んで考えるそぶりをする。

 涼子はまったく他人の興味がないので、あまり人をよくみない。

 こうしてナルミの姿をよく見るのは初めて、彼女が美人に入るほうだとわかる。さらさらの黒髪と黒ぶち眼鏡が知性を現していて、知的美人という感じだ。


「まあ、とりあえず最後に別れた場所にいこうか?」

「はい」

「ねぇ。リョウは何歳なの?」

「え?えっと17歳です」

「なんだ同じ年じゃない。だったら敬語使わないでよ。私のこともナルミって呼んでね」

「え?呼び捨て?それは無理ですよ」


(呼び捨てなんてしたことない)


「じゃあ、サンタクロース探し手伝わないから」

「え?それと、関係ないんじゃ」

「じゃ、そういうことで」

「まって、待って!ナルミ!」

「よっし。じゃ手伝ってあげる」


 すっかりナルミのペースに乗せられ、涼子は彼女を連れてもう一度ショッピングセンターに戻ることになった。


「絶対に探していると思うのよね。だって、手伝わせるためにトナカイにしたんだから」

「そうですよねぇ」

「その丁寧語もやめてよね。同じ年の子から敬語って好きじゃないのよ」

「は、いや、うん」


 二人、いや一人と一匹は歩道をのんびりと歩く。

 その間にナルミはいろいろ話しかけてきて涼子は答えるのだが、ほかの人からみれば独り言をつぶやいているヤバイ人である。

 ちらほらと人の視線を感じるのだが、ナルミは気にしないようだった。


「ついた。さあ、中に入りましょう」


 涼子が考えにふけっている間に、あのショッピングセンターの入り口付近にたどり着いていた。

ナルミが先に行き、涼子は自動ドアに挟まれないように慌てて滑り込んだ。


「もしかして、あれ?」

 

 ナルミの声がして、涼子は顔を上げる。

 サンタクロースは涼子をトナカイに変えた場所で、何事もなかったように長椅子に座っていた。トナカイは犬のように彼の傍でうずくまっている。


「見つけた!」


 涼子は走り出して、ナルミがその後を追った。


「おやおや。なぜ戻ってきたのかな?」


 サンタクロースはその瓶底眼鏡のフレームをわざとらしく指で押し上げて、駆け付けた涼子に視線を投げかける。


「す、すみませんでした!」


(謝るしかない。めっちゃ怒ってる)


「素直ですねぇ。でもこれ見てください。噛まれた傷跡がひりひりしますよ」


 サンタクロースは歯形がくっきりついた腕を涼子に見せつける。


「痛そう……」


 彼女の後を追ってきたナルミがそう感想を漏らし、サンタクロースが驚いたような顔をした。


「君は僕の姿が見えるんだね」

「は、はい」

「珍しいこともあるもんだねぇ。うれしいよ。ホッホッホ」


 涼子への嫌味な態度はどこにいったのか、サンタクロースは朗らかな笑い声を漏らす。

 

(なんか、私への態度とめちゃくちゃ違うんだけど)


「えっとそんなことよりも私の」

「黙っていてください。君は」

「え?」


(なんで、そんな)


 サンタクロースは涼子には冷たい叱咤、ナルミには笑顔を向けていた。


「君の願いをこのサンタがかなえてあげよう。そう、そこのトナカイ君。君は僕の仕事を手伝う義務がある。この子の願い、君が叶えてあげたら、元に戻してあげるよ」

「は?私には無理です。不思議な力があるわけでもないし。だいたい、今トナカイなんですよ?」

「不思議な力はいらないよ。そうだろう。小原ナルミちゃん」

「ええ、まあ。でもリョウが……」

「大丈夫。彼女は悪い子ではないから」

「どういう意味?」


 涼子は二人の会話についていけず、視線を彷徨わせるしかない。


「さあ、クリスマスまであと5日だよ。頑張ってナルミちゃんの願いをかなえてあげてくれ。もしできないなら、君はトナカイのままだ」


 サンタクロースはあの時と同じように立ち上がると、指を鳴らした。するとむくりと体を起こしたトナカイと一緒に空気に溶けるように消えていった。


「いっちゃったね」


 呆然としていた涼子の横で、ナルミがぼそっとつぶやく。


「いっちゃったじゃない!ああ、どうしよう。あの、小原さん」

「ナルミ」

「えっと、ナルミ。あなたの願いって何なの?私が叶えられるの?」

「うう~ん。どうかなあ」

「どうかなって、いったいどんな願いなの?」

「それは……」


 口ごもるナルミに涼子が迫る。だけど、何かの鳴き声がして追及は中断させられた。


「……もしかして、お腹空いてる?」

「……うん」


 それは鳴き声ではなく、涼子の空腹を訴えるお腹の音で、恥ずかしいと思いながらも彼女は素直に頷いた。


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