僕たちは泣き方を知らない

てむてむ

Bad to meet you/Nice to meet you

 10月に入り、夏の暑さが冬の顔を見せ始める時期に入った。その心地よい秋の涼しさと寮のカーテンから射す朝日に、もう少し寝ていたい気持ちを抑えつつベッドから起き上がる。

「…はぁ。」

 また、嫌な夢見た。ある意味では、今の俺を形作ってる最大の要因と言っても過言ではない過去の出来事だ。…やっぱり、何度も何度も反芻しても慣れる気配は一向に訪れない。

「もういいだろ…勘弁してくれよ…。」

 誰に向かって言うわけでもなく、ポツリと呟く。小学生の時の大親友との別れが、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。

「っ…終わったことだ。学校いかないと。」

 考えても良いことが1つもないことは、これまでの経験上でわかっていた。考えを吹き飛ばす様に、スマホから適当にプレイリストを流す。

 新しさが無くなってきたブレザーの袖に腕を通し、藍色の校章と俺の名前「金重かなえ 悠誠ゆうせい」と刻まれたネームプレートを付ける。この名前も、嫌いになってからどれくらいの時間が経ったのか、思い出す気にもなれなくなった。

 寮から出て、学校へ向かう。1階のエントランスから向かえる食堂で朝食を摂る生徒もいるが、俺は朝食を摂らずにそのまま学校へ向かう。

「おはよう!」

「おう!今日は早いな!」

「課題やった?」

 元気に登校する生徒の中で、俺は黙々と歩を進める。

「もしかしたらね、私の校章が藍色からオレンジになるかも!」

「ほんとか?よかったじゃん!」

(あの人、克服したんだ。凄いな。)

 ここ20年の社会では、ある病気が大きな社会問題となっている。それが無哀感症候群むあいかんしょうこうぐん、またの名をシンドロームである。無哀感症候群とは、現在確認されている中で「悲しい」という感情が欠落してしまう病気である。現在でも研究が進められているが、感情欠落のメカニズムはまだ解明されていない。一番有力な説が、過度な感情によるストレスから身を守るために回路を切り離すためだかなんだかをネットニュースで見た気がする。

 そして感起師かんきし。悲しい感情が来ても大丈夫なくらい、嬉しい感情を共有することで、シンドロームを克服させることを目的とした人たち。手探り状態から手法を確立し、社会問題に立ち向かう凄い人たちだ。

 そして俺の通うこの学校、「国立奏感高等学校こくりつそうかんこうとうがっこう」の校章のバッチの色は3色ある。シンドロームであることを表す「藍色」、シンドロームを克服した人に送られる「オレンジ」、感起師を目指す生徒に与えられる「若葉色」の3色だ。

 さっき話してた男女の二人組は、藍色と若葉色のバッチを付けていた。恐らく、感起師を目指す上で実習を受けたい生徒が、シンドロームに対して実際に克服の手伝いをする実習ペア制度の二人組だったのだろう。

(俺は卒業するまで藍色なんだろうな。別にこのままでいいから気にしないけど。)

 周りに合わせてれば、何も辛い思いはしなくてよくなるってのが、俺の16年の人生経験で学んだ教訓だ。

「帰ったらバイトか。」

 登校中に、もう既に下校後のことを考えながら、真面目に受けるつもりの無い授業を受けに教室へ向かった。


「金重ー、金重いるか?」

「あ、はい。います。」

 いつも通り最速で教室を出ようとした時、副担任が俺を呼び止めた。

「あぁ、よかった。金重に指名が入ってるぞ。」

「え、指名?」

 俺は手招きされるがままに、副担任についていく。

「先生、時間かかりますか?バイトあるんすけど。」

「金重が話をややこしくしなかったら早く終わると思うぞ。是非ともオレンジのバッチをプレゼントしたいって意気込んでるからな。」

「んん…?オレンジ?プレゼント?意味わかんないんすけど…。」

 話が全く見えないまま、応接室へと案内された。

「よし、着いたぞ。じゃあ俺は課題の採点に戻るから、喧嘩するんじゃないぞ。」

「え、あ、はい。」

 案内が終わると、副担任は小走りで職員室へと戻っていった。廊下は走っちゃいけないんじゃなかったのかよと心の中で小言を言いながら、応接室の扉を開く。俺はてっきり、全く連絡してこないことに激怒してる親かと思ったが、その予想は明後日の彼方へ飛んでいった。

