今日が人生最後の日だとしたら
レストランを出てデートを再開した俺たちは、しばらくして不思議な建物を発見した。
すごい大きなお城のような建物だ。
アニメ映画とかだと、いかにもお姫様が住んでいそうだな。
なにかのアトラクションかなとも思ったんだけど、どうも違うっぽい。
店内にはカウンターのようなものも見えるけど、商品が並んでるわけじゃないからお店というわけでもないし。
不思議に思ってよくよく見てみると、とある一文が書かれているのを見つけた。
『宿泊:35000円』
………………。
……あー、そういう……。
そう言われるとそうとしか見えなくなった。
むしろなんで分からなかったのか不思議なくらいだ。
まあこういう場所にこういうものがあるなんて想像もしてなかったからなあ。
それにしても……そっかー……。
あんまり知らなかったけど、こういう場所にもこういうのはあるんだなー。
というか高いな。
いや普通はどれくらいの値段なのか知らないけどさ。
俺がジロジロと見ていたせいか、なじみも興味を引かれたみたいだった。
不思議そうにお城を見つめる。
それから自然な口調でこう言った。
「なんだろうねここ。ちょっと入ってみよっか」
知らないとは恐ろしい……。
「いいのか?」
「えっ、それってどういう……」
言いかけて、言葉が止まる。
そのまま無言で顔を赤くしていった。
どうやら気づいてしまったみたいだな。
「どうする? 一緒に入るか?」
少し意地悪な言い方をしてみる。
もちろんからかうためでもあるし、そうやって場を和ませるためでもある。
そうすれば「なに言ってるのよコウのバカ!」とでも言ってくるだろう。
あとはいつも通りだ。
そのはずだったのだが。
「………………」
なじみは何もいわなかった。
何も言わず、ただ黙って俺を見つめる。
少しだけ熱を帯びた瞳がなにかを言いたそうにじいっと見つめてきていた。
「なじみ、まさか……」
本当に俺と……。
と言いかけて、あわてて口を閉じる。
危ない危ない。
これはなじみの作戦だろう。
自分から言わずに俺から言わせることで、まるで俺だけがそんなことを考えているように仕向けたいんだ。
「その手には乗らないぞ。したいことがあるのなら、ちゃんと自分の口で言わないとな」
そう答えると、一瞬だけなじみの表情が曇ったような気がした。
望んでいた答えが得られなくてガッカリしたような。
まるで選択肢を間違えてしまったような。
そんな表情に見えた。
だけどそれは本当に一瞬で、気が付くといつものイタズラっ子のような笑みに変わっていたから、きっと気のせいだろう。
「なーんだ。てっきりコウが入りたいのかと思ったのに」
「そういうなじみこそ入りたかったんじゃないのか」
「アタシはそれほどでもないかなー。でも、コウが入りたいならアタシは入ってもいいよ」
あっけらかんと言われてしまったので逆に驚いた。
「……え、本当に?」
「もちろん。……コウがアタシを選んでくれるなら」
「選ぶもなにも、最初からなじみ以外あり得ないよ」
「そのかわり、アタシのことちゃんと幸せにしてね」
「もちろんだ。約束する。なじみを一生幸せにするよ」
「ほんと? うれしい! コウもやっとうちに来てくれる決心をしてくれたんだね」
「ああ、俺は最初からいってただろ。なじみが好きだ。結婚しよう。うちにきてくれ」
「……ちゃんとコウの部屋を用意しないとね。それとも……やっぱり一緒の部屋がいいのかな……?」
「……うちは家だけは広いからな。俺の部屋にダブルベッドが入るかはわからないけど……」
「ほんと素直じゃないんだからコウは」
「まったく素直じゃないなあなじみは」
俺たちは半笑いのままでにらみ合い、どちらからともなく声を上げて笑いあった。
「あはははは! おっかしーの! なんでアタシたちこんなことでケンカしてるの」
大声を上げて笑う俺たちを、周囲の客たちが不思議そうに目を向けてきた。
カップルが多いからこれくらい普通だと思うんだが、そのなかでも俺たちは目立つ方らしい。
あわてて声をひそめながら、俺たちは控えめに苦笑しあった。
「まったく、俺たちって仲がいいんだか悪いんだか」
「えー、悪くはないでしょ」
「そうだな。相性最高だもんな俺たち」
「うん! 運命の相手だよ!」
屈託のない笑みには裏表を感じない。
きっとなじみの本音なんだろう。
なじみが楽しそうなのはいつものことだが、なんだか今日はいつも以上にテンションが高い。
それだけ今回のデート勝負に本気で臨んでいると考えることもできる。
だけど、なんとなくだがそれだけじゃない気がした。
もっと単純にこのデートを楽しみたいだけ、とも違う。
まるでこれが最後のデートであるかのように、今日は徹底的に遊び尽くすんだ! という意気込みを感じる。
そういえば映画でもそうだったな。
彼氏の男は余命が1ヶ月と診断され、二人は最後の思い出作りにデートを行う。
明日には死ぬかもしれないという悲壮感をまったく見せずに、とにかく楽しそうにデートを続ける二人の姿が幸せそうで、だからこそ悲しくて仕方がなかった。
どうして少女マンガ原作の映画ってどれも彼氏の男は死ぬんだろうな。
普通にハッピーエンドでいいと思うのに。
いやいや、そんなことは今はどうでもいい。
とにかくなじみは全力でデートを楽しんでいる。
今回のデートは映画の舞台となった場所だから、あのシーンを思い浮かべているのかもしれない。
まるで、これが人生で最後のデートであるかのように。
「……コウ? どうしたの」
つい考え込んでしまっていた俺を、なじみが不思議そうに見つめる。
「いや、なんでもないよ」
なじみがそういう考えなのなら、俺も同じようにしよう。
なじみと遊ぶのは楽しい。
でも、これが人生で最後のデートだったとしたら?
悔いの無いように全力で遊び尽くすだろう。
やりたいことも、やりたかったことも、できる限り全部やろう。
「なじみ、今日は最高のデートにしような」
一瞬きょとんとしたように俺を見つめ、すぐに満面の笑みに変わった。
「うん! いっぱい楽しもうね!!」
本当にうれしそうになじみがうなずいた。
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