弟妹たちの憂鬱
コウさんとの話を終えた僕は、駅までの道を歩いていた。
そのとき後ろから声がかけられる。
「あ、ダイキくんだ。おーい!」
明るい声が響く。
振り返ると、マイちゃんが手を振りながら駆け寄ってきた。
どことなくコウさんに顔つきが似ているのは、やっぱり兄妹だからなんだろうか。
「ダイキくんも帰り? じゃあ一緒に帰ろー」
マイちゃんの誘いに、僕はうなずいて答えた。
うんいいよ、の一言くらい言えばよかったかもしれない。
自分でも無愛想だなと思うけど、緊張してなにも言えなかったんだ。
姉さんやコウさんにはクールだと言われ、友達からは笑いがわかってないとか、一部からは暗いやつなんて言われていることも知っている。
自分の性格はわかってるから、別にそんなことは今さら気にしていないけど。
ただ、まさかこんなところでマイちゃんに会うなんて思わなかったから、緊張してとっさに言葉が出なかっただけだ。
「今日はお兄ちゃんに会ってたの?」
「そうだよ」
「急にごめんね。なんかお兄ちゃんが、ダイキくんに会いたいって言うから」
さっきまでコウさんと話をしていたんだけど、それはマイちゃんから頼まれたからなんだ。
コウさんとは昔から知り合いではあったけど、連絡先までは知らなかったから。
「それで、なんの話をしてたの?」
「それは……」
姉さんと結婚する方法とかだけど……。
さすがにそこまで正直に話すのはやめたほうがいいよね。
「姉さんにどうしたら好きになってもらえるかとかだったよ」
「それ必要かなあ……?」
マイちゃんが首を傾げる。
確かにどう見たって姉さんはコウさんのこと好きだし、コウさんはそんなこと聞くくらいなんだから姉さんのことが好きなんだろうし。
誰がどう考えたって両思いだ。
実際に二人は付き合っているらしいし。
「お兄ちゃんは面倒くさいけど、でも、あんなに好き合ってるのはうらやましいよね。きっと今頃二人はデートしてるんだろうな。あーあ、わたしもはやくステキな彼氏がほしいなー」
そうぼやくように言うマイちゃんの横顔を、僕はじっと見つめていた。
僕らも姉さんたちみたいにデートとかしようか。
なんて言えたら、どんなにいいだろうか。
もちろん言えるわけない。
思わず小さなため息が漏れた。
「告白って勇気がいるよね。その点は姉さんもコウさんもすごいなと思うよ」
特に考えもなしに出た言葉だったけど、マイちゃんがめざとく反応した。
「あー、もしかしてダイキ君好きな人いるの!?」
「………………別に」
よけいなことを言ってしまった。
しばらくは質問責めにされていたけど、僕に言うつもりがないんだとわかると、すぐに別の話題へと変わっていく。
「そういえばもうすぐテストだね。嫌だなー」
「普段から授業を受けてれば難しくないと思うけど」
「うわーでた、頭いい人はみんなそういうやつだ」
実際そうだし。
テストに出る問題のほとんどは授業でやった内容だ。
応用問題なんて2割もない。授業の内容さえ覚えていれば、それだけで80点は取れるということだ。
「成績がいい人はそんなこといえていいなー」
「勉強してるからね」
「うう……。あたしも勉強してるんだけど、一時間もしたら飽きちゃうんだよね……」
「そういえば姉さんもそうだったな。頭はいいのに、勉強が苦手だっていつもいってる」
「その気持ちわかるー。つまらないんだから仕方ないよね」
「僕は勉強好きだけど」
「えっ……。そんな人本当にいるんだ……」
ものすごく変な人を見る目で見られた。
知らないことを知るのとか、わからないことがわかるようになるのって、楽しいと僕は思うけど。
数学も解けると楽しい。パズルみたいなものだ。
……そういえば姉さんもパズルとか苦手だって言ってたっけ。
そんなことを話しながら歩いていると、見慣れた二人組の背中を見つけた。
「あ、噂をすればー」
マイちゃんがイタズラっ子のような声を上げる。
前を歩いていたのはコウさんと姉さんだった。
同じ家に住んでるんだから、帰り道も同じになる。だからこうしてはちあわせることも珍しいことじゃなかった。
ただ、なんとなく雰囲気がいつもとはちがう気がして、声をかけにくかった。
「なにしてるんだろう」
二人して見守るようについていく。
どうも駅からは少し離れたほうに向かっているみたいだった。
普通に考えればデートなんだろうけど。
「そうだちょっとラインで聞いてみようよ」
マイちゃんがさっそくスマホを取り出した。
デート中にわざわざ聞くのもなんだかな、と僕はためらっていたんだけど、マイちゃんはためらいなく送っていた。
そういう思い切りの良さが僕には必要なのかもしれない。
なんでも考えすぎてしまう自分は、そのせいで最初の一歩が踏み出せないんだ。
それに、どうせ姉さんだし。まあいいか。
というわけで「コウさんとどこいくの?」とたずねてみた。
けど、しばらく待ってみても返信はなかった。
「よく考えたら、デート中にスマホなんて見ないよね」
「それもそうだね」
これ以上二人の邪魔をするわけにもいかないし、急になんだか罪悪感がわいてきたので尾行をやめることになった。
駅に向かって帰ろうとする途中に、でも、とマイちゃんが姉さんたちを振り返る。
「あんなにお互い好きなのに、手もつないでないんだよね」
「それは僕も本当に不思議だよ」
姉さんの事情はわかるけど、コウさんまで同じことを言い出してるのはわからない。
確かに男が相手に家に行くというのに抵抗があるのは、何となくだけどわからなくもない。
でも、本当に相手のことが好きなら気にしないはずだ。
首をひねる僕の横で、マイちゃんが不安そうに見つめていた。
「どうしたの?」
「なじみさん、辛くないのかなって」
そんなこと考えたこともなかったので、僕は驚いた。
「姉さんはコウさんのことが大好きだから、一緒にいて辛いはずなんてないと思うけど」
「でも、手もほとんどつないだことがないんだよね。さっきもあんなに仲良さそうだったのに、並んで歩いてるだけだった」
「それは確かに、そうだったけど」
「大好きな人と手もつなげないなんて、そんなの辛くないわけないよ。わたしならきっとガマンできなくなっちゃう」
僕ならマイちゃんと一緒に並んでるだけでもうれしいから、それ以上をしようとは思えない。
少なくとも、今はまだ。
でも、自分の感情に素直な姉さんなら、きっともっとたくさんのことをしたいと思うはずだ。
ラインに送ったメッセージは未読のままだった。
いつもはカバンに入れているスマホをなぜか今だけは大切そうに手に持っていたけど、画面を開いたりはしてないみたいだ。
きっとスマホ以上に楽しいことがあるからだろう。
それがなんなのかは、並んで歩く後ろ姿を見るだけで十分わかった。
姉さんはああみえてガマンするべき時はガマンできる。
そしてガマンしすぎた結果、爆発してしまうこともよくある。
母さんと『約束』をしてしまったのだって、母さんのことを嫌いながらもなんだかんだガマンして言うことを聞いてきたストレスが爆発したからというのもあると思う。
もしも、コウさんに告白したというその日から今日までずっとガマンしてきたのだとしたら……。
姉さんたちが歩いていったほうを振り返る。
その姿はとっくに見えなかったけど、それでもつぶやいた。
「無理してないといいけど……」
その予感が当たらないことを祈るばかりだ。
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