「もー、遅いんですけど。女の子待たせたらダメってママから教えてもらわなかったの?」

「え、えっと、ひ、春秋ひととせ先輩…?」

 なんと、応接室で俺を待っていたのはこのギャル…じゃなくて春秋ひととせ 真春まはる先輩だった。真春先輩は、見た目こそただ学校に来ているだけのギャルに見えるが、相当な努力家であることの方が有名であるくらいの努力家である。その努力の賜物として、彼女はまだ感起師では無く、さらに2年生であるにも関わらず、そこらの感起師よりも沢山のシンドローム患者の克服を成功させている。

「ねー、そこに突っ立ってたらお話出来ないじゃんかよ。とりあえず座んない?」

「あ、あぁ、はい。」

 真春先輩は、呆気に取られてた俺を座るように促してきた。俺は向かい合わせになっている椅子に腰掛けて、真春先輩と向き合う。一体、俺に何の用があるのか見当もつかなかったところで、真春先輩が先に口を開いた。

「えっと、何て呼べばいいかな。もうめんどいからユーセーでいいよね。」

 特に俺の意見は求めていないようだった。そのまま、真春先輩は話を続ける。

「それでさ、ユーセーにはアタシの実習ペアになって欲しいの。」

「お、俺が?」

「うん!キミじゃないといけないんだ。」

 思いもしない発言に、面食らってしまう。確かに、実習ペア制度は若葉色の感起師研修生が指名して、藍色のシンドローム患者が承諾すれば成立するため、制度面で考えると妥当であるのは理解できる。基本的にはシンドローム側が決定権を持っているが、真春先輩ほどの実力者なら顔パスで一方的に指名できるはずだ。

 俺の驚きと疑問の混じっている顔を見て察したのか、さらに言葉を続ける。

「あ、指名して無理矢理ペアにすればいいじゃんって考えてるでしょ?でもさ、もしアタシのことがどうしてもダメって人をペアにしても、お互いに不幸になるだけじゃん?だからアタシはキミたちからオッケー貰ってペアになりたいの。」

「あ、あぁ…なるほど…。」

 俺の疑問の1つは解消された。しかし、もう1つの疑問がある。そのことについては、俺から切り出すことにした。

「まぁ、指名した事情ってか理由はわかったんすけど、なんで俺なんすか?」

 正直、俺の一番の疑問点でもある。俺はシンドロームを患ってから、沢山の感起師からカウンセリングを受けた。しかし、結果として藍色のバッチを付けているから成果はお察しといったところだ。そんないわゆる末期患者の俺を、なんで指名したのか。そこが一番の気がかりだった。

「ユーセーってさ、感起師界の中ではちょっと有名なんだよ。全然克服しない人って、どうして克服出来ないのかを考えて克服出来るようにするために、話題に上がったりするんだ。」

「はぁ…。」

 自分が有名だと言われても、正直なところ実感は無い。昔はシンドロームを克服出来ないのは普通だったみたいだが、感起師が手法を確立した今では、克服出来ない人は年々減りつつある。そんな中で、克服が出来ず、さらに若い学生となると目立ったりもするのだろう。

「それでね、アタシも気になって指名してみたってこと。どう?アタシとペアになってくれる?」

 真春先輩は俺に承諾を求めてきた。過去に一回だけ、下校中に指名されたことがあった。その時は承諾したのだが、結局のところ俺に気があるだけで感起師らしいことは何もしてこなかった。その人ととは結局、俺からペア解散を言い渡してそれ以来会っていない。

 過去の出来事が引っ掛かり、承諾の言葉が喉に詰まるような感覚がした。

「あの、バイトあるんで後ででいいっすか?」

 結局出て来たのは、逃げの一言。言い放った直後に、断れもしない自分の弱さに内心で舌打ちしながら、先輩の反応を伺う。

「え?ダメダメ!オッケーなのか、ダメなのか、今ここで決めて。じゃないとここから出してあげないから。」

 真春先輩は真剣な瞳で俺の逃げをぶっ潰してきた。

 何がここまで俺に執着させてるのかについての好奇心と、バイトへ遅刻することの焦りから、自分でも思っていないことを口にしてしまう。

「え、じゃあ…いいですよ。本気じゃないならすぐに解散しますから。」

 この日が、俺の人生のターニングポイントになるなんて、この時の俺は思いもしなかった。|

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